1話 邂逅
ようやくダグラスを登場させることが出来ました。
戦争とは事後承諾によって行われる場合もあれば、事前に敵国と示し合わして行うこともある。
リーメンダーク内戦から続く戦争は前者であり、後者はこれから行われる。
屋敷の最も広い会議室には俺、ショコラ、ベルフェゴールそしてマルスの4人全員が固い表情で端に座っており、唯一の例外が仲介国として派遣された中央に1人座っている者だった。
「ご足労ありがとうございます。ドラクロワ=ベルリンガル=トーマスフィア様」
俺はこの糸の張り詰めた緊張感に息苦しさを覚えてしまい、仲介役に話しかける。
「気にせんでええ。むしろ歴史の場に呼ばれたことを光栄に思っておる。何せこの様な会談は竜人族のわしさえも初めてなのじゃからな」
ドラクロワは老いを感じさせない笑みを浮かべて俺を気遣う。
ドラクロワは見た目こそ80の老人だが、背に生えている竜の翼とその枯れ木の体から溢れ出る力から俺達とは一線を画す存在なのだと痛感させられた。
「しかし、魔族の子よ。よくもまあここまで発展させたものじゃな」
ドラクロワから見るとベルフェゴールさえも子供扱いされる。
「しばしば魔族は人の世に混乱を齎すのじゃが、そなたの様な大陸中を巻き込む騒動など初めてじゃ。おそらくベルフェゴールの名は魔族の歴史に名を残すぞ」
「お褒め頂き光栄です、ドラクロワ様」
別に責められたわけでもないのに身を縮込ませるベルフェゴールの様子からこの眼の前の老人がいかに強大なのか理解できよう。
「参考までに尋ねておくが、混乱を大陸中にまで広げることが出来た原因は何だと思う?」
ドラクロワの問いは続く。
「イースペリア大陸中に虐げられてきた者の不満が溜まっておったのもあるし、帝国の様な亜人を撲滅すると宣言したと要因もある。だがのう、それらは長い歴史において繰り返されてきた行為であり、わしの知っている中では今の状況よりもっと酷い亜人差別や撲滅の嵐が吹き荒れた時代もあった。しかし、そのような時勢であっても反乱の規模は現在と比べるたら小規模じゃ」
神人の中でも竜人は2000年も生きることが出来るらしい。
つまりドラクロワはその果てしない時の中であっても、今行われている出来事は前代未聞だと言っている。
ドラクロワの問いに対してベルフェゴールは瞑目し、澄ました顔で述べる。
「絶対に果たさなければならない使命があったのです……そう、この命に代えても」
「そうか……それなら何も言うまい」
静かな言葉を吐きながら胸の辺りを抑えるベルフェゴールにドラクロワは喉を鳴らした。
「しかし、よくもまあ神人方が帝国との戦争の仲介に乗ってくれたものよ」
このしんみりした空気を吹き飛ばすためにマルスはわざと明るく言い放つ。
「本当だな、てっきり断られるかと思っていた」
このイースペリア大陸全土で行われている動乱を終始中立を保っていた10国。
それらの国は竜人族やエルフなど神人が国の中枢を握っている国だった。
彼の国は閉鎖的な国であり、その国から出てきた神人が口を揃えて言うセリフは「神人の国は時間が止まっている」である。
肥沃な大地の上に国があるので全てを自給自足で賄うことが出来、種が持つ力も圧倒的に加えて寿命も1000年を超えるのであればその言葉も頷ける。
餓える心配も無ければ攻められる心配も無い。果ては寿命も果てしないのであれば行動する必要が無いからな。
「本当に……どうして動いてくれたのだか」
そんな事情があるがゆえに俺はしみじみと頷いていた。
「それはのう、単純にコウイチ殿に興味があったためじゃよ」
「え? 俺?」
突然名前を呼ばれて驚く俺に構わずドラクロワの話は進む。
「此度の騒乱。目立ってはいないが中心人物は間違いなくコウイチ殿じゃ。例えショコラがいなくともベルフェゴールがいなくともコウイチがいれば遅かれ早かれこんな事態になっていた」
「ハハハ、そんな馬鹿なことを」
俺は乾いた声で笑い、否定してほしくて周りを見渡すのだが何故か全員が神妙な顔をしていた。
「ドラクロワ卿の言葉に一理あるな。確かにコウイチ殿は得体の知れない人物じゃ」
「おいマルス。嘘は止めろ」
勝手に正体不明にされた俺は抗議の声を上げるが。
「そうね。お姉さんでもコウイチの全てを見通すことが出来ないわ」
「ベルフェゴール、笑えない冗談はよせ」
ベルフェゴールもそれに乗っかり、挙句の果てには。
「安心してコウイチ。それでも私はコウイチのことが大好きよ」
フォローになっていそうでなっていないショコラの言葉によって俺はあえなく撃沈した。
「わしから見れば亜人を撲滅するにしろ、平等な世界を作るにしろ、それらを達成できるのはコウイチ殿しかおらんと踏んでおる」
ドラクロワの聞き逃せない言葉に全員が固い表情を作る。
「ドラクロワ卿、それはどういう意味じゃ?」
皆の疑問に代表してマルスが尋ねるとドラクロワはゆったりとした口調で語り始める。
「コウイチ殿は過去において前例のない存在じゃ。それに直接会ってみて分かったが、コウイチ殿は善にしろ悪にしろ何かを信じさせる不思議な魅力を持っておる。ゆえにコウイチ殿ならもしかすると亜人撲滅を達成するかもしれんし、逆に全ての人種が平等な世界を作るかもしれん」
「……それは買い被り過ぎではないか? 」
俺は辛うじてそう言葉を紡ぐが、ドラクロワは首を振る。
「言葉通りよ。一瞬しか生きられぬそなた達から見れば帝国のダグラスが最大最強の人物だと捉えておるが、悠久の時を生きたわしから見れば帝国よりももっと強大な国家があり、ダグラスよりも優れた王が亜人撲滅を掲げていたにも関わらず、亜人撲滅を成し遂げることは不可能じゃった」
「つまりダグラスの野望はとん挫するのね?」
喜色が混じった声音で尋ねるベルフェゴールにドラクロワが1つ頷いて答えようとした瞬間。
「過去は踏み越えるためにある」
息をするのすら苦しんでしまうほど強烈な気を発する人物がドアの向こうから現われた。
「不愉快な予想を立てないでほしいですね」
その人物につき従うのは宰相――バサラ=メルディアス=コンクルード。
情報によると30の後半と聞いているのだが、その顔はどう見ても10代前半であり、中性的な顔立ちと肩まで伸びた黒い髪によって少々勝気な女の子と見間違えてしまいそうである。しかし、その可愛らしい顔立ちの裏で非道な政策を行っていることを考えると愛嬌よりも恐怖の方が際立った。
「全くだ、陛下に不可能など無い」
現れるのは元帥――グエン=ドーダラス=ザックル。
身長はおそらく2mを越えているだろう。そしてその高さに加えて体つきは筋骨隆々であり、自然体でいるにも関わらず力瘤が出来ていた。そして何よりもこのグエンからは猛獣を前にしたような剣呑な雰囲気を放っており、体中から烈火の如く炎が噴き出ている錯覚を味わう。
そして彼らを従える人物。
一見するとベルフェゴールの様な枯れ木の体躯だが、それは無駄な筋肉を落とした結果である。180cmもある身長とのっぺりとした顔。そしてそれら欠点を長所と変えてしまうほど体の内側から何とも言えぬ闇を発していた。
「お前が……」
ショコラが歯噛みするのも分かるだろう。
この目の前の人物こそ全ての元凶。
現在大陸で起こっている騒乱は彼なしで語ることが出来ない。
亜人を憎み、この大陸から亜人の撲滅を掲げた存在。
「我がダグラス=ガルザーク=バルドス。人間の世を誕生させる礎となる者だ」
皇帝――ダグラスは全てを圧倒する覇気の籠った声音でそう宣言した。