part6 バーストブレイカー
「……ん」
鳥のさえずりが聞こえる。風の流れる音も。カズマは自身がバーストブレイカーで戦うポイントに到着したことを改めて実感すると、その目をそっと開けた。
周りは草木が生い茂り、小鳥や小動物がそこらへんをウロウロしていた。どうやらカズマは、緑で覆われた草原地帯にワープしてきたようだ。カズマはバーストブレイカーに参加し、これから自分以外が全員敵だと言う事を実感する。
バーストブレイカーではワールドマップなどは貰えず、敵がどこにいるのかさえも分からない状況なのだ。なんでも、ゲームをより面白くさせるためとのことだ。参加している者としては、いつ襲われるかわからないのでハラハラしてなくてはいけないので、心臓に悪かった。
「……実際はどこかに隠れているのが安全だが、俺は一刻も早く優勝したいからな」
と、自分にしか聞こえないように呟く。そもそも、この辺りにはきっとカズマしか存在しないハズなので、大声で叫んでも変わりはなかった。カズマは背中に背負っていた剣を鞘から引き抜くと、右手に握りしめる。剣は太陽の光を浴びて、紅い閃光を放っていた。
「今日も頼むぜ、【カリバー】」
そう剣に言い聞かせ、カズマはこの辺りを少し歩く事にした。生えている雑草を踏みにじりながら二本の足で草原地帯を進んでいく。歩みを進めていく度に草原地帯に住む小動物たちがカズマの足元をウロチョロされるので、誤って踏みつけてしまうのがとても心配だった。
なるべく慎重に進んでいくカズマ。歩みを進めていくうちに、誰かに見つかるかもしれないと思いこんでしまい、鼓動が早くなる。……まさかとは思うが、すでに俺の気配を感じ取られているのだろうか? しかしそれなら、すでに俺は奇襲に逢っているハズだ。
カズマはなるべく気配を殺しながら進む事にした。……きっと気のせいだ、俺自身が疑心暗鬼になっているんだ。そう自分の心に言い聞かせながら、歩みを進めた。
歩みを進めていくうちに、湖に出た。恐らくここが、草原地帯の中央部なのだろう。カズマは辺りを見回し、誰もいない事を確認すると湖の水を一口手ですくって飲んだ。カラッカラに渇いた喉を、湖の水が潤してくれた。湖の水とはいえ、これは仮想世界の水だ。現実の自然の水とは違い、腹を壊したりすることはない。
カズマは立ち上がると、剣を握りしめてまた歩み始める。……そろそろ敵が出てきてもいいハズだが、人の気配がまったくなかった。さっきまでの気配は消え、今度は草原地帯にカズマ自身一人しかいないような感触を味わった。
「……さっきの気配は…?」
そんな疑問を浮かべながら、歩みを進める。さっきまでカズマが感じていた気配は、一体何だったのだろうか……? やはり、カズマの気のせいだったのだろうか?
訳が分からないまま、カズマは草原地帯を出た。草原地帯の次はただの平地。障害物もまったくない、ただののんびりとした平地だった。
「……なんだこれ。敵に見つかりでもしたら、それこそ終わりじゃないか」
などと思いながら、カズマは頬を掻いた。なるべくここでの戦闘は避けたい。そうカズマは思い、ここを離れるかのように急いで別の地帯へ移動する。
その時――――、ぱしゅん、となにかがカズマの足元を狙って飛んできた。
「な―――ッ!」
カズマは瞬間的に、飛んできたソレをジャンプで回避する。遠くから飛んできたので、カズマは直感的にソレの正体を理解した。
「……弾丸ッ!」
カズマは近くにあった岩影に身を潜めた。……敵は一人。遠距離から攻撃を仕掛けて来たと言う事は、相手は銃を持っている。カズマはそれを理解し、空いている左手にハンドガンを構えた。
……銃は剣よりも使える時がある。銃は弾丸が命中しなくても、敵を驚かしたり、威嚇させたり出来るのだ。例え、人に当たらなくとも弾丸さえ放てばそれは確実に相手の精神を痛めつける事になる。それを知った上で、カズマは銃を構えた。
敵は恐らく、ここからそう遠くない所に身を潜めているハズだ。カズマはそれを承知で、身を乗り出してみる。敵がどの方向から発砲しているのかを推測する為だ。
カズマは剣と銃を構え、物陰から身を飛び出した。それと同時に発砲音。方向は10時の方向だった。カズマはその発砲音を察知し、すぐさまその方向を見る。相手は一人。使用している銃はショットガン。それをカズマは一目で理解する。
相手の放った弾丸が、カズマのほうへ向かってくる。カズマはそれを撃ち落とすかのように自身の銃を構え、弾丸を放った。パァン、と軽い音と同時に、その銀色の鉛が一直線に飛んでいく。その弾丸が、相手の放った弾丸のほうへ向かって行き………直撃する。
ガキン、と鉄と鉄がぶつかる音が辺りに響き、互いの放った弾丸は明後日の方向に消えていった。カズマはそれを予知していたかのように、弾丸が飛んできた方向にハンドガンを向ける。
「誰だ! 隠れてないで出てきやがれ!」
カズマは銃を構えながら、そう叫んだ。……これで相手が出てくるかは分からない。けれど、隠れたまま戦うのはフェアではない。バトルロワイアルとはいえ、隠れながら戦うとなると、カズマも容赦せずに戦うからだ。まだアイリやキリヤとの戦いが残っているから、あまり初っ端から本気を出したくなかった。
じっと銃を構えたままカズマは、敵が出てくるのを待っていた。すると、すごすごと敵が物影から登場する。
「……ちぇっ。やっぱりカズマだけは騙せないか」
と、つまらなそうな声を上げながら、敵が姿を見せる。それはキリヤだった。ショットガンを肩にかけて、カズマの前に姿を出す。
「キリヤ!? どうしてここに!?」
カズマは驚きを隠せなかった。まさか、初戦の相手がキリヤだったとは思っていなかったからだ。さらに、キリヤは一度もショットガンを使う事はおろか、出した事はないのにどうして使用しているのだろうか?
「そりゃ、これが俺の隠し武器だからだよ。普段俺は片手剣の二刀流だけど、こう言うバトルロワイアルの時だけはショットガンを使う時だってあるんだよ。こっちのほうが使い慣れているし、なにより遠距離から攻撃できるから、自分はノーダメージで敵を倒す事が出来るんだぜ」
ふふん、とキリヤは胸を張った。つまり、キリヤは近距離からの攻撃も、遠距離からの攻撃も出来るってわけだ。その状況に応じて臨機応変に対応できるというのだ。カズマはキリヤが羨ましかった。自分はどれだけ努力してもダメだったのに、キリヤはそれを簡単に出来たからだ。
「んなわけないだろ。ショットガンを使いこなすまで、せいぜい三週間はかかったぞ。重量も重いし、自由に動けるわけでもないから自由に扱うのに時間がかかったもんだ」
でも、その分自由に使えるようになった時はすっげー達成感を得たけどな、とキリヤは付け足した。カズマは目を丸くした。このショットガン一つ扱えるようになるまで三週間!? カズマには不可能だった。このショットガンを扱えるようになるまで三週間は長すぎると思ったからだ。
「……それでキリヤはどうしてこんなとこに隠れていたんだよ? もっと戦闘に適した場所があったハズだろ?」
「いやー、こう言う時の俺は極力動かない主義でな。敵がこちらへ来るまで待機していたんだよ」
はっはっはー、とキリヤは笑う。確かにこう言う時は、じっと動かずに敵が来るのをただ、ひたすら待つのが普通だ。そして敵が来た所を奇襲、カズマでさえもその考えを思いついたものだ。
「……俺、思いっきり撃たれかけたんだけど?」
「すまんすまん、いきなり足音が聞こえたからつい撃っちまったんだよ。まさかカズマだったと思わなかったからさぁ……」
キリヤは頭を掻いた。困った時のキリヤの癖だ。俺は「はぁ…」と呆れながら、ため息を漏らした。
「それで、俺と戦うのか?」
すっかり戦意喪失していたキリヤに尋ねてみる。
「いいや、まだ戦わない。俺とカズマが戦うのは最後の最後。敵がお前だけになった時だ」
びし、とキリヤはカズマを指差した。きっと、キリヤなりの宣戦布告なのだろうとカズマは思った。
「……あぁ。俺たちの戦いは、俺たち以外の参加者が消えた後が本番だからな。それまでは負ける事は出来ないぜ」
「俺もだ。まぁ、カズマは絶対に残ってそうだけどな」
互いの拳をぶつけ合う。ここで約束した、俺たちは最後になるまで必ず残っていると。そして、二人で最後の戦いを行うと。今この時間、この場所で誓った。
「それじゃ、カズマ。行こうぜ」
「は…?」
キリヤがカズマの前を進みながら言った。……行こうぜ? 一体どういうことなのだろうか?
「俺も、お前と一緒に戦うって言う意味だよ。最後に残るためには、俺たちが協力して、他の参加者を倒していかないといけないだろ? だから、一緒に行こうぜ」
ほら、とキリヤが手を差し伸べてくる。俺はその手を掴む。敵同士とはいえ、キリヤとは誓った仲だ。互いに裏切ったりはしないし、互いが互いを攻撃したりなどはしない。それを信じ、俺はキリヤの手を握る。
キリヤと同盟を組んだ。これで俺たちはこの戦いの終盤まで、ともに戦う仲間、戦友になったのだ。
「とりあえず、宜しくな、カズマ」
「こっちこそ、足引っ張るかもしれないけど宜しく」
「カズマが足引っ張ったら、俺は見捨てるけどな」
そう、にやりと笑みを零しながらキリヤは言った。それでも俺は内心分かっていた。俺がピンチになった時は、絶対キリヤが助けに来ると。俺を庇ってまで、キリヤ自身が犠牲になるかもしれないと。
だからカズマは心に誓った。絶対にキリヤの足だけは引っ張らない、引っ張りたくないと。自分のために敗退してもらいたくないから。カズマは自身の剣を見つめながら、そう決意した。
「それじゃ、ひとまず進もうぜ。ここにいたとしても、敵を減らすことは出来ないからな」
キリヤは歩き出す。それに釣られて俺もキリヤについて行く。俺とキリヤは、自分たちの誓いのため、他の邪魔者を倒すために歩き出した。