終わりで始まりⅦ
「深淵より汝我を守り賜え…」
ジギーが詠唱を終える、それと同時に神族の三人も詠唱を終えた、氷、炎、風の三つの魔力の奔流がジギーを取り囲む。
「戦闘経験が足りないからどうしたって!?お前はこれで終わりだよ!死んじまえ前時代のガラクタがぁ!!【氷の槍】」
「【炎の角】!」
「【風の爪】!」
リーダー格であろう神族が叫ぶとそれと同調するように神術が放たれる、雪が危ないと思った瞬間ジギーは三つの属性のエネルギーによって生まれた爆発に飲み込まれていく。
空で爆煙がうごめいている、雪はその熱さに耐えながらも何もできないでいた、何もできないのは自分でわかってはいるがそんな自分がやけに情けなく思えた。
やがて爆煙が晴れる、そこにいたのは薄黒く輝きうっすらと透けている八面体の箱に包まれたジギーの姿があった。
「【闇の奔流】」
「なぁ?!無傷だと!!!もう一度だお前ら!早くしろ!!」
ジギーが纏っている【闇の奔流】は表面がうっすらと渦を巻いている、ジギーがニヤリと笑ったのを見ると神族の男は焦ったかのように周りに発破をかける、そしてもう一度同じ魔法を放とうと試みる。
「そんなにはいらねぇよ、ちゃんともらった分はお釣りに色つけて返すからよ、なに、遠慮すんっなって!!」
ジギーが腕を振るうと凄まじい風が巻き起こり、さっきまで渦巻いていた【闇の奔流】が一つに混ざり合い激しく蠢き始め、一気に嫌な気配が噴出した。
次の瞬間、先程神族の三人がジギーに向かって放った魔法が三人の神族に向かって飛び出した、魔法の形、特性自体は同じのようだがどれも黒く濁っていて勢いが増している様に見える。一人は身体を貫かれ、一人は貫かれた上に燃えカスとなり、もう一人は身体が三つに分断されてしまった。
「うっ…ごあっ……化け物…めが……」
三人の遺体がその場に転がった。
「うえっ…!残酷ね…見なければよかった…」
雪はかなりグロテスクな光景に顔を背けていると、前方から声がかかった。
「おぉい、どうしてお前がこんなところにいるんだぁ?」
雪は頭を鷲掴みにされてギギギッと強制的に顔を動かされる。
視線を動かした先には普段は見せることは絶対にないだろうニッコリ顔のジギーがおり、頬を左右から片手で挟まれる。
「しょ、しょれはジギーひゃちがちゃぜいにぶぜいひゃとほもって…」
「……っっっっっっはぁーーー………そんなに弱いと思われてたか俺たちは…あのなぁ、あんな三下に俺たちがやられるわけないだろ…」
ジギーは雪から手を離し盛大に溜息を吐くと片手を顔につき項垂れる。
「だ、だって、心配だったのだもの、仕方ないでしょ」
「まぁ確かにマナももう身体に少ししか残ってねぇしな、俺たちを心配してきてくれたんだもんなぁ…ありがとよ、そんで他のガキどもはどうした?一緒じゃねぇのか?」
「ええ、これは私のただの我儘だったから、追手も来ていないようだったし、あの子達だけ先に行かせたわ、ちょっと大所帯だけどあの子達ならきっとなんとかすると思うわ、だって私の妹達だもの」
雪はそう言うと自然と笑みがこぼれた、それを見ていたジギーはほんのりと頬を染め顔をそらしたが、雪は気づいていない。
「チッ…笑うとますます姫さんの顔がチラつく…もう忘れたと思ってたんだがな…」
「え?なに?何か言った?」
「なんでもねぇよ。そら、早くジジィのところに急ぐぞ」
ジギーが身を翻して歩き始める、その時後ろの茂みから何かが飛び出してきた。
「このガキくらい道連れにしないと死んでも死にきれんなぁあ!!!」
それはジギーが最初に撃ち落としたと思っていた、四人のうちの一人だった、足にあたったのが幸いしていたようで右足は太ももから下が消し飛んではいたが氷の魔法だったこともあり傷口が凍結し一命をとりとめていたようだった。
そして機を窺っていたところ偶然雪を見つけ、気が抜けて油断した今がチャンスだと思い、襲いかかって来たようだ。
雪は突然茂みから現れた斧を振りかぶっている男に驚き身じろぎ一つできずにいる、それに気づいたジギーが一瞬のうちに雪に覆いかぶさるようにして間に入った。
「ジギー!」
「チッ!!ぐあっ!…っの野郎がぁ!!」
後ろからもろに斬りつけられ、歯を食いしばると反撃し、男はそのまま絶命した。
倒したことにホッとしたのかジギーは雪に身を預けて力を抜かして倒れ込んでしまう。
「……雪悪ぃ力が入らねぇ…重いだろ、あーしくじった、痛ぇなぁ……マナが枯渇しかけてたせいであんなやつに遅れを取るとはな、俺も耄碌したもんだ…」
「ジギー!良いから静かにしてなさい!死んじゃうわよ!悪いけど服破るからね!」
ビリビリと血に塗れたローブを剥ぐと大きな傷があらわになる、雪はそこに手を添えると目をつぶって集中し始める。
「何をするつもりだ…?言っておくがこんな体力もマナもねぇ身体じゃポーションでもなかなか……」
雪の手が白く光っている、その手が傷をなぞっていくとなぞって行った箇所から傷口がきれいに塞がっていく、傷跡もなく完璧に治っている。
ジギーがムクリと起き上がり身体の状態を確かめると雪をじっと見つめる、雪は額の汗を拭い満足そうな顔で立ち上がった。
「これはあなたの牢屋に閉じ込められていた時に妹達を救いたい一心で何かできないかを模索した副産物よ」
「どうなってやがる…チッ……てめぇ…おい雪」
「ん、何かしら?」
「そのチカラはとりあえず今は信用できるやつ以外には絶対に見せるんじゃねぇ、わかったな?約束だ」
「えっ、いつになく真剣じゃない…わ、わかったわ、約束する」
いつになく真剣な表情に気圧され、思わずうなずいてしまう。
ジギーは承諾した雪を見て満足したのか改めてベンスがいるであろう方向へと歩を進め始めた。
しばらく歩いていると金属と金属のぶつかり合うような音が聞こえてくる、それは進んでいくとどんどんと大きく聞こえてくる様になってきた。
ひとつふたつ、茂みから抜けるとそこは少しひらけており、ベンスとレスターが剣戟を結んでいた。
ベンスはちらりとこちらを見ると一瞬目を見開いたがすぐにレスターに視線を戻した、一方レスターの方は少し息があがっているだろうか?他の三人の神族はすでに近くに血を流して倒れている、どうやらもうすでに絶命しているようだ。
「愚息よ、鍛錬をサボっておったツケが回ってきておるな。昔の方がその錫杖のような槍の使い方にキレがあったのではないか?わしの得意とする得物は大きな両刃の戦斧なんじゃがの…こんな短刀ごときでここまでやれるとは思わなんだ……最近の若いのもお前も、たるみすぎではおらんかのぅ?」
喉の奥でくつくつと笑うと短刀を構え直し殺気を飛ばす、その目は完全に殺る気だ。
レスターはベンスに一瞬ひるんだが、錫杖を両手で持ち地に石突を突き立てるとぶつぶつと詠唱を唱えた。
「く…くくく…これで父上も、貴様らもおしまいだ、今まではマナを溜めるために逃げ回っていただけ…はぁ…俺の最大の魔法を防げるかな…?ジギーも見たところマナ切れの様だしな…おしまいだよ!げはははは!!」
詠唱が終わりケタケタと汚らしい笑い方をするとレスターの周りの地面から真っ赤な炎の円柱が何本も飛び出し、周辺の温度がどんどんと上昇してくる。
「【紅炎の壁】!!」
レスターは両手を広げて不気味にニヤついていた。