銃と彼女と湿地帯
撃った弾は、当たらなかったらしい。相手はびくともしていない。ひょっとすると当たったかもしれないが、使っているのがVSSだ。距離からして仕留めきれていないだろうと即座に察した。
こちらも残りは心もとない。マガジンを取り出して即座に充填。そそくさと回り込んで狙い撃ち。
ぱぱぱ。
どさりと倒れたパステルピンクのぬめぬめくんは、その可愛らしい見た目に反して獰猛な害獣だ。
気休めのギリースーツに身を包んだ小柄な人影が、先程見事獲物を仕留めた相方に呆れたような声を漏らす。
『あんたやっぱ容赦ないわよね』
「害獣に掛ける慈悲はないもの」
『それはそーね』
無駄口を叩きながらも、二人の目線は同じ方向、湿地の奥に固定されている。大型バイクほどもある巨大ナメクジなんてものは序の口だ。
『……ナメクジがいるってことは、当然それを追っかけてアイツも来てるのよねえ』
「やることは変わらないよ」
『仰る通りで』
地球規模で起こった湿地化に伴う両生類の巨大化は、人類の存続をひどく脅かした。彼らは急激に独自の進化を遂げ、あっという間に新種へと成り代わったのだった。体の巨大化とともに知能の発達した個体も見られ、夜行性のはずが昼間にも活発に活動するようになった。
現在、世界中が対両生類殲滅火器――human-to -amphibians Extinction Firearm、通称HAEFことヒーフの開発に乗り出している。
見た目は拳銃から対物ライフルまで様々、火力もピンからキリまでだが、共通することはその構造と、特殊な弾丸を装填して使用するところにある。
両生類掃滅にてっとり早いのは、塩化カルシウムなり塩化ナトリウムなりを蒔くことだが、自然を破壊するわけにもいかない。そのため、どのヒーフも両生類の肉を貫通しないように設計されている。というのも弾丸に高濃度のメタノールやピレスロイドが詰められているからだ。
前者は浸透圧を利用して体積を減らすもので、弾は安価で入手しやすいが、仕留め損ねることもある。後者は殺虫剤に使われる成分で、人体にはほとんど無害だ。自然に優しく人体にも無害、それでいて両生類にはよく効くなど、そんな都合のいいものはそうそう存在し得ない。
さらに安いものは確実に殺すという謳い文句で売られているが、その代わりと言っては難で、環境に悪い濃縮ニコチンや界面活性剤入りだ。もちろん厳重に規制されている。
特に日本では武器開発よりも改良に重きが置かれており、世界各国の改造火器が出回っている。と言っても銃刀法は変わらないままだ。両生類駆除免許がなしにはヒーフの所持は認められていない。
キラはVSSを構えているであろう相方に、無線を通して呟いた。
「スヤマ、アバカンにするべきだったんじゃないの」
『嫌よ。火力は充分でしょ』
「でも射程が短くないと意味ないじゃない」
VSS最大の特徴は使用する弾薬にあると言える。ライフル弾でありながら銃口初速が音速を超えず衝撃波が発生しない。そのためこの弾薬と消音器を組み合わせることで、驚異的な消音効果が発揮されるのだ。
両生類相手に消音効果が有効かと問われれば、なかなかに難しいところだ。奴らが優れているのは嗅覚であるからだ。ともかく弾頭が重い上に口径も大きいVSSは、標的に命中すれば通常のライフル弾以上のダメージを与えられる。
鍛えても思うように筋肉量の増えない二人であるから、出来る限り高火力な火器を装備したいのだった。 かくいうキラもIMIガリル・エースを手放すつもりはない。
「まあいいわ。あれ持ってきた?」
『もちろん。昨日忘れて大変だったし』
スヤマが取り出したのは瓶ビールだ。ナメクジはビールの匂いに惹かれる。寄ってきたところを一気に片付けようと言う話だ。下手に動き回るよりよほど効率がいいのである。
『じゃあいきまーす』
瓶に蔦を結び付けて、砲丸投げの要領でぶんぶんと振り回す。瓶の飛んだ方をスコープで確認する。忍耐強く待機して、数匹ほど集まったのが確認できた。
『今日は早いね』
「さっさと片付けないとアイツが来る」
『分かってるって。ナメクジより厄介だもんね! 今度は当てるよ』
まずスヤマが一匹。サプレッサーのせいで対象を目視していないと撃ったことが分からない。キラもガリルの標準を合わせた。
一匹、二匹、着実に。比較的動きが遅いために仕留めやすい。ナメクジは表皮も薄い。時間を掛けずに手早く掃滅したところで、そいつは現れた。
三角形の頭に丸っこい体。よく響く声。
ご存知の通り蛙である。
ただし手のひらサイズなんて可愛いものではない。ダンプカーほどの大きさだ。
二人の間に緊張が走る。蛙は発達した後肢が厄介だ。ナメクジよりも圧倒的に素早く、すぐに逃げられてしまう。長い舌も厄介である。中級者と上級者の違いに、蛙を仕留められるか否かという壁があるほどだ。ちなみに初級者は目撃しただけで尾を巻いて逃げる。もちろんそれが正しい。海外のものと違って毒がないことだけが幸いだ。
キラは残弾を確認した。ガリルのマガジンは先ほど装填したもので最後だ。半分以上残っていると言ってもM43弾は装弾数が35発。今回の蛙はウシガエルか、大きいために少し心許なかった。
サブアームにはスコーピオンを装備している。近接戦であればなんとかなるが、帰りのためにも温存する必要があった。
「スヤマ、残弾は?」
『んー、予備のマガジンはあと二つ。今変えたとこ』
VSSの装弾数は10発。一応20発のものもあるが、スヤマが使っている方は把握済みだ。
「私の予備がもうないから、スヤマ主体でよろしく」
『そんなことってある? せめて脚だけでも落とすように頑張るけどさあ』
文句を言いながらも、スヤマの放った一発が蛙の眉間に当たった。具体的には目と目の間である。
「なんでそこに当てるかな……」
凄まじい精度に感嘆しながらも、キラは溜息をつく。
『ごめんごめん』
赤い血をだらだらと垂らし暴れ回る蛙を静観する。当たった場所が場所なので、しばらくすると息絶えるかもしれない。蛙はナメクジよりかは繊細な生き物だから。
『とりあえず合流しない? やることまだあるし』
「そうね」
今日の本来の目的は卵の駆除だ。今いる個体を狩ることはもちろん、次の世代を増やさないことは重要である。それに両生類が巨大化しているということは、捕食者である爬虫類が巨大化する可能性もあるということを示している。スヤマは蛇が嫌いなので、熱心に両生類を駆逐する。
ナメクジの卵は基本的に五十個ほど地中に埋まっている。透明のビーズのような、きらきらした見た目をしているので分かりやすい。
キラがガリルを下げ直していると、ビール瓶をぶら下げたスヤマが現れた。ギリースーツを身にまとったままなので、一見草にまみれているようだ。両生類の討伐にギリースーツを着用するのは、他のハンターから自分の身を守るためでもある。
銃を用いた事件は両生類巨大化以前より起きていて、特に拳銃による殺人事件が上位を占めた。巨大両生類とヒーフの登場によりハンターが増え、それによる殺人事件はしばしば起こる。湿地で息絶えれば基本的に死体が残らないのだ。狩りに行って帰ってこなかったところで、他殺か失敗したか判断は不可能。
基本的にふざけているスヤマも、むざむざ死にたいわけではない。狩りに対する態度は誠意がある。キラはそういうところを評価して、他のチームからの誘いを断り、スヤマとコンビを組んでいた。
「ナメクジのいるところに卵あり、ってね」
「当たり前ね」
いちいち反応するキラではない。冷たい! と口を尖らせるスヤマだが、目は真剣そのものだ。討伐の証拠になるものがない分、個々人の実績は目に見えにくい。常日頃から努力して実力をつけておかねば、合同討伐の時に舐められるのだ。
二人は年齢と性別の点で、異色のコンビだった。その実力は折り紙付きであるが、実はそれも金のためである。合同討伐は一チーム八人程度になるように組み分けが為され、JHAEO――日本巨大両生類討伐機構のスタッフが、各合同チームに一名付く。評価されれば奨励金が貰えたり、JHAEOのハンターとして雇用されたりする、つまり給料が出るのだ。
それは自衛隊に入隊して両生類討伐部隊に移動になるのを待つよりずっとよかった。
キラは就職が上手くいかずに高校卒業後ハンターになった。民間企業にハンター登録し、巨大両生類の粘液や体液、卵の採取などを通じて実力をつけていった。
一方でスヤマは父親の影響で高校には行かず、中学卒業後からハンターだ。何なら父親の指導の下、小学生の頃から銃を握っていたらしい。銃刀法に抵触しているなどと気にしてはいけない。二人は同い年だがスヤマのほうが三年先輩なのである。
卵を探して歩く。粘液を辿り、草をかき分け地面を確かめながら進む。時折スヤマがふざけるが、基本的には目線も意識も足元に集中している。卵の痕跡を見つけるには根気がいるのだった。
「あ、ここそうじゃない?」
湿気によるものなのか、粘液によるものなのか。ぬかるんで足を盗られそうにな地面を、スヤマがベルトにぶら下げていたスコップで少し掘り返した。
しばらくして目的のものが現れる。当たりだ。
キラは卵対策にファルクニーベンのフォールディングナイフを忍ばせている。重いので極力使用は避けるが銃刀を使うことだって可能だ。どうにか傷をつけてしまえばこちらのものである。
手分けして卵を駄目にした。
帰路でも数匹のナメクジに遭遇したが、スヤマがグラッチで撃退した。キラもスコーピオンを撃ったが近距離は不利だ。反動を抑える筋力がない分、一撃ごとに負荷がかかるのを感じる。威力の低いものを使って殺し損ねるわけにもいかない。
なんとか警戒指定区域との境界にある壁まで戻ってくる。地下深くにまでコンクリートが埋められているのは、奴らが地面を潜ってこちらに来ることを恐れているからだ。
錆び付いた重い扉を開けて、薄暗いトンネルのような通路を歩く。壁の全長は三十メートル。蛙が激突しても倒れない強度が求められた結果だ。
須山がVSSを構えて呟く。
「ヴィーはやっぱ駄目なのかな……」
「使ってるの専用弾だよね」
ヴィー、すなわちヴィントレスとはVSSの愛称である。ストックが木製で大きく肉抜きされており、レシーバーもバレルも異様に短い。全長のほとんどがサプレッサーという独特のフォルムに一目惚れしたスヤマが、かなりの貯蓄をつぎ込んで購入したのだった。
それまでスヤマの主要戦力だったのはAN-94だが、これはこれで取り扱いが難しい。ただVSSの質の悪いのは、半ば闇取引品だということである。専用の亜音速弾も用意されているが、こちらもガンマニア向けに入手、改造されたものなので、うかつにヒーフ修理を請け負う店へ持っていけないのだ。
「口径を改造すればいいのに」
「まあそうだけどさ……ヴィーの方がアバカンより軽いし」
「アバカンより軽い狙撃銃なんて他にもいっぱいあるでしょ」
何ならキラのガリルも、細身の少女が使用するには相当な重量だ。単にバイポッドさえあればサブマシンガンにも狙撃中にもなるという利便性により選んだ。メインアームだけで討伐に赴くわけにはいかないから、本来ならばできる限り軽い方がいいに決まっている。
キラは効率を捨てきれなかったが、スヤマの場合はやたらロシア製にこだわるために選択肢が狭くなるのだ。
通路を抜けたところでキラは腕時計型の端末を確認した。通知が三件。一件は先日カエルの卵を採取したことに対するお礼、もう一件は合同討伐の案内だった。三件目は少々厄介だ。
「イモリの体の一部、採取依頼来てる」
「んー。しっぽ落ちてると楽だけど」
そんなスヤマはフリーランスのハンターで、特定の企業に登録しているキラと違い、様々な企業側が能動的に採取依頼をする。それらは難度も報酬もキラが受けるものより高く、酷いときにはイモリの頭を持ってこいなんてものもある。その場合は企業のハンターがサポートとして派遣されるので運ぶのは任せてしまうし、そんな無茶ぶりも信頼と実績によるものだ。
荒れた住宅地を突っ切って、寂れた町に戻った。二人で借りている部屋に帰り、装備についた粘液を念入りに落としていく。交代でシャワーを浴びて、銃のメンテナンスをした。
「今日は頑張ったし外食しよーよ!」
「いつもとそんなに変わらないじゃない」
「ハナキンなんだからさあ、飲みに行こうよ」
「じゃあスヤマの奢りで」
戦い、飲み食いし、睡眠をとり、娯楽し、再び戦いに身を投じる。両生類が巨大化しようと、誰もがハンターとして日々命を懸ける生活を送ろうと、人類の営みの根幹が変わることはない。そうやって繁栄してきたのだから。
近い将来文明が廃れるのだとしても、人々は抗い続ける。運命に逆らい続ける。そうして手に入れた未来が、果たして最善か最良か最高か最悪か、当事者だけが知っている。
実のところ銃はよくわかってないのでふんわり雰囲気だけ。
どうでもいいですが、キラは吉良でスヤマは須山です。