真純の好きな人
「新婦が入場します。」というアナウンスと同時に扉が開く。
会場には拍手と美しい音楽で満たされる。
そんな中をゆっくりと歩き、新郎のもとへと向かう。
優しい笑顔に賢そうな雰囲気の新郎。
彼女はそんな結婚式がしたいと小学校の時、僕に語ってくれた。
もうすぐ冬休みになる。
年が明けると僕ら高校三年生にとっては人生において最も大切な受験があるシーズンだ。
今は数学の授業中。
僕の席は一番後ろだからクラスがよく見える。
ストーブを付けていても寒くてみんな丸くなっている。
そんな中、一人背筋を伸ばして授業を聞いている人物がいる。
それは、僕の斜め前の席に座っている彼女。英真純だった。
彼女はなぜか数学の授業は熱心に聞いている。
僕は以前、彼女に聞いたことがある。
なぜ数学の授業だけ熱心に聞いているのか、
と。
すると彼女は
「数学が苦手だから。」
と答えた。
嘘だとその時、僕は思った。
今でも嘘だと思っている。
なぜなら彼女にはほかにも苦手な科目が山のようにある。
なのに数学だけに力を入れるなんておかしい。
でも、とりあず数学だけでも頑張ろうと思ったのかもしれない。
どっちだろう。
僕はこの疑問をずっと抱えている。
授業終了まで残り5分。
次は僕が得意すぎる技術の時間だ。
疑問を持ち越すわけにはいかない。
よし!
この疑問は一旦おいておこう。
・・・また後回しにしてしまった。
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが鳴った。
みんな待ってましたとばかりに起き上がり室長が号令をかける。
ついに数学の時間が終わった。
僕は真純の方を見た。
彼女は教科書を持ち数学の担当でありこのクラスの担任でもある榊拓真のもとへ行った。
彼は現在29歳で真純の姉の担任もしていた。
そのせいか真純とは入学したての頃から親しい。
いつものことながら僕は少し悲しく思う。
ついに今年も真純は僕ではなく榊に質問しに行くのか。
数学のことなら僕のほうが絶対榊より詳しいのに。
「また見とれてんなぁ。」
「わっ。べ、別に見とれてないし。」
話しかけてきたのは同じクラスの皇雅。
彼女は中学3年の3学期という転校するには最悪の時期に転校してきた。
3年間僕と同じクラスだ。
転校前は大阪に住んでいたのできつい関西弁を使っている。
もちろん共通語も話せるが僕と話すときは関西弁を使う。
皇は僕が知っている中で最も賢い。
まあ、僕のほうが賢いけど。
皇はもっと賢い高校にも行けたのに
「特に夢もないし、あんた面白いし。」
と言って僕と同じ高校を選んだ。
「見とれてたやん。めっちゃ顔赤いで。」
「えっ。そんなわけないだろ!」
「ほんま面白いな。早くパソコン室行こ。みんな行ったで。」
皇に言われて気が付いた。
教室には僕と皇しかいない。
僕たちは足早にパソコン室へと向かう。
中は暖房が効いていて教室よりも暖かかった。
僕たちが入ったと同時にチャイムが鳴った。
ギリギリセーフだ。
室長が号令をかけ授業が始まった。
内容は前からやっている情報集めだ。
僕にとってはお手のもの。
席は自由なので僕は窓際の列の一番後ろに座った。
皇は僕の隣に座った。
真純はどこだ?
僕は教室内を見回す・・・。
真純は廊下側の一番後ろにいた。
しかし早くも寝てしまっている。
なるほど!
真純の意図が分かったぞ!
真純は5教科である数学はしっかりと聞き、副教科である技術の時間に寝るのだ。
・・・いや、しかし技術は実技教科だ。
テストよりも普段の実習のほうが大切なのだ。
それでは寝てしまっては意味がない。
やはり僕の考えは間違っているのか・・・?
「また見とれてんな。」
皇の声が聞こえた。
「見とれてないよ。ただ見てただけだよ。」
僕は焦らずに慎重に言う。
一言でも間違えると後々面倒なことになる。
「ただ見てただけか。それにしては長い時間見てたな。30秒やで。」
僕は言い返す言葉を見つけることができなかった。
30秒も見てしまっていたのか。
僕としたことが。
注意しなければいけない。
技術の時間はあっという間に終わってしまった。
真純は結局ずっと寝ていた。
僕はあの後も何度か皇に
「見とれてんな」
と言われてしまった。
本当に気を付けないといけない。
次の授業は英語だから僕には関係ない。
まあ何の授業でも僕は聞かなくてもわかるけど。
ここで僕と真純と皇について説明しておこうと思う。
まずは僕から。
僕の名前は橘風雅。
勉強は学年1位。
運動はそこそこだけど・・・。
席は窓際の一番後ろ。
部活は帰宅部。
次は真純。
名前は英真純。
勉強は苦手だけどすごく優しくて明るい。
誰にでも話しかけるから友達は学年で一番多いと思う。
席は僕の斜め前。
部活は英語部。
最後は皇。
勉強は学年2位。
本当は明るいのに周りに冷たく接しているせいで友達が少ない。
クラスでは僕としか話さないしほかのクラスでも賢い人と話しているのをたまに見かける程度だ。
笑顔なんて滅多に見せない。
なぜか僕に真純のことをたまに教えてくれる。
席は僕の隣だ。
部活は帰宅部。
気付けばもうホームルームの時間になっていた。
榊がSNSがああだこうだと言っている。
僕もスマホは持っているがそんな厄介事は関係ない。
僕は真純を見た。
数学の時と同じく背筋を伸ばして頷きながら話を聞いている。
すると横からメモ用紙が飛んできた。
そのメモには
『風雅、また見とれてんな。』
と書いてあった。
僕は隣の席を見る。
皇がニヤニヤ笑いながら小声で言ってきた。
「25秒やで。風雅、英さんのこと好きやろ。」
「違うって。別に好きじゃないから。」
僕は小声で言い返した。
しかし皇はニヤニヤ笑ったままである。
僕は後で説明する羽目になった・・・。
学校からの帰り道、僕は電車に揺られながらしばらく考え事にふけっていた。
内容は真純についてだ。
さっき僕に皇から真純と榊の距離が急に縮まったという情報が入ってきた。
僕は正直焦ってしまった。
真純が誰かのことが好きだということさえ聞いたことがないのに何でいきなり榊なんだ。
真純は榊のことが好きだったのか?
しかしこれが本当なら僕が抱える疑問の答えが分かった。
真純は榊のことが好きだから数学の授業を熱心に聞き、質問を僕ではなく榊にするんだ。
皇も全く知らなかったらしい。
『ほんまに情報回らんようにしてたらしいわ』と感心したように言っていた。
皇は学年屈指の情報やと仲が良い。
確かに最近、真純と話す回数も減ってきたがそんなに気づけないものなのか?
くそっ。
僕としたことが。
榊に先を越されてしまうなんて。
でも教師と生徒では付き合えないはずだ。
どうするんだろう。
そんなことを考えている場合じゃない。
僕も何か動かなければ。
そういえば皇はこうも言ってたな。
『今からでもアプローチしたらいけるやろ。あんた英さんのこと好きやねんやろ。』
って。
最後のは余計だが今からでも間に合う。
何のためにこの高校に入学したんだ。
真純のためじゃないのか。
僕はその時あることを思い出した。
それは僕がこの高校を受験しようと決めた理由だった・・・。
続く