3話 2人の関係
「……ダグラス殿、そしてベルフェゴール。2人とも残ってもらって構わないか?」
この場は解散となり、帝国側の人間が去っていこうとした時に俺はそう提案する。
「陛下に何か用か?」
グエンが振り返りながらぶっきらぼうに聞いてきたので俺は少し目線を上げて。
「少し2人の関係を知りたいと思ってな。どうも内のベルフェゴールはダグラス殿を知っているようだからその確認――」
「おいおい、冗談はよせよ」
グエンが途中で俺の口上を遮る。
「グエンの言う通りです」
すると隣のバサラがグエンの話に乗っかってきた。
「あなた方は薄汚い亜人の味方です。亜人というのは嘘を付き、害しか及ぼさない唾棄すべき存在です。そんな輩と陛下を1人きりにさせるような馬鹿な真似などどこの誰がす――」
バサラは俺達に侮蔑の言葉を投げ掛けようとしたが、急に顔が強張り唇が引きつってしまい途中で止められてしまう。
「落ち着けショコラ」
俺はバサラに尋常じゃない殺気を放っているショコラをそう諌める。
今のショコラは殺人機械に怒りの燃料を注いだ状態だ。
心の底では抑えきれないほど熱く燃え盛っているにも拘らず、その瞳は絶対零度のごとく凍てついていた。
「へえ、嬢ちゃんやるなあ」
と、ここまで沈黙を保っていたグエンが口を開く。
「亜人の中にも嬢ちゃんのような猛者がまだ残っていたか。こりゃあいい、戦場で戦おうぜ」
元帥という職業柄なのか彼はショコラの殺意を受けても平然としていた。
「とにかく、ダグラス殿と話し合いたいのだが、そちらの返事はノーなのか?」
答えはすでに出ていたが確認のために聞くと、硬直から復活したバサラは笑みを浮かべながら。
「当然です。何せ時間の無駄ですから」
「そうか……」
向こうの言い分は最もだろう。
まあ、こちらにしてもあくまでできれば良いというスタンスだったので断られても痛くも痒くもない。だから俺は非礼を詫びようとすると。
「良い」
ダグラスは重い口をあけて俺の申し出を受けた。
「陛下!?」
案の定バサラが驚愕の表情を作る。
「陛下、お考え直し下さい! 奴らは亜人なのです! 陛下を一人にしたところに四方八方から襲い掛かられてはさすがの陛下でさえも」
「そうだぜ、受けて立つメリットがわかんねえ」
グエンもそう反対するのだが、ダグラスの意思は固く。
結局のところ2人が根負けした。
「それではバサラ殿とグエン殿、そしてドラクロワ殿は別室に持成しのお菓子とお土産を置いているので受け取って貰うと嬉しい」
俺は予め作っておいたバームクーヘンを提示する。
意味がないかもしれないが、まあやらないよりはましだというスタンスだな。
「毒でも入っているんじゃないでしょうね?」
バサラがそう毒づいてきたので俺は肩を竦めながら「疑うなら貰わなければ良い」と答えておいた。
そして俺とベルフェゴール、そしてダグラスの3人を残して後の面々は退出する。
「陛下、俺達は別室で待機しているから、何かあったら呼んでくれ」
一体どこまで信用ないのか。
グエンの言葉に俺は心の中で溜息を吐いた。
「さて、俺が聞きたいのはただ1つ。ベルフェゴールとダグラス殿の関係だ」
3人となった会議室で俺はそう口火を切る。
「普段からベルフェゴールと接している俺だから分かったのだが、たまにダグラス殿の名が出ると僅かに動揺する」
2人とも無言だったので俺は推測を投げ掛けた。
「これは予想なのだが、もしかすると2人は繋がっているのではないか?」
考えれば考えるほどそれが確信へと変わる。
ダグラスとベルフェゴールが登場した時期は不自然なほど一致している。
ダグラスが亜人への弾圧を始めた前後にベルフェゴールが俺の屋敷へ姿を現した。
それだけなら単なる偶然として片づけられるが、この状態になるまでダグラスが俺達を放っておいたのは珍しい。
もし俺なら何よりもまずこのエクアリオン共和国を落とせば済むはずなのに、ダグラスはそれをせずに傍観へと回っていた。
「俺としてはベルフェゴールを疑いたくないのだが、ここまでくると尋ねておきたい。ダグラス殿とベルフェゴールは何をしたい?」
人類の栄光にせよ、全種族の平等にせよ、もし2人が結託していたのなら良い茶番だ。
確かに長い目で見れば大陸の平和に近づくのだが、ショコラの国やハクアの国など多くの国や命が失われてしまった事実は消えない。
なので俺はここではっきりとさせておく必要があると感じた。
もし繋がっていたのなら俺は……
「全くの邪推だな」
俺の思考をダグラスは鼻を鳴らして打ち切る。
「我とベルフェゴールが組んでいる? 馬鹿馬鹿しい、そんなことなどありえない」
「ダグラス……」
ベルフェゴールはダグラスに悲しみの目線を送る。
「そういえば貴様は我とベルフェゴールの関係を知らんかったな」
ダグラスの言葉に俺は頷きつつも口を開き。
「ある程度推測は立っている。疑っているのはダグラス殿とベルフェゴールが恋人関係の線――」
俺は何かおかしなことを言っただろうか。
途端に2人が虚を突かれた様に目を丸くした。
「クックック……はーっはっはっはっは!」
俺にとって相当居心地の悪い空気が数秒流れたが、幸いにもダグラスの高笑いによって霧散する。
「我とベルフェゴールが恋人? なるほど、確かにそれも面白いな」
ダグラスはまだ笑い足りないようだ。
クククと喉を鳴らしながらそう呟く。
「まあ、惜しいと言えば惜しいな。もう一息だった」
と、ここまで沈黙を保っていたベルフェゴールがようやく口を開いた。
「……親子よ」
「は?」
予想の斜め上をいく回答に俺は目を見開く。
そしてダグラスはベルフェゴールの後を引き継いでこう言い放った。
「そう、我は人間の父と魔族の母を持つ半神人だ」
ベルフェゴールがダグラスの言葉に沈黙を貫いていることが、それが真実だと雄弁に語っていた。
愛は恋人だけでなく家族にも使われます。
まあ、ベルフェゴールはダグラスのことを恋人と言ってませんでしたし。