終わりで始まりⅧ
「………おい、ジジィ、言っておくが俺はもうさっきマナを使いきっちまったからな、お前がなんとかしやがれ」
「うるさいのぅ、もう少し年寄りをいたわらぬか…やれやれ…」
そうこうしている間にもどんどんと炎の柱が増え、三人の周りを覆っていくがベンスとジギーはどこ吹く風である。
ベンスは短剣を逆手に持ち、前方へと構えると目を瞑った、ベンスの周囲を熱風が渦巻くと刀身が青く光り始めた、雪は輝くそれを眩しそうに見つめていた。
「……綺麗…」
「あれがベンスのジジィが編み出した【魔気集法】ってやつだ、今は多くの人型種族に広まっていろんなやつが使えるようになっているらしいが…あれでまだ未完成なんだとよ、なんか"神気"がどうとか?言ってたっけな…ま、戦士でも騎士でもねぇ俺には関係のねぇこった」
やがてベンスがゆっくりと目を開ける。
そしてケタケタと嗤っているレスター目掛けて二度ほど空を斬る。
「【一掃】」
ベンスがそう呟いた瞬間先程まであった無数の炎柱は跡形もなく消え去り、高まっていた熱さもなりを潜めていく、あとには炎柱によってできた穴と静けさだけが残った、いつの間にかレスターも嗤うのをやめ、驚愕の表情でこちらを見ていた。
「……な、なんだ…?何をした…?何が起こったというのだ…!?お、俺の…俺の最高の魔法が…消え、た…?」
ベンスは額を抑えて首を振り、大きな溜息をつく。
「そういえばこれはお前には教えてこんかったのう………消したのじゃ…全部、お前のマナごとの…」
「そ、そんなことが…!たかが近接戦闘に秀でているだけの父上にそんなことができるはずがない!!!も、もう一度だ…!もう一度!」
「……はぁー…お前儂が今まで何故前線で術士と出会っても、自分より強いであろう戦士と闘っても、無傷で帰って来れていたと思っておる…?」
クククとベンスが笑うとレスターの顔から一気に血の気が引いていく。
そして、ガタガタと大きく震え始めた、剣技でも勝てず魔法すらも封じられた自分が今からなんの抵抗もできずになぶり殺しにされる未来が容易に想像できた。レスターはそう思うとベンスがどんどんと大きく強大に見え始めてきた。
「ま、待て…父上殿…我々は話合えばわかり合えるはずだ…そ、そうだ!そこの娘を引き渡してくれればここであったことはマルドス様には報告しないでやろう!そうだ!それがいい!だから早くその娘をよこすんだ!それでこっちもそっちも万々歳だ!そうだろう?」
レスターは冷や汗をかきながら早口で捲し立てる、その様子と話した内容を聞いていたジギーは顔をしかめた。
その様子をちらりとみたベンスはまたも大きな溜息をつく。
「はぁー……よく回る口じゃのう…」
ベンスが一歩近づきレスターが一歩後ずさる。
「お前にそんな選択肢があると思うか?今まで殺されてった村のやつらは?この子らが受けた恐怖の賠償は?マルドスに報告しない?そうじゃの…死人に口無し…わかるか…?のう、レスター…?」
ベンスが喋りながら一歩近づき、次いでレスターが一歩後ずさる。数度繰り返すとやがてレスターは口を開いた。
「ち、父上殿…!その補填はする!それ相応の金は払う!なんならそこの娘も見逃そう!」
「二番目に生まれた我が愚息よ…お主は術の才能は大いにあったが、どこで道を間違えたのか……本当に馬鹿なことをしたものだ…今一度マナに戻り、あの世で反省せい…!」
そう言うとベンスは地を蹴り飛び出した、それに相まみえる形で半ばやけくそのレスターが迎え撃つ。
「ち、ちくしょおおおぉぉおおぉ!!!」
一瞬。初撃でレスターの槍とベンスの短剣がぶつかりあい火花が散ったかと思うとベンスはするりと槍の刃を受け流し、レスターの懐へと潜り込む、気づいたときにはレスターの胸に深々と短剣が突き刺さっていた。
「…ぐぅっ…!……く…そ………!」
ベンスはすぐに短剣を抜き去るとそのままレスターの首を切り裂いた。
ベンスは短剣を振り抜いたあと血を払った、なんとも言えない表情ですでに事切れたレスターを見下ろし、小さくため息を吐いた。
「………身内を斬ってしまうとは…儂も落ちるところまで落ちてしまったようじゃの……」
そこへ雪とジギーが駆け寄ってくる、雪はレスターの死体を見ると苦々しい顔をして目を背けた。
「ベンスさん…大丈夫ですか…?」
「……実の息子を斬る、というのはすごく嫌な感触じゃの…だがまぁ大丈夫じゃ…お主はあれだけ酷いことを言った儂を慰めて心配してくれるんじゃな…ありがたいもんじゃ…」
「あれは…お仕事ですから、仕方のないことだったんですよ…」
雪は無理やり笑顔を作った。ベンスはそれを見てすぐに無理をしていると感づいたが何も口にせず、ただただ黙って雪の頭をなで続けた。
「それで…どうするんだ…?村はなくなっちまったし、雪の他の連中はもうコルセアに向かってる、今さら追いかけたとしても追いつけやしねぇ、それに村の連中もこのままにはしておけねぇ………あぁそういえばだ、ジジィ、さっき俺はあの四人のうちの一人に手痛い傷をもらったんだがよ」
「んん?…そんなものどこにもありゃせんじゃないか、嘘をつくのも大概にしておけ」
「いやそれが、雪がよ、俺の傷に手を当てたと思ったら白い光とともに綺麗サッパリ治っちまったんだ、傷痕も残さずにな」
「………なんじゃと?それは本当か…?」
先程の経緯をジギーが包み隠さずベンスに話すと、ベンスは眉間に皺を寄せてジロジロと雪を上から下まで見つめ始めた。
「な、なんですか…?」
「むむぅ…それが本当だとすると、上位神族の力、か…ふむ、いいか?雪、儂とジギーとの約束じゃ、お主が自分で自分の身をある程度守れるようになるまで、その力は無闇矢鱈に人前で使ったり話したりしてはいかん、それは儂ら普通の神族には使えない力なのじゃ、それに傷跡もなくなるような治癒術、利用したいと思う悪いやつらはたっっっっっくさんおるのじゃからな…絶対に絶対約束じゃぞ…」
「は、はい…!」
基本的に険しい顔のベンスに凄まれ、後ろからジギーの睨みが効かされている状況で、私は嫌と答えられるはずがなかった。
「さて…と、そんじゃあ雪をコルセアに贈り届ける前に、この村の奴らを一箇所に集めねーとな、このまま放置じゃ流石に可哀想だ…一応気の合う仲間だっていたのによ…ひでぇことしやがるぜ…」
「うむぅ…すまぬ、儂の息子のせいで…やつは本当に頭は良かったのじゃがな…儂の育て方がいけなかった、んだと思う…本当に…すまなかった…」
「いや……俺も変なこと言っちまって悪かった、あんたの息子が悪いんだ、あんたのせいじゃない、それにあんたは自分で責任をとった、大きな十字架を背負った…それだけで十分だ、あとに残された俺達にできることはこの村のやつら全員を手厚く葬ってやることだけさ…」
ジギーとベンスの間にしみじみとした空気が流れる。二人の表情もいつもと比べて切なげだ、そんな二人を見てなんて声をかけていいかわからず、雪は俯いている。
「しっかし、皮肉なもんだよな、色んなたくさんの種族をかき集めて実験と称して様々な酷いことをやってきた筆頭の俺達が最後の最後、残っちまうなんてよ……あーあ、損な役回りだぜ…さっ、早く集めて来ようぜ、仲間たちをよ」
そう言ってジギーは歩き始める、後ろにいる二人には見えないジギーの表情にはこころなしか涙が滲んでいるかのように見えた。