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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 仁王像のような顔つきに変わった凄子は、赤いポンコツに向かって大股で歩き出した。最初は自分を狙った人間の仕業かと思ったが、そうではないことを悟りなおさら怒りが増した。

 ポンコツまであと5mほどの距離に近づいた時、運転席のドアが開きラグビー選手のような大男が出てきた。ニグロヘアの額から血を流している、電柱にぶつかったはずみで、フロントガラスにでもぶつけたのだろう。

 大男は近づいてくる凄子を睨みながら大声で喚いているが、何を言っているのかわからない。血走った目はカメレオンのように左右別々の方向を向いていた。大男まで2mのところまで来た凄子は立ち止まり、

 「このヤク中のクサレ野郎が!てめえ何をしでかしたのかわかってんのか!」

 と一喝した。自然に握った拳に力が入る。すると大男の顔は真っ赤になり、よだれを垂らした口元をゆがめて、うるせえと喚く。そのあとも何か叫んでいるが呂律が回っていないので、何を言ってるのかわからなかった。

 (この野郎、運転しながら危険ドラッグを吸いやがったな)凄子は最近見た報道番組での、危険ドラッグ中毒者の映像を思い出した。完全にキチガイ状態になった人間が街中を暴走している映像、大男の行動はまさにあの映像そのままだった。

 大男は意味不明な罵声を上げながらポンコツの車内に身を差し入れると、刃渡りの長い出刃包丁をつかみ出した。そして奇声を発しながら凄子に向かってくる。丸太のような太い毛だらけの腕を、ぶんぶんと滅茶苦茶に振り回している。まるで制御不能になった機械のようだ。

 凄子は包丁の動きから目を離さずに後ずさりしながら避ける、冷静な表情には充分な余裕がある。やがて大男は勢いあまって右手から包丁がすっぽ抜けた、アスファルトの路面に買ったばかりらしい刃物が、金属音を上げて叩きつけられる。男ははっとなり一瞬動きが止まった。

 その瞬間、凄子の右拳が怒声とともに飛び出した、バネを生かした長いリーチが伸び、男の左目に飛ぶ。どこを見ているのかわからない男の両目が大きく開かれる前に、鋭い拳が激突する。凄子の拳に男の眼球が潰れる手応えが伝わってきた。

 男は悲鳴を上げて顔面を押さえる、凄子は間髪入れずに今度は男の左頬にストレートを叩き込む、ぶっ!と呻き声を上げた男のアゴの骨が砕けたのがわかった。

 拳を振りぬくと、体重120キロはありそうな巨体はぐらりと揺れて、そのまま路上に倒れ込んだ。見る間に男の股間が小便で濡れてきた。

 「てめえみてえないい歳こいた野郎が、分別のねえことをしていやがるから、ろくでもねえ事故がなくならねえんだよ!てめえみてえなクズは死んじまえ!」

 凄子は鬼のような目を向けると、怒りにまかせて足を繰り出す。

 執拗な蹴りは、でっぷり肥えた腹部に次々とめり込んでいく。その度にブタのような呻き声が聞こえてくるが、凄子は構わずに蹴り続ける。内臓が破裂しようが骨が折れようがどうでも良かった。

 蹴りは頭部へ移る、両手で覆っている上から顔面も頭も構わずに蹴り込む。鼻っ柱の骨が折れた感覚が伝わってくるが、コンバースのつま先は休みなく繰り出される。

 ブタの悲鳴は泣き声に変わっていた、

 「たすけて…ください、たす…けて」

 呂律の回らない哀願を繰り返している。凄子の耳にパトカーのサイレンが遠くに聞こえてくる、それはまだ遠いが着実にこっちに向かっているのがわかった。住民の通報が入ったのだろう。

「ちっ!」

 凄子は舌打ちをすると立ち去ろうとした。ついでに路上に転がっている包丁を拾い上げる。逆手に持ち返ると、倒れたままのブタのふとももに勢いよく突き立てた。ブタは長い悲鳴を上げる、凄子は包丁の柄についたであろう自分の指紋をブタのシャツで拭い去り、足早に去っていく。


 ―午後7時ちょうど、凄子は『蔵よし』という酒場の暖簾をくぐって、ガラス戸の入り口を開ける。タバコの煙と焼き鳥を焼く煙がまじりあった、白っぽく騒々しい店内をキョロキョロと見回すと、

 「セイコ、こっちこっち」

 と声がした。4人掛けテーブルの一番奥で手まねきする男が見える。凄子は片手を上げながらテーブルに近づく、テーブルの上にはビールが2本と、お通しの小鉢と塩辛が載っていた。

 「ゴウゾウ、早えじゃねえか、もう2本目か?」

 凄子が向かいの席に腰を下ろすと、ゴウゾウと呼ばれた男はタバコをくわえたまま笑った、でかい前歯の間がすいていた。ボサボサに逆立った白髪まじりの頭を掻いて、

 「おめえは時間に正確だな」

 と、煙を吐く。和柄のアロハの襟を黒い背広の襟から出している。大昔のチンピラのようなファッションだが、本人はそれをかっこいいと思っているようだ。

 「ゴウゾウ、夜だぜ、グラサン外せよ」

 と、凄子は自分と同じゴウゾウのsignetⅡに手をかけて外そうとした。

 「姐御、やめろやめろ」

 ゴウゾウはあわてて凄子の手を制した。自分の目を晒すのが嫌いなようだ。正式には『剛蔵』というらしいが、本名なのか偽名なのかは知らない。凄子より6歳は下のはずだが、いつもタメ口を叩いてくる。凄子が信頼を置いている情報屋だが、何を本業にしているのかは知らない。


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