館通り
ある夏の日だった。
雲ひとつない空から降り注ぐ日差しは、不健康に色白い肌を容赦なく照りつける。
私は2ヶ月かそのくらいぶりに外に出た。
とある店に向かうためだ。
私の住む街は、いわゆる限界集落と呼ばれるようなところであった。
一見すると瓦屋根の平家が軒を連ねる田舎の住宅街と何ら変わらないが、数歩近づくだけで人が住んでいないとわかるほどの廃れっぷりである。
田舎暮らしを求めて移住してくる人間でさえ、一眼見ただけで逃げ帰ってしまう始末。
そんな街に住む人物はよほど思い入れがあるか、人嫌いの変人か。
いや、変人に違いないのだろう。
おかげで、この町には曰く付きのお店が多く存在する。
それらがあるのは行ってみればわかるのだが、雰囲気だけでも身体に重くのしかかる、廃墟の商店街のようなところだった。
怪しげな宗教団体の拠点や、聞いたこともないカタカナ表記の技法を宣伝する謎の占い館等が建ち並んでいる。地域の人からは館通りと呼ばれていた。
その再奥にこの町で最も有名な店がある。
その店は「夢店屋」といった。
都合の悪い記憶を消し、自身の辛い過去とおさらばして、新たな人生を始めることができるという。
どう考えたってまともな店だとは考えられない。そんな店が最も有名であるなんて異常だ。
しかし、この町の住民たちは曰く付きに囲まれすぎているせいか、もしくは変人の集まりだからか、異常の方がむしろ日常なのである。
記憶の抹消なんてどうやるんだ!
神通力だろたぶん!
そんなもんないだろ!
知らん、一回行ってみろ!
……なんて説明にもならないような説明で納得してしまう傾向にある。
噂によれば町の5分の1くらいの住民はお世話になったことがあると。(母体数が極端に少ないというのは突っ込まないでいてほしい。)
かくいう私も例外ではない。
立派なこの町の住人なんだ。ならば何も言わずに行こうじゃないか。
未知の領域へ足を踏み入れることに恐怖心が全くないわけではない。
しかし失うものが少ない私にとってはチャンスを手に入れる最後の砦ともいえよう。
人に恵まれず、神に愛されず、惰性と少しの好奇心だけで生きてきた私に幸あれ。
そんなしょうもないことを思いながら進んで行く。
マスク必須、メガネ、Gパン半袖黒Tシャツの女。
この街の住民から見てさえも、いわゆる変な奴な私は館通りを歩くとますます良からぬ噂が立つ。
……というのは妄想で、友人がいない私には誰も自分の噂をするものなどいない。
失うものが少ないとは、そういうことなのだ。
考え事には時を早める力でもあるのか、いつのまにか目的の店、「夢店屋」のドアが目の前にあった。
名前からして怪しげだが、噂を信じるならば効果は確からしいから。
私はここに全ての記憶とおさらばするために来た。
新しい自分になるため。
縋りたいような幸せな記憶なんて何一つ思い出せない。
1からスタートするためだ。全部捨ててやる。
そう心で叫びながら意を決して扉を開いた。