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LUCK -9999  作者: シェイフォン
3章 決戦に向けて
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8話 0%と1%との差

今回はマルス回です。

 コウイチ殿の屋敷の食堂に余とベルフェゴールがテーブルを挟み、相対して座っておる。


 本当に此奴の頭の中はどうなっているのであろうか。


 余――マルスはベルフェゴールが持ってきたコウイチ殿特製のアップルパイにフォークを刺しながらそんなことを考える。


「うーん、さすがコウイチちゃんね。お姉さんのほっぺたが落ちそうだわ」


 ベルフェゴールが喜々として舌鼓を打つのも頷ける。


 余も長らく宮廷料理を食してきたが目の前のアップルパイほど余を瞠目させた料理は無かろう。


 外はカリっと中はしっとり、リンゴの酸味とパイの甘さが絶妙に合わさったそれは他の料理と一線を画す。


 そういえば元リーメンダークの専属料理人にこれを食べさせた所、すぐさまコウイチ殿に弟子入りをしたいと志願しておったな。


「あら、渋い顔をしてどうしたのマルスちゃん?」


 何を白々しいことを。


 そなたなら何故余が浮かない顔をしているのか分かっておろう。


「ベルフェゴール……そなたは此度の件に関して何も感じておらんのか?」


 思い起こされるのは先日、ハクア殿の姉であるファラウェン殿が将軍として拝命を受けにきた際のこと。


 余は昔ファラウェン殿と会った時があるが、今の変貌具合に余は愕然としてもうた。


 あの一途で純粋なファラウェン殿が刃の如く鋭き殺意と冷静な狂気に犯された姿を見ると余は何も言えん。


 余でさえこうなのだ。


 実の妹であるハクア殿の悲しみは如何ほどであっただろう。


「余がコウイチ殿の屋敷におればもっと穏便に済ませたものを」


 事の顛末によるとコウイチ殿は話し合いを拒否し、ハクア殿は感情をぶつけたらしい。


 これらの方法は下策も下策。


 もし余なら皆殺しは無理にしても、帝国の兵とそれに与する幹部達の粛清は認めるよう譲歩するな。


 政治というのは妥協点を見極めること。


 1か0かなんてことはありえないのじゃ。


「マルスちゃんは偽善者ね」


 ベルフェゴールはカップを傾けた後笑みを浮かべてそう言い放つ。


「最初、マルスちゃんも私の提案に賛成したでしょう?」


「……あれは!」


 確かにベルフェゴールの言う通り、余は彼女の計画に賛同した。


「言い訳かもしれんが、バーキシアン国の当事者同士で話し合うのが最善だと考えておったし、何かがあろうとも成長したコウイチなら何とかなると思っておったのじゃ」


 会った当時は流されやすい性格じゃと見ておったのだが、最近は心が定まってきよったのか、余がどんなにはぐらかそうとも引っ掛からんかった。


 ゆえに、今のコウイチ殿ならファラウェンの憎悪に心乱されることなく円満に解決できると踏んだのじゃが、結果はご覧のあり様。


 ファラウェン殿は王座を降り、代わって経験も力量も頼りないハクア殿が王となった。


 これからのバーキシアン国の将来を考えると、余は不安で一杯じゃ。


「ふうん、マルスちゃんは肝心なところが甘いのね。臨機応変に対応できることと芯が定まるというのはイコールじゃないのよ」


 ベルフェゴールは冷笑を浮かべながら。


「私から見ればこれは予想できたこと。帝国人を皆殺しにしたいファラウェンの要望に出来るだけ殺しは避けたいコウイチちゃんが承諾するはずがないじゃない」


 まあ、昔のコウイチちゃんなら嫌々ながらも受け入れたと思うけど。


「今回は芯の強さが裏目に出たということか」


 余の苦々しげな呟きにベルフェゴールは満足気に頷く。


「けど、得たものが無いわけじゃない。ファラウェンが将軍となってくれたおかげでエクアリオン共和国は最強の矛を得た」


 ベルフェゴールは言う。


「マルスちゃんも感じたと思うけど、今のファラウェンは憎しみの塊のような存在だわ。そして、そこから発する狂気に当てられた兵は死兵となり、どんな死地でも向かわせることが出来る」


「だが、そこまでする必要があるのか? 別にファラウェン殿でなくとも、狼族のソルト殿なら十分代わりが務まったと思うが」


 ファラウェン殿もだが、ソルト殿もその意味では負けていない。


 事実、ソルト殿は対外部隊として兵を率い、亜人達を弾圧する諸国に兵と共に乗りこみ、苛烈かつ容赦無き攻撃を加えておる。


「うーん、ソルトは少し違うのよね」


 ベルフェゴールは口に加えたフォークを上下に揺らしながら。


「ソルトも憎しみに侵されているけど、それは理性でコントロールされている。いわば加工された狂気よ」


 確かに思い返せばソルト殿は最小限の犠牲で最大の結果が出るよう常に効率を考えていた。


「まあ、それでも狂気は狂気。ソルトなら生還率1%の窮地でも、そこから脱出出来るような作戦を考え、そしてリーダーシップを取ることが出来るわ……けどね」


 ここでベルフェゴールは唇の端を限界にまで吊り上げ、まさしく悪魔の様な容貌を浮かべる。


「ファラウェンは0%でも良いのよ」


 ベルフェゴールは続ける。


「なまじ高潔な魂を持っていた者が堕ちると、世間一般の悪とは比べ物にならない悪となる。慈愛に満ち溢れていたファラウェンだからこそ発する狂気は死の恐怖を軽く上回る……そう、生還率0%であろうとも兵は喜んでその死地へ向かうでしょうね」


 0%と1%。


 僅か1%しか違わないが、その差は何よりも大きい。


 ゆえに歴戦の戦士であるソルト殿を部隊長に留め、畑違いであるファラウェン殿を将軍に抜擢したのであろう。


「ファラウェンを上手く使えば何とか勝利を掴むことが出来る、これでようやく勝ちの目が見えてきたわ」


 ベルフェゴールがアップルパイのお代わりを食べているのを尻目に余は考える。


 ファラウェン殿の加入によってエクアリオン共和国は盤石に近づいたが、代償としてバーキシアン国を不安定に追いやってしもうた。


 まあ、余も王として少なくない数の人間や国を陥れてきたから後悔するなんておこがましいのだが。


 いかんな。


 どうもコウイチ殿と出会ってからは情というのに左右されやすくなってきよる。


 思えば今回もコウイチ殿やハクア殿に任せたのは2人を信じていたからかもしれないな。


 コウイチ殿、そなたは不思議な人間じゃ。


 この悪鬼羅刹の道を歩んできた余にこんな感想を抱かせるとは。


「何他人事だと思っているの?」


 ベルフェゴールの鋭い指摘に余は我に帰る。


「最強の矛は手に入れた。けど、これだけじゃ不十分なのよ。だから――」


「ふざけるな!」


 ベルフェゴールの言葉に余は反射的に叫んでしまう。


 一体此奴は何者であろうか。


 余より長くコウイチ殿と接しているはずなのにベルフェゴールからは血も涙も感じられん。


 そんな余の心情をくみ取ったのかいないのか、ベルフェゴールはもう一度同じ言葉を紡いだ。


「聞こえなかったのかしら。じゃあ、もう一度言うわ。次は最強の楯を手に入れる。だからマルスちゃん、自分が亜人とのクオーターであることを正式に表明しなさい」

次回もマルス回です。


……最近主人公のコウイチが全然登場しねえ。

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