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神の姉妹の領域《テリトリー》  作者: 上川ねや
序章 血塗れの月夜
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終わりで始まりⅣ

 けたたましい喧騒の音で目が覚める、まだ眠い目を擦りつつ辺りを見渡す、どうやら妹達はもう目を覚ましているらしい。


 鉄格子の窓の外から聞こえてくる色んな感情が入り混じった様々な声で、徐々に頭が覚醒してくる。ふと見ると、牢屋の入り口で自分達が入っている鉄格子を雷と闇が激しい音を立てながらガシャガシャと揺らしている、窓の外は心なしか赤く見えている気がする。一体何があったというのか、何やらいつもと様子が違う。


「おい!出せ!!誰かいないのかよ!こんなところにいたら死んじまうだろ!おい!おい!!……くっそ…」


 雷がそう叫びつつ、二人で一頻り鉄格子を揺らし続けると、誰もいないことを悟ったのか、膝から崩れ落ちる、その様子を見た雪は静かに立ち上がり、同じ檻に入れられていた数名の子どもたちと妹達を自分のところに呼び寄せ、項垂れていた雷に声をかける。


「雷、私は今起きたばかりで状況がよくわかっていないの、一体何が…?」


「…俺にだってよくわかんねぇよ……さっき起きた時は特に何もなかったんだ。起きて少ししたら突然大きな音と一緒に窓の外が明るくなってよ…それで、だんだんと外もうるさくなってきて…外でなにか燃えてるみたいだしよ…」


「そう…ほら、雷もこっちに来なさい、そのほうが少しは気が紛れるでしょ…?」


 そう言いつつも自分の動悸が激しくなっていくのを感じてしまう。寝る前に感じた嫌な予感が的中したのだと頭を過り、背中にもじっとりと汗をかいていく。嫌な予感ほど当たるものだ、と雪は小さくため息をつくと、冷静にぶつぶつと今の状況を整理し始める。


「……まだ外は暗いから夜中、でも明るく見えるということは外ではきっと何かが燃えているのでしょうね、外の騒がしさからすると誰かが火を付けた…?でもなんのために…おそらくここも時間の問題ね、助けは来ない、牢もびくともしない、笑っちゃうほどお手上げだわ…」


 考え込んでいると徐々に部屋の温度が高くなっていくのを感じる。ついに自分たちがいるこの家にも火の手が上がって来たようだ。


 雪を抜かした他の子達がどよめき、恐怖の表情を浮かべている。


 そんな中、雪は安心させるように周りに向かって微笑んだ、こんな時こそ姉というものは崩れてはいけない、一番お姉ちゃんであるという意地である。


「ゆ、雪、何をこんな時に笑っているんだ、火の手がもうそこまで来ているんだぞ、ここで私達はおしまいなんだ…」


「闇、そんな不安そうな顔をしないの、私がついてるわ、あなた達を死なせるわけないじゃないの。」


 雪は妹達を助けるにはどうすれば良いのか、自分が持てうる限りの記憶と知識を総動員させて考える、チャンスが有るとしたら最後、この家が倒壊する間際に壊れた箇所から外に飛び出すしかないだろう。


 せめて自分の身を挺してでもこの子達だけは助けてあげないと。


 その時、いつもジギー達が入ってくる、おそらく外へと繋がっている扉の奥から人の罵声が聞こえてくる、それとともに聞こえるのは剣撃の音や、壁に何かがぶつかる音。緊張した面持ちで全員はその扉をじっと見つめた。


「……よぉ…まだ生きてたみたいだな…。」


「ジギー…」


 扉からひょっこりと顔を出したのはジギーで、彼のいつもと違う真面目な表情と、ローブではなく軽装な格好に腰には剣を携えていたいつもと違う様相に、呆然と雪は言葉をこぼした。

 ジギーは中に入ってくるとおもむろに檻の扉を開けて、いつもよりもトーンの低い声でつぶやいた。


「……出ろ…」


 全員は部屋の隅で固まったまま動けないでいる、いつも自分たちや雪を折檻してくる張本人が檻の出入口に立っているわけだ、こんな状況でもこの男は実験をするつもりなのかと全員が思っているようだ。


「……出ろって言ってんだ!おめぇらはここで死にてぇのか!!!」


「みんな…大丈夫、出るわよ、こんな時までジギーは実験をするような男ではないわ、さぁ立って、ほら…。」


 ジギーが怒鳴ったのを皮切りに雪に促されるまま姉妹と数人の子供達は檻から出ていく、その様子をジギーは苛々とした様子で観察している。


「ほらみんな外へ、急いで…!ここもじきに崩れるわ、早く早く…!」


 そのまま外へと続く扉に全員を向かわせると、その場にはジギーと雪、二人だけが残った。妹達が心配そうにこちらを見ながら扉の外へ行ったのを確認すると、ジギーは気だるそうに口を開いた。


「…なんだ……お前も早く行け、それとも自殺志願者だったのか…?」


「いいえ別に。…その、ありがとう…一応お礼を言っておくわね」


 そう言うと雪は足早に妹達のあとを追いかけた。妹達と合流し、ジギーを先頭に、人が倒れている廊下を進んだり階段を上がったり、いくつかの扉をくぐったりをした、少しずつ温度が上がっている気がする、外に向かっているのは間違いなさそうで、やがて外へと出れた。


 そこに広がっていたのは一面の火の海でところどころには人が倒れているのが見受けられる。先程まで騒がしかった喧騒や罵声の声は今は見る影もなく静まり返っている、寝る前に見た青く綺麗だった大きな月はこの惨状によって赤く染まっているように見えた。


「…今は説明してる時間はねぇ、とりあえず今はあのジジィと合流するぞ、あいつは村の入口にいるはずだ…ついてこい…。」


 雪は自分達が出てきた建物へと振り向いた、そこにはなんの変哲もない小さな小屋が小さな崖に立っていた。それの内部構造があんな頑丈な石の造りでどう進んできたかもわからない入り組んだ構造であり、地下には拷問施設と牢屋が有るなどとは、誰しもが見ても到底わからないであろう。


 そんな小さな小屋が激しい勢いで燃え盛っている。数秒後、ものすごい勢いで倒壊していった、自分たちが中にいたらと思うとどれだけ自分が無謀なことをしようとしていたかを実感させられる。


 どこへ向かえば良いのかわからないまま、ジギーに先導され小屋を後にする。このままどこかわからない場所に連れて行かれるのか、そんな不安が頭をよぎる。その不安をかき消すように頭を横に振ると、黙ってジギーについていく、そもそもそんなことをするのならわざわざ燃え盛る危険な家の中に飛び込み自分達を助ける様な真似はしないはずだと自分を納得させる。


「…ねぇ、ジギー、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかしら、この村で何が起きたのかを…」


 雪は神妙な面持ちで歩くジギーに並ぶと、気になっていたことを問いかける。いくらなんでもこの惨状は普通じゃない、何があったのか、今なら聞ける様な気がした。


 ジギーはそんな雪を一瞥すると、ゆっくりと話し始めた。


「……最初はただのいざこざだった…俺の派閥とベンスのジジィの派閥が有るというのは知っているな…元々は俺とベンスのジジィは立場が逆だったんだ…立場が逆だというのは、俺が元は“穏健派”の村長だったんだ、対してベンスが“過激派”の村長だった…まぁ性格としては俺もジジィもどっちもどっちだったんだが…」


 そう言うとジギーは自嘲気味に喉を鳴らす、あの厳しくも清廉そうな瞳をした老人が過激派だったという事実に驚いたが、ジギーが穏健派だったという事実にはさして驚くことはなかった、なぜなら今まで数々の折檻をジギーから受けてはきたが、ジギー以外の者がやりすぎた時には真っ先に飛んできて怒鳴っていたし、いつも青ローブの神族に対する目つきが冷ややかだったこと、以前は穏健派に所属していたということを聞けば雪としては合点がいったことだった。


「……驚かねぇんだな…ちっとは驚くかと思ったんだが…」


「驚いては、います…ベンスさんが過激派だったということには…でもあなたが言葉遣いも変わるくらい真剣に話してくれていますし、今まで不思議に思っていたことがすべて合点がいって解決したんですもの、驚くようなことではないです…」


「……めろ…」


「――えっ?」


「その気持わりぃ喋り方だ、普段どおりでいい…俺の口調はな、その、あっちの方が()()と思ったからあの話し方をしていたんだ、特に深い意味はねぇ…」


 雪にしか聞こえないように話すと別の方向に顔を向けてしまう、その頬はすこし赤らんでいるように見える。


 くすくすと笑うと雪は深く深呼吸をした、少しだけ照れているジギーを見てなんとなくずっと張っていた肩の力がほぐれたのだ。


「それで?いざこざがどうしてこうなったの…?」


「…あぁ、事の発端はベンスの馬鹿息子がこの村にやって来たとこからなんだ…あいつの息子がこの村に所属になって配属されたのが穏健派の方だった、そこで当時、過激派の村長だったベンスは俺に村長を変わってくれないかと持ちかけてきた、あいつも一人の親だ、息子の面倒は自分で見たかったんだろうよ…俺も変わるのはやぶさかではなかったし、それを快諾して変わってやったんだが…それが間違いだった。」


「なるほどね…その息子さんが原因だった…と」


「そうだ、あの息子(バカ)は自分の中の正義感を振り回す大馬鹿野郎だったんだ、周りの意見なんぞ聞きやしねぇ、それでだんだんと穏健派に所属していた奴らはそのからっぽの正義感に酔いしれていった…最初はベンスのジジィもどうにか息子を説得して上から押さえつけていたんだが……それが今日、決壊した。」


 顔が険しくなっていく、彼のこんな姿を見るのは初めてであった、自分の手を強く握りしめたかと思うと深くため息をついた。


「今日は定例会があってな、双方の村長が顔を合わせて最近はあーだこーだと意見を交換する会合だ、最初は過激派の奴らと言い争いをしているだけだった…それが徐々に殴り合いに変わり、その場は俺とジジィでなんとか諌めたんだが、熱が冷めていなかった奴ら同士でその後ぶつかりあったみたいでな…気づいたらこのザマだ……連中は、お前らを開放することによってこの村を浄化するとのたまわってやがる、自分の親を殺してでもな…っと、心配しないでもベンスのジジィはまだ生きてる、死んじゃいねぇさ…。とにかくお前らはダシに使われたってことだ、悪かった…。」

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