5話 残された者
「リラックスティーです」
食堂でせわしなく指を動かしていると、事情を察したルクセンタールが湯気の立つカップを差し出してくる。
「これを飲めば鎮まりますよ」
カップから立ち上ってくる香りを嗅ぐと多少は気分が落ち着く。
「すまないな、臨月の妊婦に気を遣わせて」
「いえいえ、これぐらいなら動いた方が良いんです」
心の余裕ができた俺はまず始めにルクセンタールへ礼を述べるが、ルクセンタールはゆっくりと首を振った。
「だが、コウイチ殿の心境もわからんでない。もしルクセンタールが戦場に出るのなら拙者も平静でおることができぬからな」
と、腕を組んだギアウッドが俺の気持ちを代弁してくれる。
そう、俺とルクセンタールそしてギアウッドはこの屋敷で待機するメンバーだった。
俺はこの屋敷から動けず、ルクセンタールは身重なのでストレスのかかる戦場に連れていけない。ギアウッドはショコラを含めた屋敷の皆による反対の結果だった。
「ルクセンタールとギアウッドは客人だからな。これ以上無理させるわけにはいかない」
俺はわざと軽い声を出してなんでもない風に答える。
「せめて拙者も助太刀いたしたかったのだが」
ギアウッドは最後までそう主張していたのだが、特にベルフェゴールからの強固な反対によって止められた。
ベルフェゴールは「これは差別種と被差別種との戦い。ここで神人が出てくれば人間は敗北の原因を神人の存在と考えてしまい、本当の意味での解放ができなくなるわ」
建前はそうだったものの、本音は父となるギアウッドを戦死させたくなかったのだろう。
戦場に出すとギアウッドは高い確率で死ぬ。
向こうも巨人族であるギアウッドを最大限に警戒して対策を打ってくるのは目に見ているので効果が薄く、それどころか真っ先に潰してくるからだ。
母であるベルフェゴールとしてはまだ見ぬルクセンタールの子の両親を残しておきたかったと考えている。
「……ギアウッドはギアウッドで必要な役割がある」
俺は続ける。
「バイリアの戦いで敗北した際、身重のルクセンタールを安全な場所へ避難させるためには強力な用心棒が必要だからな」
そう、バイリアの戦いでの負けはそのままエクアリオン共和国の負けであり、その場合はこのコルギドールも無事で済まないだろう。
「一応2人がしばらく過ごしていけるだけのお金や荷物は用意してあるから、アロウがやってきたらすぐさま逃げろ」
バイリアの戦いの結果の報せはこう決めてある。
ハクアがやってきたのなら俺達の勝利であり、逆にアロウがやってきたのなら俺達の負けだ。
アロウに罪はないが、「アロウは絶対に来るな」と願ってしまうのは仕方のないことだな。
「コウイチ殿、本当にここへ残るのか?」
もう何回も繰り返されたギアウッドの問いかけに俺は肩をすくめる。
「ああ、どんな結果になろうとも俺はここで待つ」
神からの呪いによって俺はここから動くことはできない。
先日、皆の前でこの屋敷から出ようと外へ一歩踏み出した瞬間突風が吹き荒れ、俺は壁に叩きつけられてしまった。
あの時のショコラが悔しそうに顔を歪めた表情が忘れられない。
「だからルクセンタールとギアウッドは俺に構わず逃げてほしい」
俺の決断にギアウッドは重々しく頷き。
「ショコラが可哀そうね」
ルクセンタールは絶対に負けられない戦いに赴くショコラの心境を察知して溜息を吐いた。
次は戦場に移ります。