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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 レビンは大きな寺院の裏手を回って、また市街地に入っていく。5月だというのに街中の気温計は夏日の数値を示していた。さっきまでいた高原とは5度ぐらいは違うかもしれない。

 しばらく走ってJRのアンダーパスをくぐって東に向かうと、香音が通うS中学校が見えてきた。市内では5本の指に入るマンモス校だ。

 中学校入り口の交差点近くのコンビニに車を入れてドアを開けると、途端に熱気が絡みついてきた。凄子は着ていたパーカーを脱いで車内に放り、足早に店内に入る。

 セブンスターを5箱と店の機械でドリップするアイスコーヒーを買った。店の外の喫煙場でアイスコーヒーを飲みながら、S中の3階建ての校舎を眺める。

 何時限目の始まりだか終わりだかわからないが、チャイムが聞こえてきた。(こういうもんは、あたしが中学生だった頃と変わらねえな)と思いながら、飲み終わった紙コップをゴミ箱に捨てタバコに火を点けた。

 灰皿を挟んだ隣に営業マンらしき若い男がやってきて、苦い表情でタバコに火を点けた。無言で煙を吐いていると、営業マンの携帯が鳴った。若い男はため息まじりのくわえタバコで電話に出ると、 

 「…いや、その説明は会社でしますから」

 と言い、まだ長いタバコを灰皿に放り込むと、通話したまま白いライトバンに乗り込んでいった。


 凄子はタバコを消すと歩きだす、香音の通学路をたどってみるためだ。

 東郷家のあるマンションの場所と香音の通学ルートは、地図上で涼子から説明されていた。大きな県道を横断し住宅の立ち並ぶ小路を進んでいく。古くからの道らしく、幅が狭くて見通しの悪いところが多い。元々は農地だった土地を転用して建てたらしい新しい家も見えるが、築50年以上の、人が住んでいるのかわからないような古い家屋も目立つ。朽ちたセメント瓦の上に苔がはびこっている。

 そういう家にかぎって、取り壊す際にトラックも重機も入らないような狭い道の奥に建っていた。(家はたくさんあって密集してるが、暗くなった頃には人通りは絶えて、あまり安全な道とはいえねえな)凄子は昼間の今は点灯していない旧式の外路灯を眺めながら思った。

 初めて来たなら確実に迷うような、どこまでも民家が並ぶ道をもうしばらく歩いていく。凄子が周りを見回していると、手ぬぐいでほっかむりした農作業帰りらしい小柄な老婆が、怪訝な目を向けてすれ違っていった。

 よく見るとところどころに畑が点在している、老婆はそこの住民だろう。

 そこを抜けると、また別の県道にぶち当たり信号のない横断歩道を渡った。そこから先の道は碁盤の目のように整然としている。3つ目の角まで来ると東郷家が住んでいるマンションが見えた。

 5階建てのグレイの壁が昼間の光を反射している。よく見るとその周りにも同等のマンションが林立していた、手前には新しそうなコンビニも見える。新興住宅地として開発された区域のようだった。


 凄子は東郷家が住むマンションのそばまで来ると、(中学からここまで約2km、普通に歩いて30分ちょっとぐれえか)来た道を振り返りながら思った。

 マンションの脇道に入ると、ふとあることを思いついた。ジーンズのポケットから携帯を出すと、登録してある番号を出して発信した。

 脇道に突っ立ったままコール音を聞いていると、相手は3回目で出た。

 「よう、ゴウゾウ。お前に頼みがあるんだけどさ…」

 凄子は手短かに用件を言うと、1分もしないうちに電話を切った。携帯をジーンズのポケットにしまい、来た道を引き返そうと歩き出した。

 その時、凄子の後方で車のエンジン音がした。やけに回転を上げてることを不審に思った凄子は振り返る。直線道路のかなり先からポンコツの赤い軽自動車がこっちに向かってくるのが見えた。 

 低いギアでやたらにアクセルを踏みつけている感じだ。異常を察知した凄子は自然に身構える。

 やがてポンコツは蛇行をはじめた。次第にその振幅は大きくなり、ついには道路の右端の外壁にバンパーをこすった。はずみで反対側に弾き飛ばされたがエンジンは踏み込んだままだ。

 今度は左側のカーブミラーの柱にフェンダーをぶつけた。ミラーの柱は手前に大きく傾がるが、ポンコツは気にしたようではない。

 ポンコツは高回転のまま加速をつけて、凄子のいる方向めがけて疾走してきた。凄子は踵を返して駆け出す、5m先に立っている電柱の向こうに飛び込もうと必死で走った。

 すぐ後ろにキチガイめいたエンジン音が迫ってくる。凄子が電柱の陰に身を入れた瞬間、ポンコツは電柱にボディーの右側をこすりつけながら暴走していく。

 そのまま走り続け、20m先の電柱に突進していく。耳障りな破壊音を立ててポンコツが衝突すると、電柱はぐらぐらと揺れて電線は大きくしなる。停車したポンコツのエンジン部から白い水蒸気がもうもうと上がった。ラジエターを破壊して冷却水が外に漏れたためだろう。

 一部始終を見ていた凄子は、ポンコツが電柱に衝突する時、ブレーキランプが点灯しなかったことに気づいていた。…ポンコツのテールランプを見据えている凄子のこめかみに、血管が浮き出す。


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