プロローグ
――――どうしてこうなったのだろうか?
俺は額の汗を拭きながら、そう思った。
この仮想世界の中、汗を拭く行為なんか意味はないけれど、それでも俺はまだ生きている実感を得たかった。
俺は片手に構えた銃を握りしめ、外の様子を伺う。……まだ追って来ていないようだ。
それに安堵し、「ふぅ…」とため息を吐いた。
……生きている実感か。この動いている心臓に手を当ててみる。
――――どくん、どくん、と音を鳴らしながら動いている。けれど、それは俺の本物の心臓ではない。
この身体だって、本当の俺の姿に似ているが……俺の身体ではない。
それにこの、俺が今いる世界すら、本当の世界ではなかった。
AIによって作られた仮想世界、つまりここはゲームの世界の中なのだ。
この世界では、食料を必要ともしないし、酸素も必要としない。大切なのは、この俺の左上に表示されている緑色のゲージだけだ。
今現在、そのゲージは八割残っている。けれど、それは安全とは言い難い。何故なら、俺は今二割程度死の危機に直面しているからだ。
そんな状況のなかを、俺は逃げながら戦っているのだ。……なにからって? 勿論、敵だ。ゲームの世界の敵と言われれば、あのドラゴンみたいな変な生物『モンスター』のほうを思い浮かべるだろう。
しかし、俺が今戦っているのは人間。それも、俺と同じ現実世界の人間が操作しているキャラクターなのだ。
たかが、ゲームの世界なのに、どうしてここまで緊張して戦わなければいけないのか。俺には到底理解できなかった。……過去の俺にはな。
しかし、今の俺には理解できる。この戦いはもはや、ゲームの域を超えているからだ。この戦いはすでに殺し合いと化しているからなのだ。
「……はぁ」
深くため息を吐く。追っ手が来るのはそう遠くない。俺は残り10発近くの弾丸を使い、この戦いに勝たなくてはならないのだ。
「……まさか、ここまで追い込まれるとはな」
握りしめた銃を見つめながら、そう呟いた。
この戦いもそろそろ大詰め。俺は最後のチカラを振り絞って、この戦いに勝利する事だけを考える。
……すべてはあの日。俺がこのゲームに参加して間もない頃が始まりだった。