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LUCK -9999  作者: シェイフォン
3章 決戦に向けて
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7話 ハルモニア王の誕生

ようやくハクア回の最終回。

ふう、長かった。

「ありがとうハルモニア」


 硬直して何も話せない私を知ってか知らずかお姉様は言葉を紡ぎます。


「確かにハルモニアの言葉通り、今の私は王として相応しくないわ」


 どうしてでしょう、お姉様は昔と同じような優しさに満ちた笑みを浮かべています。


「……なら、もう一度やり直せばいいじゃないですか。私はお姉様こそバーキシアンの民を率いるに相応しい者だと思います」


 私は無理矢理口を開いてお姉様の翻意を促そうとしますが、お姉様はソッと首を振り。


「いいえ、ハルモニア。もう私は民を守ることはできない。私はすでに帝国のことを考えると心を平静に保つことが出来ず、滅ぼすことしか考えられない」


 お姉様が自分の胸のあたりを押さえてぎゅっと握りしめる動作からその苦悩が見て取れます。


「もう私は穢れてしまった。零れた水は永遠に元の器に還らないように、私は昔の自分に戻ることがもう出来ないのよ」


 そしてお姉様は床に膝をついて跪き、私に向かって頭を垂れて口上を述べ始めました。


「私――ファラウェン=バーキシアン=ランカローは王の位をハルモニア=バーキシアン=ランカローへ譲位します。そしてミドルネームをこの場で捨てることを宣言します」


「そんなっ!」


 お姉様がミドルネームを返上するという旨を聞いて咄嗟に声を上げてしまいます。ミドルネームを捨てるということは実質勘当処分であり、王家など名誉ある家にとっては死刑よりも重い罰です。


「……これでハルモニアはバーキシアン国の王よ」


 お姉様は頭を上げ、柔らかい笑みを浮かべて言葉を紡ぎます。


「これが姉としての最後の言葉になるわ。ハルモニア、あなたは十分に成長した。引っ込み思案でいつも私の後ろに隠れていた頃から想像もつかないぐらいよ」


「そんな! 私は王様になんかなりたくありません! 私には無理です!」


 私はそう必死に叫びますが、お姉様の瞳は微塵にも揺らぎません。


「いいえ、あなたが私の魔法を止め、自分が王になると宣言した時のあなたは確かに王だったわ。その時に発した強き意志が私を正気に戻してくれた。これは私だけでなく近衛である2人もそうよ」


 お姉様の言葉にホークとイーグルがその通りとばかりに跪きます。


「さようなら、ハルモニア。私の可愛い妹。そして出来るなら私のような愚かな姉にならないで」


 その言葉と同時にお姉様は踵を返してこの場を去っていこうとします。


 おそらくお姉様はこれからバーキシアン国の民のもとへ向かい、私に従うようにと最後の命令を下すつもりでしょう。そして自分は1人でこれから帝国の復讐のために動くと。


「お姉様! 待ってください!」


 私がいくら呼びかけようとお姉様はこちらを振り向くことがないことからその予想は確信へと変わります。


 このままお姉様を見逃すと次はもう生きて会うことができないと分かっているのですが、死地へと向かうお姉様を引き留める良い言葉が思いつきません。


「あ……」


 ここでベルフェゴールさんが最悪の事態になった場合を想定してある策を授けてくれたことを思い出します。


「けど……」


 私が苦悩するのは、確かにその策はお姉様を引き留めることは出来るのですが、代償として心の距離はもう修復不可能になってしまうからです。


 それを使っていいのかと私は逡巡しましたが、結局はこれしか無いのだと思い知ります。


 生きてさえいればいつかは元に戻ってくれる。


 私はその可能性にかけてみることにしました。


「待ちなさい、ファラウェン」


 私は冷徹な声音を使ってお姉様を呼び止めます。


「何でございましょうか、ハルモニア様」


 お姉様は先程私に向けていた柔和な笑みとは程遠い、何か数字を見るような瞳で私に問いかけます。


「ああ……」


 私は予想通りの結果にため息を漏らします。


 お姉様は立ち止まり振り返ってくれましたがこの瞬間、私とお姉様の関係は決定的にずれてしまったのです。


 そう、姉と妹という血の繋がった暖かい関係から王と国民という一方的かつ冷徹な関係へと。


 私はその事実に泣きたくなってしまいましたが、今は悲しむべきところではありません。言わねばならないことがあるのです。


「ファラウェン、そなたを将軍として任命したい」


「お気持ちは嬉しいのですが、私は誰からの命令も従いたくありません。目の前に憎き帝国兵がいるのに待機という真似は御免です」


「我慢せず、気の向くままに帝国兵を殺して良いというならどうする?」


「どういうことでしょうか?」


 首を傾げる様子からお姉様が興味を持たれたようですので続けて。


「そなたには『屍』と呼ぶ部隊を率いてもらいたい。構成人員は愛する者を殺された人物――復讐しか考えられなくなった悲しき者」


「へえ……」


 その言葉に理解したのかお姉様は愉快気に唇を歪めます。


「私と同種類の者の隊長になればいいのね」


 お姉様は唇に手を当てて何事かをブツブツと呟いていましたが、すぐに納得いったように1つ頷いて。


「それなら私は喜んで将軍の任命を引き受けます」


 お姉様が喜ぶ様子に私は心が引き裂かれるような痛みを覚えますが、話は終わっていません。


 私は最後に残っているありったけの力を振り絞りました。


「なら、ベルフェゴールの元へ向かって下さい。彼女から部隊について詳しい説明を聞いてほしい」


「謹んで拝命を受けます。バーキシアンの王よ」


 お姉様は胸に手を当てて恭しく礼をしました。




「アロウ……私、王様になっちゃったよ」


 お姉様とその側近2人が退出し、アロウの2人だけになると私は震える声音で呟きました。


「ああ、知っている」


 アロウは私の隣に立ち、言葉少なくそう相槌を打ってくれます。


「お前は王となった。これからは俺を含め、バーキシアン国の民を率いていかなければならないな」


 アロウの言葉で私はこの身に降りかかる責任の重さに押し潰されそうになります。


 こんな私が王。


 お姉様に能力も経験もはるかに及ばない私が王。


 最も苦しい時に手を差し出さず、この屋敷でぬくぬくと過ごしてきた私が王。


「やっぱり国民に挨拶しなければならないのかな?」


 果たしてバーキシアンの民は私を王として認めてくれるでしょうか。


 不安で胸が張り裂けそうです。


「……ハクア」


 そんなことを考えているとアロウが私を前から抱き締めてくれました。


「アロ――」


「お兄ちゃんだ」


 私は思わずアロウと口ずさもうとすると、アロウがそう訂正します。


「ハクア、俺はお前の兄ちゃんだ。だから俺はどんな時でもハクアの味方だ。例え誰もが認めてくれなくとも、国民から石を投げ付けられようとも俺はハクアを認め、降りかかってくる災いからお前を守り切ってやる」


「お兄ちゃん……」


 いつの間にアロウはこんなに大きくなったのでしょうか。


 始めはなりゆきで兄妹を演じていたはずなのに、今では抱擁されているとお姉様と一緒にいるような安らぎを覚えます。


「お兄ちゃん、私に王なんて務まるかな」


「務まるさ、何せ俺の妹だぜ」


 私の呟きにアロウは力強く返してくれます。


「お兄ちゃん、私はお姉様より弱いんだよ」


「お姉さんと比べる必要はない。ハクアはハクアだ、国民を守りたいという思いが強ければ問題ない」


 アロウは私を抱き締める両腕に力を込めてきます。


「お兄ちゃん、国民は私を認めてくれるかな」


「認めるさ。例え認めない奴がいても俺が無理矢理にでも認めさせてやる」


「アハハ、無茶苦茶だね」


「そうかもな」


 アロウの言葉に私は笑い、そしてその笑顔につられてアロウも笑みを浮かべました。


「お兄ちゃん、ずっと一緒にいてくれる?」


 しばらくお互いの顔を見つめて笑い合っていましたが、私は聞かなければならないことがあるので、真剣な表情でそう尋ねます。


 これまでの経験からアロウは首を横に振らないと分かっていましたが、やはり聞いておかないと不安なのです。


 その問いにアロウは一瞬戸惑ったものの、これまでで一番強く抱きしめて私の首に顔をうずめながら。


「当り前だ! 俺は絶対にお前から離れたりはしない!」


「……っ!」


 そう心魂に突き刺さる言葉を聞いた私は心の奥底で何かが震えました。


 それを何て表現して良いのか私には分かりません。


 しかし、その心の底から発する感情は私の理性を吹き飛ばしました。


 そして私はその衝動のままアロウを抱きしめ返して。


「お兄ちゃん! ずっと一緒にいて! どんな時でも離れないで! ずっと! ずっと一緒だよ!」


「ああ! 分かっている! 俺とハクアはずっと一緒にいる! 永遠にだ!」


「絶対! 絶対だよ!」


「ああ! その通りだ!」


 私とアロウはしばらく指先が白くなるほど力を込めて抱き合い、お互い言葉にならない何かを叫び合っていました。



水を差すようで申し訳ないのですが、この時点でアロウは11歳、ハクアは10歳です。

……マセガキの2人ですね。

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