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神の姉妹の領域《テリトリー》  作者: 上川ねや
序章 血塗れの月夜
4/25

終わりで始まりⅢ

「馬鹿…『ありがとう、助かったわ』じゃないだろ…」


 呆れた口調で言ったのは(よう)だった、てっきり雷になにか言われるものだと思っていたものだからか、思わぬところから口撃が飛んできたので少し驚いた。


「治せたから良かったものを…今まではお前の治癒術で助かっていたんだぞ…?自分が助からなかったらどうするつもりだった?お前、自分だけが心配かけなくていいわけじゃないんだからな…!」


 陽はそう言ってそっぽを向いてしまった、後半は声が震えていた。それほど心配をかけてしまったということだろう、私も姉としてもう少し心配かけないようにはしたいけれど…今は無理。


「ごめんなさい、あなた達をどうしても守りたかったから…で、でもこれであなた達は拷問を受けなくてすむから、安心して!」


 ごまかす様に笑いながら自分の属性値のことやジギーとの交渉がうまくいったことを説明すると、闇が静かに怒気を孕んだ声でつぶやいた。


「ふざけているのか…?お前は私達を馬鹿にしているのか…?そんなことをされて私達が喜ぶとでも思ったのか…!」


「……いいえ、そうは思わなかったけれど。でも、私はあなた達のお姉ちゃんだから…守らなければいけなかったから、ごめんなさい…」


 そう言うと闇はなにかを言いかけて言葉を飲み込んでしまった、私は悪いお姉ちゃんだ、妹たちにこんなに心配かけて。


「………背中……傷…」


 雨がぼそりとつぶやいて少し俯いている。私の背中に残ってしまった火傷の痕、自分たちの治癒術では治しきれなかったことに気がつくと、闇と(ひょう)は悔しそうに顔を歪ませていた。


「これね…いいのよ、あなた達を守れた、いわば勲章よ勲章!あなた達が気にすることじゃないわ、みんな優しいわね、ありがとう…」


「ま、まーまー!いいじゃねーか!雪は助かったし雪が良いって言ってんだからよ!な!?今日はもう寝ようぜ、雪を休ませてやりたいからさ…」


 雷が私と闇たちの間に入って話を止めてくれた、今まで口を挟まずに見ててくれたのには闇や氷に同意できるところもあれば、私が助けてくれたことに感謝もしているからだろう、雷にも考えるところがあるからというのはうなずける、ひとまずその日は運ばれてきたパンとスープをお腹の中に入れ、休むことにした。


 不思議なことに、ジギーが来て実験があったその日の夜は晩御飯が多い、だから実験があるその日はお腹いっぱいで眠ることができる。


 そうして、この村に来てから三年が経った、私は様々な実験を受けた、雷と同じ落雷実験の次は闇が受けた刃物がどれだけ刺さるかという拷問、影の受けた臓器を引きずり出される拷問、氷が受けるはずだった手足の先から少しずつ凍らされていく拷問や、水に顔を付けられ息ができない状態で鞭を打たれるなど、いろんな実験を受けた。その度に私の身体には傷痕(くんしょう)が増えていった。


 どうやらジギーは私の限界というものをよくわかっているらしい、いつも拷問の度にこれ以上受けたら死んでしまうだろうという瀬戸際で終了を宣言してくる、流石というべきか忌々しいというべきかはわからないけれど、それで毎回助かっているのは事実だった。毎回未来視をさせられるが、あれから最初に視せられた光景が変わったということはない、こんな状況に私自身も慣れてしまっているのにものすごく嫌悪感を感じる。


 しかし、いくつかわかったこともある、この村の二つの派閥についてだ、仕事として割り切っている派閥“穏健派”と享楽として楽しんでいる“過激派”、この二つの派閥は違うようであまり変わらない、そして派閥の長はおそらくどちらもまともだということ、仕事と割り切っていると思っていてもそれが楽しみに変わってしまう者、享楽だとしても実際にその場面になると同情をしてしまう者、その二つの派閥の長であるのが“過激派”のジギーと最初に自分たちと話をした“穏健派”の“ベンス”という老人らしい、この二つの派閥は村の中で完全に別々に暮らしている、そしてこの施設はこの村の境目にあるらしく、お互いを否定しあっていてもどちらも平等に入れる様になっているらしい、どちらの村にもやりすぎてしまう者が何人かはいて、互いの村を潰そうとしている者達もいる、どうやらそれを上から押さえつけているのがジギーとベンスらしい。


 あまりに酷いやり口や死んでしまう様な拷問(じっけん)を行っている者がいるとすぐにジギーとベンスが飛んでくる、二人の表情は怒りと焦り、ジギーが怒鳴り込んで来たのを見た時は本当に驚いたのを覚えている。約束も守ってくれているし、青ローブの男やジギーの代わりにくるやつに比べると全然()()だ。


 ある時、毎日のこの状況と妹たちが私にかけてくれる治癒に慣れ始めた頃、その日の()()()が終わり、傷を治してもらったあとに雷が変なことを言い始めた。


「なぁ雪、俺さ、いつもお前に守ってもらってばかりいるけど、一つわがままを言いたいんだ、良いか?」


「ん?なにかしら、こんなところじゃろくな事を叶えて挙げられないけれど、私ができることなら良いわよ」


 そんな大したことじゃないだろうと、軽く考え、微笑みを返すが、直後、言われた言葉に頭を抱えた。


「……俺さ…雪の背中に残った…残しちまった火傷の傷、それと同じモノが俺の背中にも欲しいんだ、やっぱりさ…雪一人だけに背負わせてられねぇし、せめてその傷痕だけでも雪と一緒に背負いてぇ……良いって…言ったよな?」


 雷は上目遣いでこちらの様子を伺ってくる、しかもその目には絶対に引かないぞという意志がありありと浮かび上がっている。


「ぅえ…?火傷の…?ダメダメダメ、そんなのだめよ、だめに決まっているじゃない、確かに何度も治癒の魔法を受けて治癒とその逆の傷をつける様な魔法もなんとなくできるとは思うけど…妹に対してお姉ちゃんがすることじゃないでしょ?」


「良いって言ったのによぅ…!」


「そうだぞ雪、一度良いと言ったんだ、それにその妹が良いと言っているんだからそれぐらいやってやれ」

「そーだそーだ!」


 むっとした顔をして雪を見つめる雷、それに追い打ちをかける闇にその後ろで同調している(くも)がいる、正直厄介だわ、こうなるといつも甘やかしてねだられたモノを与えてしまう自分がいるのを考えずにはいられない。


「イイじゃんやっちゃえば!雷もみんなも良いって言ってるんだからさ、そんなに考えることかな?あはは!」


「…影、そうは言っても痛いでしょうし…」


 妹達全員が雪に押し寄せてこちらを見つめてくるこの状況に雪は顔に手を当てて考え込む。


 この視線には勝てないのよねぇ、お姉ちゃんの“(さが)”、なのかしらね。


「……うぅ…わかったわよ、こっちへいらっしゃいな、雷」


「ほんとかっ!?ここに頼む!雪と同じ勲章だぜ、いわばおそろいだな!()()()()!」


「…はぁ。馬鹿なこというんじゃないの、痛かったらいうのよ、いくわよ…!」


「あっつ!……くない、暖かい…。」


 雷の右肩の下、肩甲骨の辺りに手を当て、自身のエネルギーを込める、自分の手がほんのりと光り、雷は一瞬だけ熱がったかと思うと熱くはなく暖かいのだと言う、私の手の下ではジジジッと何かが燃える様な音がして痛そうに見えるが私の妹は満足げだ。


 程なくして自分の手の光が収まると、雷の右肩の辺りには自分と似たような火傷痕ができていて顔をしかめてしまう。


「へへっ、サンキューな!」


「なんでそんなに嬉しそうなの…」


 はぁ、とため息をつくと後ろからわざとらしい咳払いが聞こえる。はは、まさかね、まさかとは思うけど、雷にやったんだから、とは言わないわよね…。


「…ウォッホン!…ん?なんだ雪、その不満そうな顔は、まさか雷にやったんだから私達のは断る、なんて事は言わないよな?なぁ?」


 ニタニタと薄ら笑いを浮かべたり、すました顔してちゃっかりそこにいたり、傷が増えて何が嬉しいのかしらね、そこ、ジギーの真似なんてしてたら本当にそんな顔になっちゃうわよ。やたらと雷のことを推してると思ったらこういうことだったのね、そりゃあやってほしいと言ってるのに一人だけ、なんて事はしないわよ、しませんよ。


「はぁー……まったくもう…順番に並びなさい…」


「私は刺し傷を雷と逆の場所に頼む」


「………私は……首に…穴の痕………」


「私はねー、下腹部に割かれた痕!あはは、雪と同じー!」


「私は、そうね、右の脇腹に凍傷の痕を付けて貰おうかしら…」


「ボクはねー、鞭で叩かれた時にできた傷痕かなー、背中の中央辺りで!」


「うーん、左の脇腹にエネルギーの暴走痕(ぼうそうこん)


 私以外みんなは嬉しそうな顔をしている、泣きそうな顔をしているのは私だけだ。


「…なんで大切な妹達に私がこんな傷痕をつけなきゃならないのよ…」


 妹達はおそろいと言って喜んでいるが泣きそうになりながらもせっせと要望通りに傷痕を作っていく、私のことが好きだからもらったのだと言っているが、私のことが好きならこんなことさせないでよと思うのは私のわがままだろうか。


 ふと、牢屋の小さな鉄格子の窓を見上げた、今夜は満月のようだ、青く大きく綺麗な月だ。思えば最近は窓の外を見上げてボーっとすることが増えたように感じる、疲れているのだろうかよくわからないけれど、こんな日は早く寝てしまうに限る。


「さて、じゃあみんなもう寝るわよ、明日も何もないと良いわね、じゃ、おやすみなさい」


「「「おやすみ」」」


 妹達が目をつぶる、さて私も寝るかと薄い布を自身にかけた時、何故だか外に見える青い満月が不気味に見えた、ぶるりと身震いをしてから妹達と身を寄せ合うようにして眠りについた。

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