part13 スキル
「……あ、れ?」
意識を取り戻すと、視界に映るのは真っ青な空だった。頭を貫くような鋭い頭痛に顔をしかめつつ、俺は上体を起こした。
見渡すと、そこは先ほどまであの大きな怪物である『ギガミノタウロス』と対峙していた草原エリアだった。しかしどれくらい意識を失っていたのかは分からない。
「カズマくん!?」
俺が覚醒したことにアイリがいち早く気付くと、こちらへ猛ダッシュで向かって来て、俺の首にしがみついてきた。突然の出来事だったので、頭痛も忘れて眼を白黒させた。
「……アイリ?」
「もうっ……! 心配したんだから……ッ!」
いつしかアイリの頬から一粒の涙が溢れていた。そこで俺は気付く。俺が無茶したばかりに、周りにかなりの迷惑をかけた事を。俺は申し訳なくなり、
「……ごめん」
と、小さく呟いた。直後、アイリは俺に小さな瓶を口の中へ突っ込んだ。その紅茶にぶどうジュースを混ぜたような味の液体は回復用アイテム《ハイ・ポーション》だ。すぐに俺のHPは全快するだろう。しかし、この全身の疲労感だけは当分消えないだろう。
アイリは俺が瓶の中身を飲み干した事を確認すると、くしゃりと顔を歪ませ、その表情を隠す様に俺の胸元に顔を埋めた。
足音に俺は顔を上げると、剣を構えたキリヤがこちらへ向かってきた。
「……なんとかあの怪物は倒せたが、あの獣使い(ビーストマインダー)の行方は未だ不明のままだ」
「……そっか」
吐きだすようなキリヤの言葉。俺はがっかりしながら返答を返す。
あの女性、獣使い(ビーストマインダー)は、自身のしもべである『ギガミノタウロス』を召喚した後、忽然と姿を消していたらしい。どうやら、俺たちが『ギガミノタウロス』と戦闘している間にどこかへ逃げたとキリヤは推測している。あの時、もっと早くあの怪物を倒せていたら……あの獣使い(ビーストマインダー)も倒せたのかもしれないと思うと、俺は心の奥底がぎゅう、と締め付けられるのだった。
キリヤはその場の雰囲気を変えるように俺に訊いてきた。
「……にしても、カズマ。さっきのは一体なんだよ!」
「あ、あー…………」
そう言えば、あのスキルはまだ誰にもお披露目したことのない奥の手であることを思い出した。キリヤとの最終戦で発動して驚かせようと思っていたが……使ってしまっては仕方ない。
「……お前、この場に及んで誤魔化そうなんて思ってないよな?」
キリヤはいつの間にか薄目でこちらを見つめていた。
「……なんで薄目してんの?」
「睨んでんだよ……」
とうとう観念し、俺はため息を吐いた。
「……二刀流専用スキルだよ。それもどうやらオリジナルスキルみたいだ……」
通常、様々な武器スキルは系統だった修行や武器熟練度によって段階的に習得する事が出来る。例えば剣なら、基本の片手剣スキルがある程度成長すると、新たな選択可能スキルとして《両手剣》や《二刀流》、《細剣》などがリストに出現する。
そしてオリジナルスキルとは、その名の通り、生み出した者しか使用する事が出来ない完全個人専用スキルである。オリジナルスキルは、どれだけ他の人が武器熟練度を成長させたとしても、決して使用する事の出来ないスキルだ。どうしても他の人が使用する場合は、スキルを使用している者から使用したい者へ引き継ぎをしなくてはいけない。
「二刀流オリジナルスキルとは…………なんでこんなにも俺のパクリが増えていくんだか……」
「し、知らないよ!」
「しっかし、カズマがオリジナルスキルを習得とはねぇ……」
キリヤがまじまじと、俺の身体のあちこちを見つめてくる。
このブレイブワールド内で、オリジナルスキルを使用出来る者は今のところ、俺含めて十人にも満たないほどだと言われている。まさに貴重なオリジナルスキル使いなのだ。目の前のキリヤだって、その貴重なオリジナルスキル使いである。
「……ったく水臭ぇヤツだぜ。そんなスキルあるんだったら、もっと早く使っていれば良かったのになぁ」
「【クェイサー】装備したら、いつの間にかスキル欄に表示されていたんだよ。それも知らないうちに。こんなスキル、全く心当たりがないんだ」
ぼやくキリヤに、俺は肩をすくめて見せた。
その言葉に偽りなどない。バーストブレイカー開始前にキリヤから【クェイサー】を貰って装備した時に、たまたまスキル欄を表示させたらいつの間にかあったのだ。きっかけなど見当もつかない。
俺はぼりぼりと頬を掻きながら、ぼそぼそと言葉を続けた。
「……こんなレアスキル、キリヤだって持っているんだから別に妬む必要ないくせに」
「ま、まぁ……俺の場合は、その……じ、実力だからさ……。二刀流使い始めたばっかのカズマに二刀流の、それもオリジナルスキルが発動したら、そりゃ妬みたくなるぜ」
キリヤは俺の方へ歩いてくる。
「……ま、苦労も修行のうちだと思って頑張りたまえ、若者よ」
「あのなぁ……」
キリヤは腰をかがめて俺の肩をぽん、と叩くと、振り向いて剣を腰の鞘に仕舞いながら、伸びをした。
「……あの時、……カズマくんを失うって思って……それが……怖くて……」
そこで初めて、俺の胸元に顔を埋めていたアイリが声を出した。その声は掠れており、俺が生きている事に安堵したかのようなか細い声だった。俺はアイリをぎゅっ、と抱きしめる。
「大丈夫だ……。なにがあっても俺はまだ負けたりしない。アイリがくれたキリヤとの最終決戦のためにも……俺は必ず、アイリがこのフィールドにいるまでは絶対に、このHPをゼロにはしない、約束する」
「カズマくん……」
俺はいつしかアイリを強く抱きしめていた。まるで我が子を強く抱きしめる母親の様に。すると、アイリが言葉を続けた。
「……そんなに抱きしめたら、私のHPがなくなっちゃうよ?」
「抱きしめただけでHPがなくなるとか、どれだけか弱いんだよ。お前は」
と、戯言を言うアイリを離す。アイリはいつもの表情に戻っていた。が、まだ目元は赤かった。
「そろそろ出発するぞ。あの獣使い(ビーストマインダー)をとっ捕まえなくちゃな」
と、キリヤは俺たちに声をかけてくる。俺とアイリはともにキリヤの元へ向かい、あの獣使い(ビーストマインダー)を探るべく、歩み出した。