第七話
蹴破るような勢いで扉を開ける。
まだデーモンがこの家に入ってきたばかりだ、被害はないはず。今なんとかすればこの家は……
「って何言ってんだろ、俺はそんなことができる主人公じゃない、ただの引きこもりだろ」
そう理解した瞬間に、動いていた足は止まる。下からは遂になにかが壊れるような音が響き始める。
でも知ったことじゃないよな。こんなダメ人間の引きこもりに何ができるっていうんだ。大人しく部屋で震えていよう。そうだよ、それが一番"俺らしい"じゃないか。
開けた時とは正反対で、音も立てずに静かに扉を閉めて部屋に戻る。
このまま、全てが終わってくれるはず……
「カズヤ」
扉の開く音ともに、声が聞こえる。この世界に来て唯一信頼できて、少しばかり心を許せる相手の声が。
「魔物が襲ってきたの、助けて」
助けて……か、たしかにそれができる力はあるかもしれない。でも俺にはその力を使うほどの心がない。
「今はどうしてるんだ?」
全く見当違いの答え。しかしそれにも動じずに返答は帰ってくる。
「お父さんとお母さんが戦ってる。二人は強いけどきっと危ない、助けて」
そうしてまた同じことを俺にお願いする。助けてくれることを疑っていないかのように。
親父さんたちにはお世話になったけど、こればっかりは話が違うよ、ごめん。
「なんでそんなこというの? カズヤは強いでしょ?」
言葉に出さなくても読み取ってくれるのをいいことに、辛いことを口に出さない。自分のクズさが嫌になる。
「お願い」
「だから……」
そうして、やっと振り返った俺の目に映ったのは、相変わらずの無表情のまま、静かに涙を流して座り込んだサクナの姿。
「助けて」
耳に届く声が、先程と比べて遠く感じる。近くにいる筈なのに、遠く。
「サクナ」
名前を呼ぶ、そして目もとに流れた涙を拭う。
俺は主人公なんかじゃない、その通りだ、何も間違っちゃいない。むしろ自分の事がわかりすぎて引いちゃうくらいだ。
だけど
「サクナの涙を拭うモブキャラくらいにはなれるよな」
「どういう……?」
いつも通りに首を傾げるサクナ。でも理解してもらえなくたっていい。俺が守りたいものは決まった。後は
「さーて、全力で行きますか! サクナ!」
「なに?」
「ここで待ってて、出てこないようにな」
「……うん、わかった。気をつけてね」
「りょーかい」
今度こそ扉を明け放ち、階段をかけ降りて一階へと向かう。そこにはボロボロになった"俺たちの"家と、同じくボロボロになった親父さんたち、そして無数のデーモンが所狭しと並んでいた。
「くそっ……まずいか」
「大丈夫ですよ! まだ行けます」
かなり我慢しているのが目に見えてわかる。だからまずはいつも通り行きますか。
「なっ、カズヤ君!? 危ないぞ!」
二人とデーモンのあいだに割って入り、インベントリからもう一本の刀を取り出す。
「『陽光刀:暁』『氷零刀:皆固』『合成剣』」
ここだけはカッコつけていいよな。俺の見せ場なんだし。
「こいよ相棒『常昼刀:白夜』」
極寒の地の沈まぬ冷酷なる太陽。ここに見参。
さてさておみせしましょう、俺がイベントトップとして入手した俺だけの固有スキルによって作られた俺だけの刀、白夜の実力を!
「『冷光』」
剣先から走る光がデーモンたちに当たり、当たった部分が氷り始める。そして動きの止まったデーモンたちに肉薄し、横に薙ぎ払う。
大太刀とも呼べるほどの長さを誇る白夜によって、十数匹のデーモンの命を刈取る。
でもまだ終わらない、冷光からの二連続の武器スキルによって切りつけたデーモンの切り口から氷の槍が飛び出し、周りも巻き込んでポリゴンへと化す。
あはは、楽勝だな。ヌルゲー
「後ろ!」
調子に乗っていたら囲まれていたでござる。でもでもー俺を甘く見ないでねー。
「なめんなよ」
床に刀を突き刺し――親父さん、ごめんさい――さっきと同じ原理で氷の槍がどーん。
ふはははっ、さっさと逃げれば……っと、これはダメだな。著作権
「略式詠唱『氷玉』」
略式詠唱によって詠唱を短く、というかもともと短かった下級魔法の詠唱をカットして氷の玉をぶつける。威力は低いがそんなの関係ねー。ただの牽制だからな!
「『瞬動』」
氷玉によって怯んだデーモンを押しのけて瞬動を使い、敵陣のど真ん中へ突っ込む。
「本気出す『武神乱舞・燕』」
神級剣術複数型奥義──相変わらず長いな──を繰り出す。
腰で貯めるように一瞬刀を止めたらそこから動作アシスト。自分でもどこに振るっているのかわからなくなるレベルで巨大な太刀を振り回す。かなりのSPを消費するがしょうがない。これでこの部屋のは大半片付いた。
「さーて、次来いよ」
ここからは単なる作業ゲーとなった。外から入ってくるデーモンを倒す。ほんとそれだけ。魔法も混ぜて圧倒していった。そして気がつけば
「残りはたったの5体か……減ったな」
やっぱり雑魚は雑魚なんだな。にしてもなぜこいつらはここまで向かってくるんだ? 知能があることは把握した。なら敵わないことも理解してるはず。それなのになんで?
「カズヤ君!」
またも後ろから聞こえる、今度は悲鳴に近いくらいの叫び声。それと同時に自分の体が宙を舞っていることを自覚する。
…………は?
そしてそのままの勢いで床に叩きつけられ、口から空気が漏れる。
痛ってぇ……油断した。早くこいつら殺さないと。
……あれ? なんで俺の体震えてるんだ? おい、なんで動かないんだよ、ダメージなんてそんなにないだろ。動けよ、動けって!
……なにを痛い思いしただけにビビってるんだよ。そんなの、現実だってわかってた時から、理解してただろ。ふざけんなよ、こいつら殺さなきゃ、もっと痛い思いするんだよ!
自分を叱咤する。そしてやっとの思いで刀を握り、立ち上がった瞬間に、背後から聞こえる悲鳴が2つ。振り向いて……
「はははっ、あーそっか。これは夢だな」
そうだよな。だって夢じゃないなら
ポリゴンへとなっていく親父さんたちと、その近くにデーモンが10体もいるなんて光景、目に入る筈がないじゃないか。
5体しかいないと思っていた。
敵にも知能があるんだ、隠れて奇襲を仕掛けてきても変なことなんてなにもないじゃないか。
そう理解することができなかった俺のミスだ。
永遠にも思える一瞬の中、ポリゴンが砕ける音と共に自分の何かが砕けるのを感じる。すなわちそれは"理性"
「ふざけんなよぉぉぉお!」
思いのまま叫んでいた。何も考えずに、本能のまま。
敵を切り、凍らせ、砕く。それしか考えることは出来なかった。
そして気がついた時には、何も残ってはいなかった。そこには本来あるはずだったものさえ、あって欲しかったものさえ、なにも。