私が片思い中の幼馴染は鈍感難聴系主人公の呪いをかけられました
どうしてこうなったんだろう……自宅にいたはずが……気がついたら異世界だったのが二週間前のこと。
もうどうしていいかわからないので日記でもつけようと思います。色々ありすぎて書かないとまとめきれません。これから起こることをこうして書いていきます。
「どうして森のなかでモンスター退治なんてしてるんだろうなあ……夢だったらいいのになあ……」
現実逃避に精を出す私の名前はあやこ。ごく普通の片思い中の高校二年生でした……ええ、でしたよ。つい最近まで。
「おおーいなにやってんだアヤ。離れるなよ?」
私を心配してくれる彼こそ、小学生のころから片思い中の幼馴染のカズマ。だれにでも優しくて、成績も良くて運動もできるイケメン。ついでにこの世界に来て超強くなりました。呪いと引き換えに。
「ほら、敵が来るぞ。俺の後ろに隠れてろ」
目の前から歩いて来る青くて毛むくじゃらの動物達から私を守るために剣を構えるカズマ。
「カズマ。気にせず戦って」
「アヤを一人には出来ないよ。俺が守るって言っただろ?」
真顔で言われると照れる。こういうことをサラっと言うもんだからライバルが増えるのさ。でも異世界に来たことでとりあえず私以外の女の子は進展もしなければアタックもできません。そこだけは異世界に感謝しています。
「仕方ないなあ。ちょっとそこに立っててね」
ステップそのいち。カズマから五メートルくらい距離を取ります。私達の背景に敵がいるように見える状況だとさらによし。
「おい、危ないって」
「カズマ、こんな時に何だけどよく聞いて」
ステップそのに。声の大きさとキーワードを選びます。敵はそんなに強くないので軽い告白にしましょう。
「カズマ、私……ずっと前からカズマのことが好きだよ!」
「どおおおおすこおおおおい!!」
「ファイオー!! ファイオー!!」
突如木陰から飛び出してきたランニング中のおすもうさん集団により踏み潰されるモンスターさんたち。これがジャパニーズスモウレスラーのパワーです。まだまだ外国人力士には負けていません。
「え、なんだって? 力士の声で聞き取れなかったよ」
力士が通ったことについては一切疑問を抱かずにそんなことをのたまうカズマ。前に電車が通った時も『そりゃ電車くらい通るだろ』と言われました。異世界の雪山にいたのにです。きっと疑問を持てないようにされているのでしょう。
「モンスターが倒せてよかったねって言ったのよ」
おすもうさんが走っていった方角からはもう声が聴こえることもなく、地面には足跡さえ残っていない。まるで初めから力士なんて存在していなかったかのようです。
「そうだな。アヤが怪我しなくてよかったよ」
いつもの優しさと爽やかさが絶妙な塩梅でミックスされた笑顔を向けてくる。惚れなおすのも何回目だろうなあ。
「あ、ちょっと待って。まだ起き上がりそうだよ」
よく見ると一番大きなモンスターが生きている。このままだと戦わなくちゃいけなくなりますね。
ではここで応用編です。投げやすいサイズの木の板に『好き』と書きます。
「カズマちょっとこれ読んでみてくれる?」
言いながら『好き』と書いた板切れをモンスターに向けて投げます。
「おいおい投げたら見えないだろう。えーっと……」
目を凝らして読もうとすれば完了です。遠くから真っ白なビームのようなものが飛んできて、モンスターともども板切れは木っ端微塵となりましたっと。
「あちゃー。光魔法シューティングスターライトのせいで読めなくなっちゃったな」
なんですかその魔法は。なぜそんな魔法についての知識があるのですか? 同じ世界出身ですよね?
「いいわよ。そんなたいしたことは書いてないし」
この程度では私の心は折れません。人間は環境に適応する生き物です。
これがカズマにかかった呪い。鈍感難聴系主人公として、女性への興味や恋心をバラバラにされたのですよ。
「お、あったぞ。アヤが探してるやつ」
カズマが手渡してきたのはピンク色の結晶。キラキラと陽の光で輝くそれは、カズマの恋心や女性への興味といったものの欠片。これをすべて見つけなければ、カズマは一生鈍感難聴系主人公として生きていかなければなりません。
「ありがと。それじゃ、モンスターも倒したし帰ろっか」
「そうだな。昼飯どうする?」
「今回の報酬で纏まったお金が入るから、何かカズマの好きなもの作ってあげるわよ」
「お、そりゃいいな。アヤの料理はこっちの世界で一番の楽しみだよ」
「そう? じゃあ頑張るわね」
ここでさり気なく手を握っても動じない。それでも私は諦めない。カズマが好きだから。
「ちょいとお待ちよ。お二人さん」
「ん? 誰だ?」
突然声をかけてきたお姉さんと、その後ろにいる鎧に身を包んだ男の人。知らない人だ。
「どこかでお会いしましたっけ?」
「いや、初対面だ。突然すまない。俺はガイ。なんでもジュリーから話があるらしい」
申し訳無さそうにしているガイさん。人の良さそうな腰の低い人だ。
そしてごく普通の町娘、といってもこの世界の話ですが。そんな町娘の格好をしているジュリーさん。
とりあえず私達は自己紹介を終える。
「それじゃ、あやこちゃん。今の敵から取った欠片を渡してもらえるかしら?」
「どうして……貴女が欠片を? これは私とカズマのものです」
なぜ知っているのかわからないけど、この欠片は大切なもの。ジュリーさんが何故これを狙うのかわからない。
「それを集めれば、ガイは私に振り向いてくれる! さあそれを渡して!」
「違います。これはカズマの欠片で……ガイさんのものじゃありません」
「それは頂いてから確かめるさ」
なぜか私達から一定の距離をとり続けていたジュリーさんがさらに離れていく。
「さっきからなんでそんな遠くにいるんだいジュリー。失礼だろう?」
ガイさんが困惑しているじゃないの。なぜ距離をとっているのか私にもわかりません。
「ガイ、よく聞いて……」
なにか伝えようとしているジュリーさん……ジュリーさんも欠片を集めている。ということはつまり。
「いけない!? カズマ! 私はあなたのこと……」
「遅い! ガイ! 好きよ!」
迂闊だった。私達とガイさんの前に爆発が起こり、避けられないと悟った私は目を閉じて今までのカズマと過ごした日々を思い出す。楽しかったなあ……せめてちゃんと告白だけは届けたかった。
「………………あれ?」
いつまで経っても私の身に爆風が来ない。恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた幼馴染の背中。
「大丈夫か、アヤ?」
「カズマ?」
「言ったろ。どんなことがあっても、アヤは俺が守ってみせるって」
こういうことがあるから、私はカズマが好きでい続けるのですよ。さらに惚れ直しました。自分が物語のヒロインになったような錯覚すらしてしまう。やはりカズマは小さい頃から私のヒーローよ。
「二人共無事か? よかった……いきなり地面が爆発するんだもんな。おーいジュリー! 爆発で何言ってるか聞き取れなかったよ!」
「こんなことってあるんですね。俺も初めて見ました」
二人は完全に偶然と信じているみたい。やはり同種の呪いなのかな。こんな特殊条件が重なるとも思えないけどなあ。
「ガイ! 好きだ!」
「カズマ、好きよ」
ジュリーさんの告白から生み出された爆発を、私の告白で現れた音も攻撃も遮断する壁が防いでくれる。どんな効果が出るかは今のところ指定はできない。でも呪いは私とカズマを傷つけることはないわけで。それを利用するっていうか信じるしか無い。
いや、内心傷ついてますけども。告白を毎回スルーされるから地味に心は傷つきますけど。
「これは……私が不利ね」
『カズマ』が三文字なのに対して『ガイ』は二文字。つまりあっちの告白詠唱が一文字速い。速度で負けている以上、告白の内容で勝負する必要が出てきちゃう。
想いのこもっていない適当な告白では威力の弱い爆発しか起きないってことだと推理する。
「さあ、早く欠片を渡して」
「カズマ、また何か起きるかもしれないから……私を守ってくれる?」
「当たり前だろ。アヤとの約束は絶対に破らないよ」
「みせつけてくれるわね、ガイ! 好きよ!」
「うおっ! また爆発? どうなってんだここ」
本当に私を守ってくれるカズマ。守られてばかりじゃいられない。背中じゃなくて、横に並んで笑っていたい。この場で鍵となるのはガイさんだ。
「ガイさん。ジュリーさんが何か言いたそうなんで、聞こえるくらい近くに行ってあげてください。私にはカズマがついてます」
「そうかい? 頼りになる彼氏さんでいいねえ。同じ男として見習わなくっちゃな」
「そんな、俺なんてまだまだですよ。それに彼氏じゃなくて幼馴染です」
その訂正はいらないです。わかっていてもグサっとくるから。
ガイさんがジュリーさんに近づく。それはつまり私達から離れるということ。あくまでも呪いは鈍感難聴系主人公を成立させるためのもの。敵を攻撃するための手段ではありません。
「ちょ!? なんでこっちに爆発が来るのよ!!」
ジュリーさんはどうして私達に攻撃できないのか戸惑っているようだ。どうやら呪いへの理解と研究不足ね。好きな人への告白を駆使した戦闘に不慣れみたい。
これで私達に告白の余波が来る心配はなくなった。今が告白チャンスだ。
「カズマ……私ね。今までずっと言いたくても言えなかったことがあるの……」
ゆっくりと自分の中にあるカズマへの恋心を奮い立たせる。スルーされるとわかっていても本気の本気で告白するのは慣れるものじゃない。『好き』だけではカレーが好きとか景色が好きとかごまかせるけど。でも本気の告白はごまかしがきかない。呪いでごまかされますけど……いけない。テンションが下がってきた。
「ちっちゃいころから私を守ってくれて。いつも一緒にいてくれて……」
出来る限りロマンチックに告白を進める必要がある。いわば撒き餌だ。
「させるか! こうなったら直接奪うまでよ!!」
「おいおいどうしたんだいジュリー」
戸惑うガイさんに目もくれず、私達に向けて走ってくるジュリーさん。もう少し引きつけましょう。
「だからカズマ。私は……私はずっと……」
「させるかあああああ!!」
私達の間に割って入ろうとしたジュリーさん。そんなに入りたければどうぞどうぞ。
軽くバックステップでカズマから距離を取り、ジュリーさんを真ん中に迎え入れます。
「しまった!? ちょっとま……」
「カズマのことが大好きです!!」
告白直前に起こる地響き。『大好き』の言葉に食い気味で地面から吹き出した熱湯が乱入し、ジュリーさんを天高く打ち上げる。今更すぎるけど、ホントになんでもありだなあ。
「きゃああああああ!?」
「うわあ、危なかったな。まさかこんなところに間欠泉があるなんて思いもしなかったよ。悪いアヤ。びっくりして何言ってるのか聞きそびれちまった」
「いいわよ。今度……もっとちゃんとした場所で伝えたいから」
「きゃああああああぁぁぁぁ!?」
打ち上げられたジュリーさんが空中で小さな隕石と激突して爆発しています。爆発オチですね。
「おいおい大丈夫なのかあれ」
「さあ……?」
こうして告白合戦は幕を閉じた。
ジュリーさんはなぜか奇跡的に不思議な事に生きていて、ガイさんへの恋心とか呪いとかすっぱりと記憶から抜け落ちたみたいだった。これからは良き相棒として二人の関係は続いていくのかもしれない。
「とりあえず戻りましょうか。もうすぐ日が暮れるわ」
「そうだな。行こうか」
二人で手を繋いで歩く帰り道。元の世界では恥ずかしくて、人目が気になる年頃なのもあってかできなくなっていた。それが今では自然にできている。この世界に来てからの小さな幸せを噛み締めながら宿泊先に帰った。
私達はどの街でも宿屋では一つの部屋を借りていた。理由は簡単、お金が無かったからですよ。
「じゃあ俺は報告に行ってくるよ」
一階のなんでも屋さんでお仕事の報告をするカズマを見送り部屋に戻る。レンガ作りのなんでも屋さん。ここの三階が今日の私達の部屋。
一緒に暮らすということは思った以上に難しいもので、気を使うことも多い。例えば私が着替えている時でも、当然部屋は一つだからカズマが帰ってくる。
「着替え中か、悪い悪い。それじゃ、着替え終わったら呼んでくれ」
顔を赤くするでもなく狼狽える素振りすら無く部屋を出て行くカズマ。こちとら下着姿ですよ。もう少し思春期の男子特有の反応というものが出来ないのでしょうか。
ズバリ、できないのです。これも呪いの影響です。
「はやく……はやくなんとかしなければ……手遅れっぽいけど」
小瓶の中で輝くピンク色の結晶を見つめて改めて誓う。絶対にカズマの恋心を取り戻すと。
バラバラにされてしまったカズマの恋心や異性への興味・興奮は全て集めないと元に戻らない。それまで下着姿を見ても興奮しない。お風呂場でエンカウントしても無反応。腕を組んでも、部屋で手を握っても。ちょっと勇気を出して膝の上に乗ってみたりしてもふざけていると勘違いされる。
「着替え終わったから入っていいわよ」
「それじゃあ買い物行くか? 食材とか買ってあったっけ?」
「ないわね。外食でもいいわよ?」
「せっかくアヤの手料理が食えるんだからそっちがいいけど、疲れてるんなら外食にするか?」
「しょうがないわね、別に疲れてないからちゃんと作ってあげるわ」
「よっしゃ楽しみにしてるぜ!」
「はいはい、どうもね。これもデートかしら?」
「ただの買い物だろ。いまさら俺なんかとデートしたいわけじゃないだろうし。気にしなくていいさ」
これである。今現在片思い中の女の子がいたら教えてあげたい。告白なんてしようと思えばいつでもできると思ったら大間違いだと。
声を大にして言いたい。好きな人と仲良くなって、何回もデートしたり部屋に呼べるくらいになったらしっかり告白してしまえばいいんだ。
「俺なんかとか言わないの。一緒にいる私がバカみたいじゃない」
「そういうつもりじゃないって」
「はいはい、わかってるわよもう」
一刻も早くカズマを元に戻そう。そして私の気持ちを伝えたい。その結果どうなろうとも、気持ちを伝えないまま、伝わらないままじゃ嫌だから。後悔はもうたくさんしたんだから。
「私は諦めないわよ。絶対に」
「なんの話だ?」
「なんでもないわ。その時が来たらちゃんと全部聞かせてあげるわよ」
だからその時が来るまで、ちょっとくらいこの世界での生活を楽しんでもいいと思う。
カズマと二人で、後悔する暇もないくらい楽しい思い出を作っていこうと決心したのでした。