part10 狙撃手
カズマとアイリは、自身の剣を手に握りしめ、弾丸の飛んできた方向へダッシュで向かっていた。
「……ねぇ、カズマくん。どうして、キリヤさんじゃなくて、私と二人で前に出ようと考えたの?」
アイリは走りながら、カズマに尋ねて来た。確かに、アイリよりもキリヤのほうが剣の使い方は上手いし、戦力になる。が、カズマはある理由でキリヤではなく、アイリと前に出る事を考えていたのだ。
「……アイリもわからなかったのか。キリヤが持っていたショットガン」
カズマはアイリのほうを向かずにそう口だけを動かした。そこでアイリははっ、と思いだす。
「そっか…! キリヤさんのショットガンって、アドバンスドライフル!」
アイリは驚いたように声を上げた。カズマもアイリの驚いた声を訊いて、ニヤリと笑った。
キリヤの使っていたショットガン、【アドバンスドライフル】。全長137センチ、重量12.5キロという図体を持ち、五十口径、つまり直径12・7ミリもの大きな弾丸を使用する。
カズマの訊いた話では、アドバンスドライフルはかなりの上級ドロップアイテムであり、使用するプレイヤーを選ぶと言われるほどの上級武器なのだ。例え、基本武器を狙撃銃系として使っていたとしても、使えるかどうかはわからないと言われているほど扱いが非常に難しいのだ。しかし、あのキリヤはその狙撃銃をいとも簡単に使用していたのだ。
その腕を見込んで、カズマはキリヤに援護をさせるように指示したのだ。それに、この三人で唯一狙撃銃を使えるのはキリヤだけ。キリヤしか援護をする者がいないのだ。だからカズマは、キリヤに狙撃を頼み込んだと言うわけだ。
「……カズマくんがそこまで考えていただなんて、私信じられないよ……」
「だろうな。俺だって、ここまで俺自身の頭が回るなんて思ってもみなかったさ。……けれど、キリヤならなんとかやってくれると思う。アドバンスドライフルを使うヤツに勝てる狙撃手なんていないだろうし」
カズマはキリヤの狙撃銃だけで、キリヤの腕を理解していたのだ。アイリはカズマがそこまで計算したいたことにしばし驚きを隠せなかったのだった。
「……ったく、なんで俺が狙撃しなくちゃいけないんだよ……」
カズマの指示で狙撃を頼まれたキリヤは、近くのビルの階段を昇っていた。敵が弾丸を放ってきた方向をキリヤは思い出しながら、どの高さから放ったのか、どの方角からの弾丸かを確かめながら、狙撃する方角と高さを計算しながらビルを昇っていた。
「……俺も前に出たかったなぁ…」
と、キリヤは一人空しく呟く。キリヤは遠距離と近距離を自在に使えるオールマイティープレイヤーだ。その時の相手の出方で戦術を変えたり出来る、まさに臨機応変に対応できるプレイヤーなのだ。しかしキリヤにも、戦い方の好き嫌いがあるのだ。遠くから狙撃する銃撃戦よりも、近距離から剣を振るって戦う白兵戦を好むキリヤにとって、狙撃はとてつもない退屈な時間となるのだ。
実際、キリヤは遠距離戦をあまり好んで使用する事はない。しかし、いつの間にか遠距離用の武器も自在に使えるようになっていて、今では上級と言われたこの【アドバンスドライフル】を自在に使いこなせるまで腕が上がっていたのだ。
「……はぁ」
ため息を吐きながら、計算して狙撃するのにふさわしいポイントに到着すると、さっき仕舞ったアドバンスドライフルをアイテムストレージから取り出し、実体化させて地面に降ろす。
この狙撃銃を手に入れたのはおよそ三ヵ月前の話だ。力試しに、ダンジョンの奥深くの階層に潜っていた時に、偶然トラップに引っ掛かり、ダンジョンの裏面とも言われている地下ダンジョンに降ろされてしまったのだ。地下のダンジョンは、地上のダンジョンよりも一層強い自動AI機能付き戦闘機や遺伝子を改造されたモンスターが無数に蠢き、最強を目指すプレイヤーを待ち構えているのだ。キリヤが落ちたのは、そんな最高レベルの危険度を持つ最難関ダンジョンの奥底だった。
当然、ソロでどうにかなるとは思えなかった。きっと最初のエンカウントでぼろぼろにやられ、その次のエンカウントで確実にやられるだろうと覚悟していたキリヤの前に、そこのボスである異形のモンスターが現れたのだ。
そいつとエンカウントした途端、キリヤの心の奥底に眠っていたゲーマー魂が刺激された。……自分がやられる前に、こいつを倒せばいいじゃないか、そう思ったキリヤは黒い剣を構え、そのボスモンスターと対峙していた。
戦闘は意外な局面を迎えた。流石最難関ダンジョンのボスだと言わんばかりの猛攻で、キリヤは苦戦を強いられた。状態異常や全距離攻撃など、まるでチートのような攻撃でキリヤのHPを削り取られていた。しかし、キリヤも負けじと持ち前の反射神経と二刀流による高速連撃で、相手のHPを削っていくのだった。相手の弱点を狙いつつ、二刀流スキルをありったけ使用したのは言うまでもない。
キリヤは持ち前の反射神経と他ゲームで鍛えられた技術で、敵を翻弄し、トドメは自身が考案し、創り上げたオリジナル二刀流スキル【エクストリーム・ソード・ブースト】による連続24回攻撃で敵を倒したのだ。
そのボスモンスターがドロップしたのは、見たこともない大きな狙撃銃だった。ブレイブワールドでは、武器を作る事は出来ても、素材がないと強い武器は作れないし、街で売っている強力な武器はどれも高値で取引されている。なので、手軽で簡単に強い武器を手に入れるにはダンジョンで強いモンスターやボスを倒して、報酬として貰えるドロップアイテムだけだった。キリヤが手に入れた【アドバンスドライフル】はブレイブワールド内で狙撃銃最強ランキング5位以内に入るほどの強さを秘めていたのだ。
しかし、強いからと言って誰しもが使用出来るわけではなかった。【アドバンスドライフル】は特に、上級者向けで使う人を選ぶ武器と言われており、誰も使用する者はいなかった。そこに目をつけたキリヤは、このアドバンスドライフルを使いこなそうと思ったのだ。そしてキリヤは、ダンジョンから帰還し、ダンジョンへと潜り込んだのだ。早速アドバンスドライフルを使用する事にし、試し撃ちを初歩的なダンジョン第一階層で行った。
その試し撃ちで、キリヤは驚きを隠せなかった。なんと、今まで狙撃銃を使用した事がなかったキリヤが、アドバンスドライフルを自在に使用する事が出来たのだ。狙った敵に必ず命中させる、まさに百発百中だった。それからキリヤは、遠距離近距離自在に戦えるようになったのだ。
「………行くぞ、アドバンスドライフル」
キリヤは、自身の狙撃銃に話しかけるようにスコープを覗きこんだ。敵との距離はおよそ一キロメートルくらいだろうと推測する。一キロと言っても、キリヤにとっては射程内だ。すぐさま銃弾を装填し、狙いを定める。
その途端、キリヤの視野に、ブルーに光る半透明の円が映った。ゆらゆらとその直径を自在に伸縮させるそれは、キリヤの狙う場所を中心に、建物の窓の縁まで広がっている。キリヤの視野にだけ映しだされる攻撃アシストシステム『着弾予想円』だ。発射される弾丸は、この円の中のどこかに確実に着弾するのだ。現在の大きさは、敵のいる位置から敵が狙撃してくるであろう窓全体まで映し出されている。これでは命中率20パーセント。さらに、いくらアドバンスドライフルの威力を以てしても、窓などの関係のない場所に命中する可能性だってあるのだ。
この着弾予想円の大きさは、その人のステータスで決まるのだが、一番左右されやすいのはプレイヤー自身の心拍数だった。心臓がどくん、と大きく動けばサークルは大きくなる。そして徐々に小さくなり、次の鼓動でまた大きくなる。つまり、命中率を上げるのなら、鼓動と鼓動の間で行わなくてはならない。
それが狙撃手で唯一悩まされる問題だ。そのせいで狙撃手を辞めて、剣士になるプレイヤーだって多々存在する。しかし、キリヤはそれでも狙撃手を辞める気はさらさらなかった。
それは何故か―――――
「……だって、こんなにも難しい局面の中で敵に確実に着弾させた時の達成感に満たされるのがいいんじゃないか」
キリヤはスコープを覗きながら、そう自分にしか聞こえないように呟いた。狙撃手は難しい。けれど、その難しさを超えて狙った場所やモノに着弾させたら、これ以上の達成感を味わう事はないだろう。その達成感に満たされるのが好きで、キリヤは狙撃手を辞める気がなかった。
―――――そう。俺なら、確実に狙える。
深呼吸すると、一気にサークルの速度がスローダウンした。同時に時間感覚も引き延ばされ、サークルが最小になるタイミングが見えるようになる。
1…、2…、3回目に収縮したサークルが、距離一キロの敵の姿を捕えた。その瞬間をキリヤは逃さない。すかさず、アドバンスドライフルのトリガーを引いた。
―――ばん! と大きな音と同時に銀色の鉛弾が一キロ先にいる敵へ一直線に向かって行く。しかし、その弾丸に相手が気付き、綺麗にかわされたのだ。
「な――――!」
キリヤは目を丸くした。……スコープなしで弾丸をかわすプレイヤーなんて見た事なかったからだ。数知れずのプレイヤーと戦ってきたキリヤだが、この一キロの距離から向かってくる弾丸を予測し、かわすことが出来るとは思ってなかったからである。
こちらが攻撃してきた事により、相手はこちらへ銃を向けてくる。キリヤは窓際から離れ、建物の壁を盾代わりにして弾丸が命中するのを防ぐ。すぐさま、ぱん! と音が鳴り、わずか5秒でキリヤのいるビルに弾丸が辿り着いた。飛んできた弾丸は、建物の内装に穴を開けるほどであった。
キリヤは「ひゅう…」と口笛を鳴らしながら、窓際へ移る。……今度こそは確実に仕留めるという決心のまま。そして、敵の方向を向いたその時だった。
「え……?」
こちらへなにかが飛んで来ているのが分かった。……それはとても小さいモノ。銀色の鉛で出来た……そう、弾丸だ。その弾丸がこちらへ向かって来て、今にもキリヤに命中しそうだったのだ。
キリヤは息を呑んだ。……このままでは、確実にキリヤにその弾丸が当たると確信出来たからだ。だからといって、身体を捻ってかわそうとしても皮膚を確実に掠るだろう。ダメージを受ける分に変わりはなかった。それでもキリヤは、この弾丸が着弾する少しの時間で、どうにかこの弾丸をノーダメージで回避することを考えていた。着弾するまでおよそ3秒。それしか猶予はなかった。
「………ッ!」
キリヤはアドバンスドライフルの隣に置いていた黒い剣【ブレイヴ】を咄嗟に掴んで握りしめた。もうこれしかないと思い、飛んでくる弾丸を見極める。
二秒。弾丸を肉眼で捕える。その速度はおよそ秒速二百メートルくらいだろうか。常人ならば、弾丸を追う事はおろか、肉眼で見ることすら出来ないハズだ。しかしキリヤは狙撃手だからだろうか、理由は判らないがその弾丸を見極める事が出来るのだ。
一秒。弾丸がもうすでに剣の射程範囲内に迫ってくる。キリヤはそのまま剣を振り上げた。その瞳は弾丸だけを見つめ、他の街の景色は見えない状態になっていた。音もなにも聞こえない。聴覚を完全に自分の世界へと引きずり込んでいた。
ゼロ。弾丸がキリヤに着弾する前に、剣を振り下ろす。ぶん―――! と威勢の良い空気を切り裂く音と同時に、目の前にあった弾丸が姿を消していた。……いや、弾丸が姿を消したのではない。キリヤが弾丸の姿を消し去ったのだ。その自身の黒い剣で。
「………」
キリヤはただ無言のまま、アドバンスドライフルのスコープを覗いて敵の位置を調べた。……キリヤも薄々これを使う事を理解していたが、正直これを使いたくはなかったのだ。恐らくはキリヤしか出来ないハズの技術、『弾丸大斬り(バレットスラッシュ)』。その名の通り、剣で向かってくる弾丸を斬る技術だ。
キリヤが他の狙撃手との戦いの際に、身に付けた技術だ。向かってくる弾丸をかわすことも出来ず、確実にダメージを受けると言う場面の際、咄嗟に思いつき実行してみたのだ。すると、あまりにも上手く行ったのでそのまま使う事にした。
キリヤは自分がダメージを受けるのが嫌いだった。だからこそ、この技術を考案出来たのかもしれない。キリヤはこの技術を重宝し、あまり人前では使わないようにしていた。
「……使ってしまったもんは仕方ないか」
『弾丸大斬り』を人前で使った自分に後悔しつつ、アドバンスドライフルで敵の姿を見つけては弾丸を放った。それと同時に相手の弾丸もこちらへ飛んでくる。……方向も同じ、まるで弾丸と弾丸が重なりそうだった。
二つの弾丸は、互いの弾丸と衝突―――――――ギリギリですれ違う。あと少しずれていたら、確実にどの弾丸も衝突していただろう。どちらの弾丸も、そのまま速度を緩めずに一直線に飛んでいく。
がっしゃぁん! と大きな音を立てながら、互いの弾丸は着弾した。相手の放った弾丸は、キリヤの狙撃銃である【アドバンスドライフル】――――のスコープに着弾し、スコープを粉々に破壊する。それと同時に相手の狙撃銃のスコープも、キリヤの放った弾丸により、粉々に砕け散った。
これで相手は狙撃が出来ないとキリヤは思った。だが、まだまだ敵は生きている。スコープを失った以上、キリヤは遠距離からの狙撃が出来なくなったので、あとはカズマたちに任せるしかない。
「……あとは任せたぜ、カズマ」
キリヤはそう自分にしか聞こえないように呟くと、スコープを失った【アドバンスドライフル】をアイテムストレージに収納するのだった。