2話 帝国陣営
本来ならダグラスとベルフェゴールの接点まで書きたかったのに……全然話が進まねえ
「っ!」
「待て! ショコラ!」
俺が止める間もなくショコラがダグラスへ向かって飛びかかる。
武器は携帯していないが、狼族であるショコラなら持ち前の爪で易々と喉を掻っ切れるだろう。
ショコラは弾丸のように飛び出してダグラスに襲い掛かったが、途中に人影が入り込んでショコラの腕をつかむ。
「おっと、それ以上はいけないぜ」
人の5倍の速度で動けるショコラ腕を掴むのは帝国の元帥――グエン。
本人は切り込み隊長だったが、ダグラスに気に入られて軍の最高指揮官に昇格した者だ。
グエンはその指揮能力もさることながら、持ち前の武力も一級品。
おそらくグエンの武は人間に限定すると大陸五指に入るだろう。
「ほらよ、今回だけは大目に見てやるぜ」
グエンはその言葉と同時に腕に力を込めてショコラをこちらに投げ飛ばす。
ショコラは体重がそんなにないため抗うこともできなかったが、宙でくるりと一回転して見事な着地を決めた。
おお、10点
が、俺はそんな感想を抱いている場合でない。
こちらの者が一方的に攻めたのだから俺は謝罪しなければならないだろう。
「内の者が迷惑をかけた」
俺は頭を下げて謝罪するとバサラが口を開いた。
「やれやれ、本当に野蛮ですね」
顔を俯かせ、悔しそうに唇を噛み締めるショコラにバサラは嘆息する。
「ここは調停を行う神聖な場です。なのに刃を向けるとか躾が鳴っていません」
バサラはねっとりと平坦な声音で苛立ちを与えるような言葉を紡ぐ。
このバサラ。
愛くるしい顔とは正反対の最悪な性格をしている差別主義者の急先鋒だった。
とにかく何事に対しても上から目線なのだが、厄介なことにそれに文句を言われないほど能力が高く、政治力と話術はベルフェゴール顔負けの力量を持っていると聞いている。
「バサラ、それぐらいにしておけ」
このまま嫌味をチクチクと言われ続けるかと想像したが、意外なことにダグラスがそれを止めた。
バサラは不満げな様子だったのが印象的である。
そして。
「過去は踏み越えるためにある」
ダグラスは入ってきた際に言い放った言葉を繰り返す。
「先人が達成できなかったのは必ず理由があり、そこを学ばなければ同じ結果になるのは道理。先人は過去に学ぶということを忘れていたために失敗したのだ」
朗々と言葉を放つダグラスから揺るぎが微塵も感じられない。
おそらくダグラスは亜人撲滅が成功することを当然だという風に考えているようだった。
「つまり歴史を知っている自分は必ず成功すると?」
俺の問いにダグラスは躊躇なく頷いた。
「その通りだ。我の予想では3か月後には亜人を、そして3年後には神人を撲滅させておる」
「……」
この回答には俺どころか先ほどまで殺意を漲らせていたショコラさえも閉口する。俺はダグラスの頭の中はどうなっているのか本気で解明したくなった。
「さて、前口上はここまでにして話し合いでも始めようかの」
ある種独特な雰囲気になりかけたこの場をドラクロワはわざと恍けた声を発して吹き散らす。
「両者の言い分によると決戦日は1か月後、そして場所はバイリア平原で間違いないかのう」
ドラクロワの確認に頷く俺達。
おおまかな合意が形成されたので次は兵数の調整や捕虜の扱いなどについて議論する。
兵数については帝国側が無制限を主張していたが、そんな要求など呑めるわけがない。なので代わりとして人間のみ投降した兵は身の安全を保障する取引によって兵は最大80万という数に落ち着いた。
「50万対80万ならまだ勝機があるわ」
ベルフェゴールがそう呟いていたのが印象的である。
そして調整がついたのでドラクロワが立ち上がって口を開く。
「以上が此度の戦の約束事である。もし双方のうちどちらかが違えるのであれば我ら神人が容赦なき鉄槌を下すことをここに契約しておくが、両者とも異存がなければこの3枚の羊皮紙にサインを」
その言葉とともに差し出される3枚の羊皮紙に俺は自分の名前を記した。
「うむ、これでよし。では、ここに『バイリアの戦い』を宣言する」
その言葉によってダグラスを除く全員の身が引き締まった。
この戦いがイースペリア大陸の命運を決める決戦だということを誰もが理解している。
そのはずなのだが、ただ1人ダグラスだけは変わらず超然としていた。
「そなたは何も感じぬのか?」
ドラクロワがそう尋ねたのもわかる。
するとダグラスは何でもないかのように笑みを浮かべてこう言い放った。
「すでに我が勝つことは決定しておる事項に、どうして心がざわめかれようか?」
どうやらダグラスの脳内では帝国が勝利しているらしい。
これが市井の者なら単なるバカで済ませられるがダグラスは大陸最強である帝国の皇帝に加え、本人の武勇も優れていることから逆に畏怖を感じてしまう。
見ればバサラとグエンの2人はその不動のダグラスを陶然とした面持ちで見つめている。
「……これが帝国」
俺は知らず唇をかむ。
1人の優れた人間に周りの者が全幅の信頼を置いている。そして信頼されるがゆえに優れた者はさらに高みへ登ろうとする。
その好循環なスパイラルによって帝国はこの短時間で発展してきたのだろう。
俺は帝国の強さの一端を知り、この壁を打ち壊すのは容易でないことを痛感した。
卒業研究関連のイベントが終わったので執筆速度が上がりそうです。
暴走列車が復活してくれると嬉しいんですね。