part9 作戦開始
アイリを仲間にした俺たち一行は、バーストブレイカーの街エリアへ到着していた。高層ビルが立ち並ぶ、街と言うより廃墟と言った方が正解に近いエリアだ。無論、プレイヤー以外の人の気配はなく、この街にあるのは建物以外なかった。
「……街エリアか。ここなら、遮へい物も沢山あるから、どこから攻撃が来るか読めたモノじゃないな。二人とも、気をつけて行動しろよ」
経験豊富なキリヤが、俺たちにアドバイスする。確かに、こんな高層ビルなどの遮へい物しかないエリアでは、どこから攻撃が来るか予測できないものだ。ここは念に念を入れて警戒しながら進むしかないと思い、カズマは剣を右手にキリヤの後ろを歩いていく。アイリもカズマのようにその銀色に輝く細剣を右手に握りしめ、カズマの後ろをついて来る。キリヤに至っては、さっきまで背中に背負っていた銃をアイテムストレージに仕舞い、代わりに自身の黒い剣をその左手に構えていた。
「……なんでキリヤは剣を右手じゃなくて、左手に握っているんだ?」
思わず疑問に思った事をキリヤに尋ねてしまうカズマ。確かに、普通のプレイヤーならば基本的に片手剣を使う手は右手なのだ。個人差はあるとはいえ、何故かカズマは不思議に思ったので、つい訊いてしまったのだ。
「あぁ。俺、実は左利きなんだよ。だからかな、いつも剣は左手に握ってしまうんだよ……。まぁ、右手で握っても大差ないけど」
ははは…と、キリヤは空いている右手で頭を掻きながら応えた。確かに、慣れ親しんだ利き手で剣を握るのはカズマも理解出来た。利き手と逆の手でお箸を使うのはどっちが上手いかと訊かれたら、無論利き手になるだろう。それと同じようなものだ。普段使っている利き手のほうが、モノを使うのには慣れているだろう。だからキリヤは、剣を利き手である左手で握っているのだ。カズマはうんうん、と相槌を打ちながら納得した。
「なぁ、キリヤ……」
――――ぱしゅん。
カズマがキリヤに話しかけたと同時に、なにかがこちらへ飛んできたのだ。カズマたち一行はすぐさま物陰に隠れる。
「……敵襲!?」
「分からない。けれど、敵は確実になにかをこちらへ投げて来た。……どこかで俺たちの行動を見ているハズだ」
物影に隠れながら、キリヤとカズマは話しあう。キリヤは銃をアイテムストレージから取り出し、地面に水平になるように構え、スコープから遠くにいる敵の居場所を探ってみる。
「………くそ、見えないな」
キリヤはスコープから目を話す。スコープ越しでも相手の姿が見えないようだ。
「……あっちも物影に隠れていやがる。きっと、俺と同じタイプの戦闘スタイルの遠距離型か……。どちらにせよ、ここから動くのも無謀だな」
キリヤはショットガンを肩に担ぐと、弾丸を装填する。相手側を狙撃するようだ。ジャコッ、と威勢の良い音を鳴らし、地面に寝そべってからスコープで相手側を見つめる。
「………ふぅ」
深く息を吐き、引き金に指をかけるキリヤ。その光景を見ているカズマでさえ、緊張してしまうほどだった。
――――ばん。
威勢の良い音とともに、銃口から銀色の鉛弾が飛び出し、向こう側へ一直線に向かって行く。しかしその弾丸は、空中で軌道を変えた。まるで、なにかに弾かれたかのように……。
「……ッ! まさか……!」
キリヤはその光景を見て、はっ、と驚いた。カズマも開いた口が塞がらなかった。空中で弾丸の軌道を変える事なんて、普通できない。なのに、目の前の敵はそれを可能にしたのだ。
「……弾丸で弾丸を弾き返すなんて……。普通じゃ、あり得ない……よな」
「……まさか、俺以外にもこのチカラが使えるとはな……」
キリヤは歯を食いしばる。……弾丸を跳ね返す技術を持つプレイヤーはキリヤだけで、これはキリヤだけの特別なチカラだと思い込んでいたのに、その概念をぶっ壊す様に相手はそのチカラを使ったのだ。それがどうしても悔しかった。
「……アイリ、俺とお前で前に進もう」
カズマは唐突にそう告げたのだ。
「危険だ! お前たちが前に出るなんて、まるで撃ってくれと言う様なモンだ!」
しかし、そこをキリヤが仲裁する。確かに、反応速度の速いカズマたちなら、なんとか弾丸をかわすことは出来るかもしれない。けれど、さっきの技術で分かる様に相手は相当のスナイパーだ。例え、弾丸一発をかわせたとしても、次の弾丸をかわすことは不可能だ。キリヤはそう思い、カズマの考えを行動に移させるのを止めようとする。
「……いいよ。別に俺が撃たれようとも構わない。それでキリヤが残れるのならな」
しかし、カズマはその作戦を中断しようとはしない。自身の紅き剣を鞘から抜き出し、右手に構えた。
「……キリヤ。お前はそのビルの上、どこでもいいから撃ちやすい所で、あいつを狙撃してくれ」
「待てカズマ! お前たちが前に出なくても、俺がこの銃で撃つから!」
作戦を実行するカズマをなんとか止めようとするキリヤ。しかし、カズマはその作戦を中止しない。
「……キリヤさん」
と、不意にアイリがキリヤに声をかけた。
「……確かに、私たちじゃあいつに勝てないかもしれませんし、あいつの弾丸をかわせずにダメージを受けるかもしれません…。けれど、これが今の最善手だとカズマくんは思っているんです。だから今は、カズマくんを………私たちを信じてください」
アイリはその蒼眼でキリヤを真っ直ぐに見つめながら、そう訴えかけた。キリヤはアイリのその蒼眼を見透かし、アイリの覚悟を目だけで理解した。「はぁ…」とため息を吐くキリヤ。
「……分かった。今はお前たちを信じるぜ」
観念したかのようにキリヤは、肩をすくめた。カズマは親指をぐ、と立て、「じゃ、作戦開始」とだけ呟いて、アイリと共に街を走りだした。