起きろ!俺。卒業式だ
日下部さんの 『2018春〜卒業』 イベント参加作品です。
目覚まし時計が鳴ってる。わかってる、もう起きる時間だ。だけと体が怠くて動かない。寝たのは午前3時過ぎ。
昨日は、趣味の数学検定の問題を解くに没頭して時間を気にしなかった。悪い習慣だよな、次の日の事を考えないでハマルのは。
今日は卒業式だ。俺は3年の担任だし、ここはビシっと髪型と服装を整えないと。いつもの寝癖頭はだめだ。起きなければ、それに須賀の奴に電話して起こさないとな。
まったくここ半年は、あいつに振り回されてばかりだった。9月から、遅刻が続くようになった。朝、1時限目の授業に遅刻するとか、かわいいもんじゃなく、学校に出て来るのが昼過ぎとかよくあった。まったくお前は重役か!と何度、怒ったことか。
思い出すうちに、また寝たみたいだ。大丈夫、目覚ましは30分早めにセットしてある。
2度目の目覚ましの音。3度なるこの目覚ましは優れもの。よしここで起きるぞと思った途端、体が動かなくなった。金縛りだ。何度も布団を出るのに、気が付くと布団で寝たままというパターンなんだ。
(先生、おかげで息子は無事、卒業する事ができます。ありがとうございました。)
「いえいえ須賀さん。息子さんは、遅刻が多く単位はギリギリでした。進学先でちゃんと起きられるか心配です」
須賀は上手くやっていけるだろうか。お母さんも心配だろうって...あれ?須賀のお母さんは夏に亡くなってるんだ。俺、通夜に出たじゃないか。っていうことは...俺は、金縛りの間に夢をみてたらしい。
3度目の目覚ましの音。もうさすがに起きないと。もういい加減にしてほしい金縛り。そういえば、保健室の先生・憧れの朝子先生に相談したっけ。金縛り対策で。
それと、遅刻魔の須賀事を相談した。須賀は母親を亡くして今はウツ状態じゃないかって話しだった。この言葉は職員会議で多いに使わせてもらった。須賀が遅刻するので、単位があやうくなりそうな教科の先生に、頭を下げてこの言葉で泣き落とした。
”あと1回授業を休んだら卒業できなくなります”と、英語の教諭の最終通告で、11月から俺は須賀を毎朝、起こしに行く事にしたんだっけ。
(小波先生、朝ですよ。起きて下さい。ご飯も出来てます)
「朝子先生、あともう少し。体が怠いんです」
(須賀君の事で疲れてるんですね。ああ、熱がありますね。解熱剤(座薬)を入れるので、お尻を出して下さい)
うわ~いやです。俺は、又、夢を見てるんだ。頑張れ俺、負けるな。
いやだ~と声を上げた時、体をゆすられて、やっと本当に目が覚めた。
「小波先生、大丈夫っすか?なんかうなされてたけど、ヘンな夢でもみてたっすか?」
俺の布団の側に、学生服の須賀がいた。なんでこいつ、俺の部屋にいるんだっけ?
須賀の家は、父親も不在だった。なんでも電気工事の仕事をしてる父親は、仕事で本州へいってる。トンネルだかダムだかの工事とかだ。須賀が一人暮らの事は、学校には内緒にしてほしいと泣きつかれた。
”お前、友達に泊まりに来てもらえ。して朝起こしてもらうんだ。名案だろ”
”...”
俺は心配だった。母を亡くし父親も不在の須賀。頼れる親戚もいない。友達は多い方だと思ったけど、何か理由があって内緒にしてるのかもしれない。トロンとした頭で、又、眠りそうになったのか、須賀に背中を叩かれた。
「センセ、もう起きろって。」
俺の部屋の合鍵。なんかあった時には、ウチに来い。そういって鍵を渡したんだっけ。
どうも寝起きがよくない。フと目覚まし時計を見て、目が一変にさめた。ヤバイ!遅刻する。寝巻代わりのTシャツにスウェッツから、卒業式用の礼装に着替えないと。朝飯食べる時間ねえな。
「須賀、ありがとな。お前も朝ごはん、食べてないだろ?学校近くのコンビニまで乗せてくから、車に乗ってれ」
「いいよ、卒業式は9時半だし。それより、ウチの鍵、返してくれる?俺、4月から札幌にいくし」
「おっと、そだな。ホイ!っと。でも車で送るからな。悪いが、3月の寒い朝でも、須賀は路上で寝こける。」
”ひで~”って声が上がったが、スルーした。急がないと。俺が遅刻してどうする。
*** *** *** *** ***
学校まで車で30分、車中で聞いてみた。
「なあ、須賀。朝、起きる事が出来ないというんで、学校近くに、高校生用の下宿をすすめたよな。なぜ断ったんだ?父親には相談したのか?」
部屋は一つあいてるからと、下宿屋のおかみさんに、了解もとったのに、こいつ、断りやがった。
「無理!親父、携帯通じないとこにいるし、俺も家を出るつもりなかったしさ」
お互いにムっとして、無言のままコンビニに車を止めた。
コンビニで鮭、筋子のお握りを2個ずつ買い、お茶を買って戻った。
「ほら、食え。こっからは、歩いていけな。さすがに5分もかからないから、起きてられるな。」
軽佻浮薄を人型にしたような須賀が、おにぎりを見つめて立ちすくんでる。コンビニ前だと目立つんだけど、お握りの具が気に入らないのかな。筋子が嫌いとか?
「先生、俺...」
なんだ、いきなりシリアスな顔をして。
「あの家を出たくなかったんだ。なんだかさ、母さんがあの家にまだいる気がして。”ただいま、母さん、晩御飯なに?”って、よく言いかけた。ああいないんだよなって思っても、”今日はから揚げよ。”って言う母さんの声が聞こえた気がした事もあった。今日は夢に出てきて”起きなさい!!”って、怒鳴られた。メメしいよな俺も。今のは誰にも言わないでおいて。”痛い奴認定”されたくないし」
そういうと、バツが悪そうにせを向けた。
”先生にはすごい感謝してるんだから事故るなよ”と、食べながら歩いて行ってしまった。
そうか...感謝しててくれたか。これで肩の荷が下りたような、少し寂しいような。
*** *** *** *** *** ***
卒業式自体は淡々と進んだものの、その後のHRで生徒が泣き出して、俺ももらい泣きしてしまった。もらい泣きだから。あくまで。
保健室で、朝子先生へ須賀の話しを打ち明けた。今朝は、彼女にご飯を作ってもらったんだ、夢の中だけど。いいよな朝子先生。ホンワカしてても、でもしっかり者で。今日こそ打ち明けようかな。夜に飲み会があるし。
「あの朝子先生、今日の飲み会は出席されますよね。」
「ああ、校長先生にも謝ったのだけど、今日はパス。アメリカにいる婚約者が、研修を終えて帰ってくるのよ。空港まで迎えにいかないといけないから。」
”婚約者”という言葉が、俺の頭の中でリフレインしてる。そして目の前が暗くなった気がする。とにかく失恋確定だ。打ち明けないでよかった。
「あら?小波先生、顔色が悪いですよ。寒気は?風邪のひき始めかしら」
”絶対に風邪じゃありませんから”と俺は保健室を早々に退散した。
今夜は飲もう。須賀や他の生徒の卒業を祝って、心置きなく。少しやけ酒も入るかもしれないが。