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この残響をさよならの代わりに  作者: 紙野七
トラック4 通り雨
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4

 夏フェスに向けて動き出した僕たちは、おおよそ順調に歩みを進めていた。

 まず曲に関してだが、『ラムネ』を作った経験のおかげか、曲を書く要領が掴めたみたいだった。かなりのハイペースで何曲か候補曲を作って、その中からとりあえず二曲が採用された。この調子なら当初の目標である「夏フェスまでに三曲」というボーダーは簡単に達成できそうだ。

 しかも僕だけでなく、キョウも密かに曲を作っていた。それも彼が作っていたのはバンドで実際に演奏する曲ではなく、いわゆる出囃子である。彼は元々インストゥルメンタルの曲が得意分野なので、それを活かそうとこっそり企んでいたらしい。

「なんかこれが流れてるところに入っていくのを想像すると、すごく興奮するね」

 曲は湿り気を帯びた静かなピアノの音から始まり、少しずつ他の音が重なっていくことで、緩やかに盛り上がりを見せていく。たった二分弱の曲であるものの、個々の音の絡み合いによって、その短い中でしっかりと一つの物語が出来上がっている。遠く澄み渡る空のような透明感と、仄かに香る紅く色めく木の葉のような哀愁が、僕らのバンドの空気と見事に合致していた。出囃子としてステージの雰囲気作りを担うにはぴったりの曲だ。

 キョウのこの行動に触発されたのか、他の二人も演奏以外の部分でバンドのためにできることをと、彼らなりに試行錯誤を始めた。

 アマネはバンドのロゴを考え、それを使ってポスターまで作ってくれた。ロゴは『Any』というバンド名を筆記体的に若干崩したもので、シンプルながら目を引くデザインだった。ポスターの方は青と白を基調とした淡い色使いと、見た目が煩雑になりすぎないように配慮されたすっきりとしたレイアウトが印象的だ。どちらも女性らしい丁寧な仕事が感じられるとともに、彼女の潜在的なセンスの良さが滲み出たものに仕上がっていた。

 ミヅキは持ち前の行動力を活かして、バンドのプロモーションの部分を担ってくれた。口コミでの宣伝はもちろんのこと、知っている店に直接掛け合って、アマネが作ったポスターを貼らせてもらうよう交渉してくれた。

そして驚いたのは、彼は『バンド破り』時代に在籍していたバンドのところへ行って、当時の非礼を詫び、挨拶とバンドの自己紹介をして回ったらしい。彼も彼で、このバンドを通して思うところがあり、変わりつつあるのだった。

 こうして新曲と出囃子とポスターを引っ提げて、ミヅキの先導の下、僕らはライブハウスへと繰り出した。各自がこの街で培った人脈(それは決して潤沢とは言えなかったが)を目いっぱい活用し、僕たちでもライブをさせてもらえるところを探した。

 いざ頼んでみれば、出演を快諾してくれるところが多く、結果として僕らは週に一、二度くらいのペースでライブに明け暮れた。ときには二日連続でライブだったり、ライブ当日に急遽出られなくなったバンドの代わりにピンチヒッターとして出演したりなんてこともありながら、大変だけど楽しく充実した日々が続いた。

 最初は緊張で全身に力が入っていて、ガチガチに硬くなってしまっていた僕らも、数をこなしていくことで最近はだいぶこなれてきた。力を抜いて落ち着いて演奏できるようになったことで、演奏により自分たちの持ち味を吐き出せた。また、余裕が生まれて演奏を冷静に楽しめるようになったのも、大きな進歩だと言える。

 ライブをしているうちに、いつの間にか新しい曲もどんどん完成していって、気付けばミニアルバムが一つ作れそうな曲数になっていた。そしてそうなると、毎回どの曲をライブでやるか選ぶのに苦労するなんていう嬉しい悲鳴も上がったりした。どの曲も僕らにとっては最高の曲で、自分の子どもみたいに大切な曲だったからだ。結構バンド内でも意見が割れたりして、議論になるのもそれはそれで楽しい。

 当然ライブをたくさんやれば、それだけ僕たちを知らない人たちに演奏を見てもらえる機会が増える。幸いなことに周囲の評判はすごくよくて、ファン(とは言えないまでもよく見に来てくれるお客さん)が徐々についてきた。それはつまり自分たちの音楽が聴いている人に伝わったということで、ミュージシャンの端くれとして、こんなに嬉しいことはない。

「最近色んなことが上手くいかなくて、すごく落ち込んでたんです。でも今日のライブを見て、私もがんばらなくちゃと思いました。ありがとうございます」

 たまにわざわざ終演後に僕たちのところまで来て、そんな風に熱い思いをぶつけてくれる人もいて、僕たちは自分たちの音楽が目の前の人の心を動かしていることに感動した。そうやって自分たちの音楽がきちんと届いていることを実感することで、より音楽に対する喜びと熱意が増していく。

 僕たちがこんなにもとんとん拍子で順調に進んでいけたのは、実力や努力以上に運の部分が大きかったように思う。もちろんできる限りのことは精一杯やったけれど、それだけではどうにもならないことだって多い。肝心なところで僕らは運に助けられていた。

 まずやっぱりサナ子さんのお墨付きというのが、話題性を生むのに一役買っていた。サナ子さんの弟子になっていなかったら、たとえバンドをやっていたとしてもここまで来れてはいなかっただろう。

 また「若い」ということも観客の興味を引く要因だった。最近は新たにロックに目覚める人が少なく、そのためロック界ではフレッシュさを求める需要が多いらしい。だから僕らのように若くて初々しいバンドというのは、それだけで取っ掛かりが生まれていたのだ。

 他にもきっと人や環境、タイミングなど、色々なことに恵まれて、僕らは運よく上手くいっていた。でも運も実力のうちと言うから、それは決して悪いことではないだろう。何より、きっかけがどうあれ、僕らの曲を聴いて、それに何か感じてくれる人がいる。その事実だけで十分だった。

 バンドをやっていけばいくほど、バンドというのが決して自分だけでは成り立たないことを実感する。一緒に音を奏でるメンバーがいて。聴いてくれる人がいて。聴いてもらえる場所があって。応援してくれる人がいて。競い合う相手がいて。言葉があって。音楽があって。そして、世界があって。

 音楽を通じて、バンドを通じて、僕は色んなことを知っていく。そこからまたわからないことや知らないことに出会って、その繰り返しで一歩ずつ前に進んでいく。それがあんまり楽しくて、いつまでも、どこまでも行きたいと、強く思う。

「またどこかで会いましょう。アニーでした」

 温かい拍手に包まれながら、僕らはステージを降りる。

またいつかこの場所に戻ってこられるように。

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