part5 開幕
「おー、カズマ遅いぞー」
広場に到着すると、キリヤが俺の姿を見つけては手を振ってきた。俺はキリヤに手を振り返す。やはり、キリヤの行動は早かった。キリヤの家は63階層だが、きっとワープポイントが設置されているのだろう。なんだか羨ましかった。
「すまない、キリヤ。俺の家、22階層だけどワープポイントがなくて……」
「あぁ、そっか。まぁ、仕方ないぜ。この大会で優勝できたら買ってみるといいぜ」
キリヤはぐ、と親指を立てながら、自身の手を突きだしてきた。そうだ、この大会に優勝すれば一気に二百万チリが貰えるのだ。優勝すれば、ワープポイントなんて400個も購入できる。まぁ、そんなにも必要ないが、それだけの高額賞金が獲得できるのだ。
しかし、俺が参加したかったのはそういう理由じゃない。俺の実力がどれほどのものか……、俺の剣舞がどんなものなのかを図る為なのだ。もし、この大会で優勝出来なくとも次のバーストブレイカーに参加すればいいのだ。
「カズマくんはっけーん」
と、不意に声を掛けられた。アイリだ。まるで双眼鏡を作るかのように、手で円を作ってその穴から俺の顔を見ていた。
「なんだよ、アイリ。そんなに俺のことを見てくれるのか?」
「そりゃあね。なんせ、今回の大会で一番標的にしているのはキミだから」
そう言ってアイリは俺に指を銃の形に変え、ばん、と弾丸を放つような仕草をしてきた。アイリは確実に俺を倒す事だけを考えている、他の参加者など眼中にないようだ。これだけ期待されては、俺もますます下手な戦いを出来なくなった。プレッシャーがかかる。
「…っと、その方は?」
アイリは俺の隣のキリヤをまじまじを見つめながら尋ねて来た。
「あぁ、紹介するよ。こいつはキリヤ。最近、俺に銃の扱い方を教えてくれた人だ」
「どうも……」
キリヤは頭を掻きながら、アイリに向けて挨拶した。アイリもしっかりキリヤに挨拶を返した。
「キリヤさん…」
「あぁ、キリヤでいいよ。俺、敬語とか好きじゃないから」
と、遠慮はいらないとキリヤは言う。しかし、アイリはこれでも結構義理堅い。良く言えば礼儀正しく、悪く言えば頑固者だ。だから、こう言う人には必ず「さん」や「くん」付けで呼ぶ。俺の時も、俺が「カズマでいい」と言ったのに、相変わらず「カズマくん」と呼んでいるのだ。
「キリヤさんは、どうしてバーストブレイカーにご参加さなったんですか?」
「あ、あぁ…。俺はこの大会で、俺のチカラがどれほどのものかを試したいからだよ。腕試しってわけだ。別に二百万チリなんて、現実の金に変えられるわけでもないし、そもそも上層部ダンジョンでモンスターを倒しながら金を稼いだ方が効率いいからな。こういう対人戦で、俺の力量がどんなものなのかを図りたいんだ」
キリヤがこの大会に参加したのは俺と同じ理由のようだ。アイリはそれを訊きながら「ふむふむ…」と相槌を打っていた。
「つまり、キリヤさんはここにいるカズマくんと同じ理由でこの大会に参加されたんですね」
「まぁ、そうなるな」
と、さも当然の様に応えたキリヤ。そんなにレベルも高いのに、どうして腕試しをする必要があるのか、俺にはさっぱり理解できなかった。実力なんてレベルで決まるハズだ。キリヤは他のユーザー顔負けのレベル193。だからこそ、腕試しにこんな大会に参加する理由が俺には分からなかった。
「実力がレベルで決まるなんて、そんなルールはどこにもないぜ? 確かに、レベルはその人の強さを一目で表すモノかもしれない。けれど、レベルがすべてじゃないんだ。戦略やその人のパラメーター、その日のコンディションなんかで強さは決まるものなんだ。それをお前が昨日証明したじゃないか」
「でも、昨日はキリヤが手加減したかもしれないじゃ……」
「俺が手加減していたとでも思うのか? 俺はいつだって全力で勝負は行うぜ? 昨日の戦いも全力でお前にぶつかって、あの結果なんだ。レベルが強さじゃない」
俺はキリヤに説得させられた。確かに、レベルはその人の強さの象徴だ。その人がどれだけやりこんできたか、その人がどれだけ頑張ってきたかを表すパラメーターの一つ。しかし、キリヤの言うとおり、レベルですべてが決まるわけじゃない。昨日のキリヤとの手合わせで、キリヤは全力で戦ったと言った。どんなにレベルが高くても、必ず勝てるわけじゃないんだ。
「そっか…。俺はてっきりレベルが全てかと思ってたぜ……」
「まぁ、大抵の人はレベルで判断するさ。けれど、やっぱりレベルだけじゃ勝てないんだよ。人それぞれに苦手があるんだから、そこを突かれればどんな敵だって負けることもある。猿も木から落ちるってな」
はっはっはー、とキリヤは大笑いしながら言った。確かに、昨日の戦いは例になる。キリヤは俺よりレベルが高い割には、俺よりも速く動く事が出来なかった。だから負けたんだ。人それぞれにどんな装備をしているか、どんな戦い方をするかで得意不得意が決まるのだ。
「……なんだかキリヤに言われると説得力あるな」
「そ、そうか…? これでもまだまだだと思うんだが……」
キリヤは照れながら頭を掻いていた。それと同時に広場の鐘が鳴り、アナウンスが流れ始める。
『お待たせしました。これよりバーストブレイカーを開催します。』
広場に歓声と拍手が立ちこめる。……いよいよ、バーストブレイカーが始まるのだ。俺は頬をぱちん、と叩き、気合いを入れる。ここからは俺以外全員が敵となるのだ。勿論、隣にいるキリヤとアイリも敵だ。
俺以外信じられないこの大会の中、俺は優勝できるのだろうか…? いや、優勝するのだ。例え、キリヤやアイリが相手でも、手加減だけはしない。それがこの大会で、本気でこいつらとぶつかり合うと言うものだ。
「それじゃ、キリヤ、アイリ。お互いに全力を尽くそうぜ」
俺は拳を突きだす。アイリとキリヤは顔を合わせて驚いていたが、すぐさまいつもの真剣な顔に戻った。
「……当たり前だ。どんなことがあろうとも、俺は手加減せずに戦うぜ」
「私も。カズマくんだからって容赦はしないから、カズマくんも本気でかかってきてね」
二人は俺の拳に自身の拳をぶつけると、広場に設置されたワープポイントから会場へワープした。俺もこの戦い、全力で挑む。優勝を狙うけど、全力で戦って負けるのもいいだろう。俺は俺自身のベストを尽くす。そう決意を胸に、ワープポイントへ一歩足を踏み出したのだった。