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あと5分

作者: 明野 蒼

 あと5分で終わる。テレビには一生楽しむことのない、園芸の講座が映っていた。机上には輪っか状のロープ。私は、この番組が終われば死ぬつもりだ。今日育てているのは、ラベンダー。確か花言葉は「献身」、だったか。思えば誰の役にも立てない人生だった。学校でも、仕事でも、友人もおらず、ただひたすら目立たないように過ごす。きっと誰も私のことなど覚えていないであろう、そんな人生。

 ふと、思う。「最後くらい誰かの役に立たなくてよいのだろうか」と。この部屋には読みかけの本も、仕事の資料も、そこらに放りっぱなしではないか。私が死んだら誰かが片付けなければならないのだろう。私はその見知らぬ誰かに対して、なんだかばつが悪くなってしまい、すかさず本を手に取る。テレビでは、女の人がラベンダーを植木鉢から掘り返していた。

 思ったより、私の所有物は多かった。若いころ毎日聞いていた歌手のCD、一度しか着なかった派手な服、どう使うかも覚えていない占いグッズ。たぶん、普通の人はこれを「想い出」と呼ぶのだろう。これで最後だから、とCDをプレーヤーにかける。内容はごくありふれた、でも誰もが一度は思い描くであろう理想的な恋の歌。もう、私にはつまらないものになっている。そう思ったのに10年前から変わらない優しい彼の声が、私の心に染み込む。テレビの園芸は終わり、体操番組に切り替わっていた。

 片付けもそこそこに、縄に手をかける。5分は、とうに過ぎていた。手が震えて、なかなか梁に縄が結べない。もうかけ終わろうか、というときにピーッとアラームが鳴った。あ、洗濯機、かけてたんだった。死臭に混じるカビの匂いはさぞ臭いだろう、私はまた見知らぬ誰かへ献身のために洗濯機に向かう。この洗濯物の量じゃ干すのに5分はかかる。きっとこれからも5分ずつ、私の寿命は伸びていくのだろう。テレビでは、私の死を知ることのないスタジオで体操選手が太陽のような笑みを浮かべていた。

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