○○は小学四年生
感想を書くためだけに登録したもののユーザーページが空欄なのがどうしても気になり(以下略)
誰にも内緒だからね。
彼女はそう言って笑った。
充くん、話したいことがあるの。ここじゃママに聞かれちゃうかもしれないから、明日の三時に駅前の喫茶店に来てね。
家庭教師が終わった日、夏帆ちゃんはぷくりした頬にえくぼを作って笑った。いくら外見が大人びていると言っても、結局は小学四年生。可愛らしいところもあるじゃないか。
僕は勝ち誇った気持ちでアダムに向かった。
こころなしか、ハンドルを切るテンポもアクセルを踏むタイミングもいつもより快調だ。
思えば、ここまで長かった。親の言いつけとはいえ、やりたくもなかった家教をよくここまで我慢して続けたと思う。しかも、夏帆ちゃんは生意気で可愛さのかけらもないわ、憧れの、仁美サンにはロリコン趣味と誤解されるわ、……本ッ当に最低だった。でも、今日、夏帆ちゃんの話とやらを聞き終わったら、開放される。やっと、胸を張って仁美サンに告白できるんだ。
駅近くの駐車場にワゴンを置き、ここからは徒歩で向かう。
辺りの緑は清々しい気持ちをより掻き立てる。まるで僕を祝福しているかのように。
それにしても暑い。
滝のように流れる汗を、シャツの裾で拭いとった。けれど、結局無駄になるのでやめる。と、次は眼鏡が曇り出す。
全く、まだまだ五月だっていうのに、どうしてこんなに暑いんだ。
仕方ないので駅までの道を一直線、寄り道もせずにひたすらアダムを目指した。
やっとのことで目的地に着き、僕は扉を開けた。
途端、外とクーラーで冷えすぎた店内との温度差のせいか、大きくめまいを感じ、その場に座り込んでしまった。
「あーあ、充くんドジなんだから」
「そう言う言い方はないだろ……!」
夏帆ちゃんの声に振り向いて、それから僕は絶句してしまった。
「夏帆ちゃん、あのさ、……そのおなか、どうしたの?」
昨日まではごくごく普通の体型だったはずの夏帆ちゃんのお腹は、ぽこんと小さく膨れ上がっていた。かといって、太ったわけではなさそうだ。腕や足は相変わらず折れそうな程華奢で頼りない。
「あ。やっぱりこういうラインの出る服着ると分かっちゃうかな」
夏帆ちゃんはにっこりと笑いながら言った。
「これね、充くんの子だよ」
……
…………
………………
……………………
「はい?」
「だからー、この子、充くんと夏帆の子だよ、って言ったの」
思考がしばらく、働かなかった。
あまりの暑さと温度差とで、頭ン中が馬鹿になったかな、と思いかけたとき、夏帆ちゃんは駄目押しに一言言った。
「ね、何ていう名前にしよっか」
「な、夏帆ちゃん。あのさ、それ、……本物なの?」
「そうだよ? あ、充くんも触りたいの?」
そう言うと、夏帆ちゃんは僕の右手を掴んで、自分のお腹に持っていった。彼女のお腹は暖かく、確かに生の肉の感触がする。何か詰め物をしたわけではなさそうだ。
「お客様、いつまでも入口にいられると他のお客様の迷惑になられますので、どうかお席に……」
「い、いいです。出ます。な、夏帆ちゃん、ドライブに変更しよう」
「やったぁ、充くんとデートだ!」
僕の腕に夏帆ちゃんはすっと腕を巻きつけた。密着した肌から感じられる、夏帆ちゃんの扁平な胸の感触と、お腹のふくらみ。
僕はぎこちない仕種で夏帆ちゃんの飲んでいたレモンスカッシュの代金を払い、一目散に店を出た。
「ど、どういうことなんだよ」
「どういうことも何も」
夏帆ちゃんは腕を離し、こちらを上目使いで見上げた。
ああ、暑い。思考がとろけそうだ。
「充くんの子だよ」
「僕、夏帆ちゃんにその……そういうことした覚え全く無いんだけど」
「充くん夏帆のこときらいなの?」
「そうじゃなくて」
「早く車乗ろうよ。車。ね。夏帆、充くんの車に乗るの、夢だったんだぁ」
いつの間にか駐車場に着いていたことに気づき、僕は愛車に乗り込んだ。夏帆ちゃんは当然のように助手席に座り、楽しいね、と微笑んだ。
(こっちはちっとも楽しくナイ!)
エンジンを掛け、駐車場から車を出す。
僅かな間でも、ボンネットは太陽光を吸収し、高温になっていた。たまらず、僕はクーラーをセットする。
「わーい。充くんと二人きり。充くんとデート。夏帆、幸せすぎて怖い」
「夏帆ちゃん、さっきの話だけどさ」
エンジンを加速し、あてもなく車を走らせる。
「なあに?」
「あの、夏帆ちゃんさ、子供がどうやって出来るかって知ってる?」
「知ってるよ。保健体育で習ったもん」
「だったらさ、……分かるだろ? 僕は夏帆ちゃんとそういう関係を持った記憶は全く無いんだ」
「でも赤ちゃんが居るんだよ、夏帆のお腹」
「じゃあ、質問を変えよう。……夏帆ちゃん、生理って……初潮ってもう来た?」
「ううん、まだ」
僕はやっと胸をなで下ろせた。完全に自分を疑っていたわけじゃないが、やっぱり夏帆ちゃんの思い込みだったらしい。初潮もまだなのに、子供がだなんてそんなことあるはずがない。
「夏帆、楽しみだな。赤ちゃんが生まれてくるの」
夏帆ちゃんは足をバタバタさせながら、にこにこにこにこ笑っている。
「ね、夏帆ちゃん。やっぱり、それは思い込みじゃないのかな」
そう言うと、夏帆ちゃんは急に冷めた--それこそ背筋が寒くなるほどにひんやりした声で、どうして、と言った。
「どうしてって言われても……」
「夏帆、充くんのことが大好きだよ。充くんのためだったらなんだって出来る。充くんは夏帆のこと嫌い? 夏帆の言うこと、信じられない?」
「そういうことじゃなくてね。きっと、全部夏帆ちゃんの思い込みなんじゃないのかな。赤ちゃんができたって言うのも、少しお腹がふくらんだから勘違いしちゃっただけで」
「そう……充くん、夏帆のこと信じないんだ」
「だから、そういうのじゃなくて」
「だったら、証拠見せてあげる。そしたら、充くん、夏帆のこと信じてくれるでしょ」
そう言うと、夏帆ちゃんはカバンの中からおもむろにカッターナイフを掴み上げた。
「ま、まさか。な、夏帆ちゃん。そんな、な。そういう意味で言ったんじゃないよ」
ちらりと横目で見ると、夏帆ちゃんは座った何も写らない瞳で、ただナイフの切っ先だけを見つめていた。
「今、見せてあげるからね。夏帆と充くんの可愛い可愛い赤ちゃん」
そして夏帆ちゃんは一気にナイフを腹につき立てる!
「やめろー!」
……すんでのところで上半身で肩をぶつけ、なんとか夏帆ちゃんの奇行を止めることができた。
ほっとする暇はなかった。
気づいたら前面のガラス一杯に大型トラックが写っていた。
夏帆ちゃんは、にこりと笑って、誰にも内緒だからね、と言った。
別のHN(鳥類っぽい名前)でやっているブログ掲載分再掲(10年以上前に書いた過去の遺物を黒歴史公開と題して晒しておりました)
タイトルで年がバレそうですね