part3 とある武器屋にて
昼飯を食べ終え、俺はまたブレイブワールドにログインしていた。この時間帯はお昼時ということもあってか、ログインしているユーザーの数が異様に少なかった。
「……ありゃりゃ。人が少ないな……」
などと呟きながら、街を歩く。この始まりの街には数々の店や住宅が存在しており、ユーザーたちの憩いの場所と化しているのだ。勿論、始まりの街には武器屋も存在しており、安値でいろいろな武器を購入する事も出来るのだ。
最近はほとんど行かなくなったが、ちょっと顔を出す事に決めた俺は、そのまま武器屋へと足を向ける。徒歩5分程度で到着する。店の主は、今まさに店頭で商談の真っ最中だった。
アイテムの取引は大まかに言って二つのパターンが存在する。ひとつはCPU、システムが操作するキャラクターに売却する方法だ。この方法だと詐欺の危険がない。その代わり、買取値が一定金額となるのだ。硬貨のインフレをなくすために、その値付けは実際の市場価値よりも低めに設定されている。
もう一つはプレイヤー同士での取引だ。こちらは商談次第ではかなりの高値で取引する事が出来るが、買取人を見つけるのに結構な苦労をかけるし、そこからの商談取引がこれまた非常にやっかいな時もあるのだ。さらには、気分が変わったなとど言って取引を中断することもしばしあり、トラブルがないとは言い難い。そこで、古い道具などを買い取ってくれる商人プレイヤーの出番である。
商人プレイヤーは、プレイヤーが覚えられるスキルのほとんどを非戦闘系スキル占領されている、商売にしか向かないように設定されるのだ。基本的、商人などは自身で素材などを集めなくてはいけないが、このブレイブワールドではその必要はなく、他の冒険者などがダンジョンで拾ってくる素材を売却する事で入手する事が出来ると言う訳だ。
つまり、商人プレイヤーがいい武器や道具を作るには、俺たち冒険プレイヤーがダンジョンで素材を集め、商人プレイヤーに提供しなくてはならないのだ。
―――――しかし、今俺の目の前で交渉している商人プレイヤーはそんなテンプレをぶち壊したヤツなのだ。足りない素材は自分でダンジョンに潜って取りに行くのだ。それに加え、スキル半分が非戦闘系スキルで、残り半分を戦闘スキルで埋め尽くしているのだ。周りからは変わった商人とよく言われているが、これでも俺と親しい仲なのである。
「へい、『リザードマンの鱗』三十枚で五十チリだ!」
俺と親しい仲の商人、リュウは自身の腕をぶんぶん振り回すと、まだ初心者らしきプレイヤーの肩を乱暴にばんばんと叩いた。そのままウィンドウを表示し、有無を言わせず自分側のウィンドウに金額を入力する。
相手はまだ多少悩んでいる素振りを見せたが、リュウの凄んだ顔を一瞬見せると慌てて自分のアイテムウィンドウから素材をトレード欄に移動させ、OKボタンを押した。
「毎度ありっ! またよろしく頼むよん!」
最後に店から出ていく初心者プレイヤーに勢いよく手を振りながら、リュウは豪快に笑った。リザードマンの鱗は有能な革素材の服の素材となる。どう考えても五十チリじゃ安すぎるだろうと俺は思ったが、慎み深く沈黙を守って、立ち去っていく初心者プレイヤーを見送った。商人プレイヤーに遠慮してはいけない、という教訓だなぁと心の中で思う。
「よぉ。相変わらず容赦ない商売してるな」
リュウに背後から声をかけると、俺と変わらない背丈の商人は「おう」と小さく呟いた。
「カズマか。俺の店は安く仕入れて少し高めに売るのがモットーだからな」
悪びれる様子もなく、はっはっはと高笑いするリュウ。
「まぁ、いいか。俺は武器の強化を頼む」
「へいへい。カズマはお得様だから、あくどい真似はしないぜ、と……」
言いながらリュウは俺の剣【カリバー】を受け取り、武器の強化に専念する。リュウは商人でありながら、武器の強化や制作も行える優れた職人でもある。ここまでレベルを上げたりできたのは、俺の実力とこいつの強化のおかげでもあるのだ。
「……こりゃ、随分とやられたなぁ。まさか、対人戦でも行ったんじゃねぇのか?」
「まったくもってその通りだよ。昼前にちょいとバーストブレイカーの腕鳴らしも兼ねて一戦だけやってきた」
「うひょー。流石カズマは違うねぇ。……それで、相手はどんなヤツなんだ?」
「レベル193のキリヤだよ。なかなか手ごわかったけど、俺の方が素早かったから勝てた」
「キリヤ……だと…?」
リュウはその名前を聞いた途端、強化に専念していた手を止め、こちらを見つめてきた。
「……キリヤって、まさか二刀流使いの?」
「ん。あぁ、確かにあいつも二刀流だったな。それがどうしたんだよ?」
さっきからリュウの様子がおかしかった。……なにか気になる事でもあったのだろうか?
「キリヤって言ったら、あのキリヤだろ! ネットじゃ都市伝説になるほどの強さを誇るゲーマーの! まさか、カズマと知り合いだったとはなぁ……」
「は…? あれって都市伝説じゃなかったのかよ!?」
そこで俺は驚きを隠せなかった。あのキリヤが、ネットで話題のユーザーだったとは思ってなかったからだ。カズマも若干、そうではないかと思ってはいた。しかし、それは単なる都市伝説だろうと思い、信じていなかった。……それでも、都市伝説のキリヤは俺の目の前に現れ、ともに訓練し、ともに剣を交えたのだ。
「……じゃ、俺って……その都市伝説に勝ったってことなのか…?」
なんとも言えない感情がカズマを襲った。ネットで有名のゲーマー、キリヤとの1VS1の戦いに勝利したのだ。この俺が! これを偶然と言わず、なんと言うのだろうか…? 訳が分からなかった。
「いやー、勝ったって言うけど……多分、あっちも確実に手加減してたと思うぜ? なんせ、最強のプレイヤーなんだ。お前みたいなヤツに負けるわけないだろ」
「……そ、そうだよな。はっは、なに俺は調子に乗っているんだろうな」
はっはっは、と苦笑しながら俺は店の外へ目をやった。……まさか、この俺がそんな凄いプレイヤーに勝つことは絶対にあり得ない。あれはたまたまなんだ、たまたま勝てただけだ、と自分の中で言い聞かせていた。
そうこうしているうちに、リュウが【カリバー】の強化の工程をすべて終わらせ、俺に手渡しに来た。
「それ。これでまた強くなったぜ」
「へっ、サンキューな」
強化された【カリバー】を片手に握りしめ、ぶんと振り下ろす。重量は変わらず、そのまま威力だけを強化したようだった。
「うん、いい感じだな。流石はリュウだぜ」
「まぁな。それじゃ、強化代として百チリ貰おうか?」
「……五十チリ」
俺はぼそりと呟いた。これけの強化で百チリは流石にぼったくりだ。せいぜい七十チリが上限だ。しかし俺は、出来るだけ料金を抑えたかった。……まだまだ買いたいアイテムがある、その分にも金を回さなくてはいけなかったからだ。
「九十チリ」
「……六十チリ」
「八十五チリ! これ以上は下げれないぜ?」
リュウがふふん、と胸を張りながらそう告げた。八十五チリは流石に無理だ。俺はアイテムストレージからある物を取り出した。……さっき、キリヤから貰った剣、【クェイサー】だ。それをリュウに見せてやる。
「……なっ、なんだよこれ!?」
リュウは驚いた表情で、キリヤから貰った剣【クェイサー】を凝視していた。俺は今にもリュウが【クェイサー】に飛びかかりそうに見えたので、すぐさまアイテムストレージに戻した。
「……リュウ、これは取引だ。強化代を七十チリにしてくれたら、さっきの剣を触らせてやる。……お前も分かっただろ? あれはキリヤから貰った、ダンジョン上層部でしか手に入らない剣なんだぜ? それを俺が触らせてやると言ってるんだ。どうするんだ……?」
俺は不快な笑みを浮かべながら、リュウに問い詰めた。リュウは唸り声を上げながら、顎に手を当てて悩んでいた。リュウは商人とはいえ、ダンジョン上層部のレアアイテムを触った事はおろか、見たことすらなかっただろう。それを所有者である俺が、強化代を少し値引きするだけで触らせてやると言っているのだ。
「……分かった。強化代は七十チリでいいことにしよう」
観念したリュウは、強化代を七十チリに値引きしてくれた。交渉成立だ。俺はアイテムストレージから【クェイサー】を取り出し、リュウに持たせる。リュウは【クェイサー】を見つめながら、ぶつくさ独り言のように喋っていた。
「カズマくん」
そんな時、ふと後ろから俺の名を呼ぶ女の声がする。俺の名前を呼ぶ女プレイヤーは基本的一人しかいない。俺は振り返らず、目を閉じながら「はぁ…」とため息を吐いた。……名前を呼んだ本人を知っているからこそ、振り返らない。
「……いきなり出てくるんじゃないぜ、アイリ」
俺は名前を呼んだ女プレイヤーの名前を言うと、振り返る。そこには、紅っぽい茶髪を二つに結んだ少女の顔は小さな卵型で、大きな茶色の瞳が眩しいほどの光彩を放っている。小ぶりだがスッと通った鼻筋の下で、淡いピンク色の唇華やかな彩りを添える。すらりとした身体を、白を基調とした騎士風の戦争服に身を包み、腰の鞘に収められているのは白き剣。
彼女の名前はアイリ。ブレイブワールド内では知らない人はいないであろう有名人だ。
理由はいくつかある。一つは、このブレイブワールド内で数少ない女性プレイヤーだと言う事。ブレイブワールド内では性別を偽る事が出来ないことがルールであり、そのせいか彼女は性別を偽ることなく、自分は女性であると主張しているのだ。恐らく、ブレイブワールドにはアイリのような女性プレイヤーは両手の数に満たない数だろう。
そしてもう一つは、彼女が腕のあるプレイヤーであると言う事。女性とはいえ、彼女もまた一人のプレイヤーなのだ。ダンジョンに潜ったりしないわけではない。この前は俺もまだ足を踏み入れた事のないダンジョン78階層へ行った事があると風の噂で聞いた。
つまり彼女は、容姿においても腕においてもブレイブワールドの全ユーザーの頂点に立つ存在なわけで、それで有名にならない方がおかしい。当然ユーザーの中には彼女のファンもいるらしい。
「珍しいな。こんなとこに顔を出すなんてさ」
「まぁね。リュウくんにちょっと見てもらいたいものがあったから寄っただけよ」
と、無愛想に応えた。……今日のアイリはなんだか釣れない様子だった。いつもならば、「カズマくんお久しぶり~。元気してた?」なぁんてフレンドリーに話しかけてくる癖に、今日だけは異様に真剣だった。
「そりゃそうよ。だって私、バーストブレイカーに参加する事になったんだから」
「ふ~ん…。アイリがバーストブレイカーにねぇ………って!」
俺は思わず驚きを隠せなかった。……まさかアイリまでバーストブレイカーに参加しているとは思っていなかったからだ。メールを見るのを途中でやめた俺の確認不足ではあるが、まさかアイリまでもが敵になるとは思ってなかった。
「……勿論、優勝目指してるんだよな?」
アイリは俺の問いに「当然!」と自身満々に胸を張りながら答えた。……でもアイリの胸は皆無も当然で、張っても特に意味はなかった。しかも俺も参加しているので、自慢にもなってなかった。こう言う所はいつも通りで吹きそうになった。
「……なににやけてるのよ?」
アイリは俺の顔をじーっと見つめながら……いや、睨みながらそう言ってきた。俺は「いや、なにも……」と手で口を抑えながら、アイリから顔を背けた。さっきから笑いが止まらなくてしょうがなかった。
俺が笑いを堪えている間にも、アイリは俺の事を無視し、リュウと商談の話をしていた。……どうやら、またダンジョン上層部でひと暴れして来たようだ。ドロップアイテムをリュウに売却しているようだった。すでに俺の存在は空気と同じように、まるでいないものとして扱われているようだった。
「なぁなぁ、今日はどんなアイテムが手に入ったんだよアイリ」
俺はアイテムストレージを見ているアイリの真横に立って、アイリのアイテムストレージを覗き見る。そこにはミノタウロスの角などの上級アイテムや、ハイポーションに万能薬、復活草などの回復アイテムなどでいっぱいだった。
「おまっ…。よくもここまで上級アイテムをドロップさせる事が出来たな……」
俺はアイリのアイテムストレージを見るなり、敬意を表したかった。俺でもここまで上級アイテムを集める事はしないのに、アイリは俺のやらないことまでやっていたのだ。流石は腕のあるプレイヤーだ、俺みたいな一般人とはまるでやることが違う。
アイリはさっ、とアイテムストレージを閉じた。俺があまりにもじろじろ見つめていから不快に思ったのだろう。頬を膨らませ、腰に手を当てながらこちらを睨んでいた。慌てて俺は両手を前に出し、謝罪する。
「だーっ! 勝手にアイテムストレージの中、見ちまってすまなかった! あまりにもアイリが頑張っているから、つい好奇心と言うか……」
自分でもなにを言っているのかわからなかったけれど、謝罪をしながら言い訳する。アイリは俺の苦し紛れの言い訳を訊きながら、ははは、と口を大きく開いて笑った。それに釣られて俺も笑ってしまった。
「ははは…。なによ、その言い訳……。面白すぎて……おっ、お腹…が……はははははは!」
アイリは腹を抱えながら、大声で笑った。もうアイリの目は涙目だ。俺も釣られて笑ってしまい、店内に俺たち二人の笑い声が響き合うのだった。
「……それで、アイリはどれを売りに来たんだよ? どれもお前に似合いそうなアイテムばっかりなのに」
と、俺はアイリのアイテムストレージの中の物を思い出しながら告げた。確かに、アイリのアイテムストレージにはとても売る様なアイテムはどこにも存在しなかった。むしろ、まだこれから使ってみようと思いそうなアイテムばかりだった。そんな物をアイリは売ろうとしているのだろうか?
「そうだね。例えばこれとか?」
アイリはアイテムストレージ内を俺に見せ、『タートルガーター』を指差しながら言ってきた。確かに、バランス重視のアイリとって、『タートルガーター』は荷が重い。なんせ、最大重量の盾だ。バランス重視の装備品ではない。こんな物を使うのは斧やハンマーを使うプレイヤーくらいだろう。
「確かに、アイリにこれは似合わないな。重量も重いし、何よりこれをアイリが使っている光景なんて想像出来ない」
アイリが最大重量の盾を装備して剣を振るう光景なんて俺には想像出来なかった。……いや、誰も想像する事は出来ないだろう。それにアイリは女の子なんだ。こんな重い盾を使えるハズがない。
「だからこれを売却しようって思ってたの。それでリュウくん。いくらで買ってくれる?」
アイリはリュウに飛びつくように前へ出ると、微笑みながらその蒼眼をキラキラと輝かせていた。リュウは「う~ん…」と唸りながら考えていた。リュウのことだ、女の子のアイリには逆に高価で買い取るに違いないと呆れながらそう思った。
「そうだな。……五百チリでどうだ?」
「んー……。千チリにならない?」
「そう…だな……。千チリでもいいけど……」
「じゃ、千チリで決まりね!」
そうらやっぱり。鼻の下伸ばしながら甘やかしやがった。俺はぼそりと呟いた。
「……鼻の下伸びてっぞ」
「まっ、マジか!」
リュウは慌てながら、鼻の下を隠した。俺にしか聞こえないように呟いたのに、どうしてリュウに聞こえたのだろうか? リュウの耳は地獄耳か、と心の中で呟きながら俺は店を出た。もうここには用がないので、店を出てこれからなにをするか悩んでいた。
「カズマくぅ~ん」
と、その後ろを追いかけてくるヤツが一人。アイリだ。俺は「はぁ…」とため息を吐きながら、歩みを止めて後ろを振り返る。アイリは「ぜぇぜぇ…」と、息を切らしながら膝に手をついていた。俺は腰に手を当てながらやれやれ…と、心の中で思うのだった。
「なんだよ、アイリ。まだ俺になにか用があるのか?」
「う…うん……。カズマくん…バーストブレイカーに……出るんだよね…?」
息を切らしながら尋ねてくる。それはさっきも言っただろ…と、心の中で呆れながら思う。
「そうだよ。アイリも出るんだろ?」
「そうだよ。そっか、カズマくんも出るんだね」
えへへ…と小さな笑みを零してくるアイリ。
「じゃ、お互い敵同士だね」
「あぁ。バーストブレイカーでは容赦しねぇからな。覚悟しとけよ!」
俺はアイリに向けて握り拳を突きだす。それを見て、アイリも自身満々の顔をする。
「勿論。私だって、カズマくんだからって手は抜かないよ。むしろ、コテンパンにやっつけてあげるよ!」
アイリは俺が突きだした拳に、自身の拳をぶつけてきた。俺たちはここで誓う。バーストブレイカーでは俺たちは敵同士、どんなことがあろうとも、お互い全力を尽くして戦うと。これは仲間としての誓いでもあり、ライバルとしての誓いでもあった。
俺はアイリにだけは負けないと思う。そのためにも、アイリ以外のプレイヤーに倒される事だけは許されなかった。アイリ以外のプレイヤーに負ければ、ここでの誓いを……アイリとの約束を破る事になるからだ。そのためにも、俺はバーストブレイカー、全力を尽くして戦う。
「それじゃ、また明日。……手加減は無用だからね」
アイリはそう言い残すと、どこかへ去って行った。俺はそれを手を振りながら見送った。やがてアイリの姿が見えなくなると、俺も歩みを始めた。最初は俺もバーストブレイカー優勝を目標にしていたが、この時の俺はアイリを全力で倒す事だけを目標に、明日のバーストブレイカーに備えるのだった。