第2話 チュートリアル その① 物理編
「よし、と。これで繋がったはずだ」
wi-fiの設定など全く知識のないマホに変わって父親がVISの初期設定を済ませる。
「ありがと、おとーさん」
「こういうフルダイブ型は静かな方がやりやすい。自分の部屋でやるといい」
「そうなんだ。わかった」
その場で始めようとしたマホを止め、部屋へ向かわせる。
リビングでは母親の料理をする音やテレビの音が聞こえて集中できないだろうという配慮だった。
部屋のベッドに仰向けになり、ヘルメット型のゲーム機を装着する。
「えーっと……ヴィス、オン」
起動ワードを口にすると、一瞬で視界が変わる。
そして、目の前には『センチメンタルブレイク! Voice &Word』のタイトルロゴと、その下に『GAME START』の文字。更にその横に指のアイコンと『touch』の文字が踊っている。
「touch……触るって意味だよね?」
辛うじてその単語の意味を理解したマホは右手を伸ばす。
といっても、現実世界のマホは動いていない。
仮想空間の右手がマホの意思通りに動いた。
「ようこそ、『センチメンタルブレイク!』の世界へ」
タイトルが消え、何もない青い空間に変わると、綺麗な女性の声が聞こえてくる。
「まずはキャラメイクをして下さい。今スキャンしているそのままで始めることも可能です」
更にその声が続けると、目の前に自分の姿が現れた。
身長や性別は父親が初期設定の際にゲーム機本体に入力してくれていたらしい。
着ている服は見たこともない、現実にはない服だ。
「夕飯までに終わらせないとだから……そのままで!」
実は母親はそれに時間がかかることはわかっていて、かなりゆっくり料理をしていたのだが、マホはあっさりと決めてしまった。
「では、プレイヤーネームを入力してください」
すると、今度は目の前にキーボードの文字列と、二箇所の入力欄が表示される。
「名前とフリガナ? なら、魔法っと」
入力すると、『表示ネームはどちらにしますか?』という確認メッセージが出る。
「それはマホでいいかな」
この振り仮名まで入力する、という行為は後の検証の結果、名前にも威力補正があることがわかった重要な要素でもあった。
このことは振り仮名には補正がなく、実は漢字や記号でもよかったというのと、リネームが一度だけ特定のアイテムを入手することで可能になる、というのがヒントになっていた。
そして、マホがただ自分の名前として入力した『魔法』により、マホには魔法の威力補正が入ることになった。
しかし、この時点でも、この後しばらくもそれに気付く者はいなかった。
「基本服のデザインと色を選んでください」
「基本服?」
「基本服とは何も装備していない状態の時に表示される服装のことです。また装備の表示をOFFにすることでも表示できます」
ここでマホは初めて、ここまで音声による操作をしていたこと、相手がAIだということに気付いた。
もちろん、音声もゲーム内だけのものであるが。
ここではサポートAIがヘルプ機能を担っている。想定された質問にだけ回答するものだ。
「うーん、黒っぽいのが好きかな。ヒラヒラしたのよりピタッとしたやつで……あっこれいい」
マホが選んだのはキャリアウーマン風ビジネススーツ。母親が着て仕事に行くので、カッコいいと思っていたものだ。
「あ……もうちょっと大人っぽい顔にならないかな……」
マホの顔そのままのアバターは年相応にぷっくりしていてスーツが微妙に似合ってない。
マホがそう言うと、アバターの顔がシュッとなる。
「わ、すごい。これでいいや」
「それではゲームを開始致します」
サポートAIの言葉が終わると、短いオープニング映像が流れた後、マホは何もない草原に立っていた。
「それでは、チュートリアルを開始致します。不要な方はスキップすることもできます」
先程のサポートAIとは違う女性の声。こちらは開発スタッフからはチュートリアルAIのチュリさんと呼ばれ、少し他のAIとは異なる特徴を持っていた。
「もちろん、やります!」
マホは両親から言われた通りにチュートリアルを行うことを選ぶ。
そしてこの確認が開発スタッフの用意した第一の罠。
取説を全部読んでから始めた真面目なマホですら見逃していたが、パッケージには「チュートリアルは必ず最後までやろう!」と書かれているほど重要な事なのだ。
「ではまず、このゲームのメインとなるモンスターとの戦闘を行ってみましょう」
チュリさんがそう言うと、マホの前にオオカミのモンスターが現れる。
ただ、動く気配はない。
「戦う前には装備が必要になります。初期装備のロングソードがアイテム欄にありますので、装備しましょう。まずはメニュー。これは右手の人差し指で目の前を上から下になぞると出てきます」
言われた通りにやってみると、目の前にウィンドウが表示される。
上から順にアイテム、装備、ワード、少し空いて、フレンド、メッセージ、また空いて、ログアウト。
現状ワードから下は灰色になっている。
マホが続けて装備を選択すると、ロングソード 攻撃力10と出てくる。
「ロングソードをタッチして「装備する」を選ぶと装備することができます。装備品を手に入れると全てここに表示されますが、同時に装備できるものとできないものがありますので注意してください。後者の場合、競合対象の装備は外れてしまいます」
「キョウゴウタイショウ?」
中学生であるマホには聞き慣れない言葉だった。
「どちらかしか装備できない場合は先に装備していた物が外れると覚えていてください」
チュリさんはマホの疑問にも対応してくる。
「なるほどー」
なんとか理解して、ロングソードを装備。
すると、腰に実際に剣が表示される。
「使い方は自由です。ここではモンスターは動きませんので、一度攻撃してみましょう」
剣の持ち方すら碌に知らないマホは、テレビで見た野球のスイングでオオカミを斬る。
現実のマホはそれをしてもへっぴり腰になるところだが、イメージを読み取るフルダイブ型ゲームでは割としっかりとしたスイングができた。
そして、10という数字がオオカミの斬った辺りに出る。
「このようにダメージは数値として表示されます。では、次にこのゲームの一番の特徴であるVoiceを使ってみましょう。なんでも構いません。とにかく声を出しながら攻撃してみてください」
「なんでもいいの?」
何も例を出されないことに困惑するマホ。
「はい。よく使われるワードは「はぁっ!」や「おりゃあ!」ですね」
女性の声でそれを言われると違和感しかなく、マホも更に困惑するが、なんとなく「なんでもいい」を理解する。
「とにかくやってみよう。えーーいっ!」
スイングは全く同じだったが、表示されたダメージは20。
「あっ、増えた!」
「このように、このゲームでは声の大きさ、感情、そしてその言葉──ワードによって威力が増大します」
このAIが「このゲーム」を連呼するのには訳がある。
それはVRゲームがリアルになる反面、現実との区別がつかない人が増えたことによる問題にあった。
それによって現在はVRゲームを制作するにあたって、一度のプレイ中に複数回「ゲームである」ことを認識させる言動、表示をすることが義務付けられていた。
「感情も? どういう言葉がいいとかあるの?」
「そうですね、今判定されている限りでは「現実では恥ずかしいと感じる言葉」が最も威力補正が大きいようです」
これがチュリさんが特別である所以。
チュリさんだけはゲームサーバーの全てのログ情報とリンクしており、常にゲーム内の最新情報でアップデートされている。
なのでここで聞くことができる情報はプレイヤー毎に異なり、後の情報交換を有意義なものにしてくれる。
とはいえ、何が良いのか、など聞いたのはマホが初めてであったのだが。
このチュリさんの答えと整合すると、普段大声を出すことの少ないマホが声を上げたということが「恥ずかしい」と判定され、倍ものダメージを出した、ということでもある。
ちなみにその判定はまた別のAIによって独自に行われている。
「恥ずかしい言葉かぁ……」
本来の意味とは異なる理解をしてしまったマホの顔が赤くなる。
「このゲームは全年齢対象ですので、放送禁止ワードは口にすることができません。警告と最悪アカウント追放処置まであり得ますのでご注意ください」
「そ、そんなこと言わないもん! って、放送なんてするの?」
「メニューを出した時に赤い丸い点が左上にあるのがわかりますか?」
「うん」
「それを押すことで、プレイ動画の撮影やそのまま直接配信することが可能です。この機能はチュートリアルが終了した後解放されます」
「そうなんだ。まぁ使うことはないかな」
「自分から見た一人称視点の他、三人称視点にもすることができ、プレイの改善に役立てることもあります。機会があればご利用ください」
本来であれば解放時に説明されることまで聞かれたら説明してしまうのがチュリさんである。
「んー。わかった」
「それでは、次に魔法のチュートリアルに移ります」
そして質問が途切れれば淡々と次に進むのもチュリさんなのだ。
お読みいただきありがとうございます。
おそらく次かその次までは早めに更新できると思います。