6話 決別
「いい、ハクア。魔法を行使するために精霊を従える方法は2つあるの」
過去にルクセンタールさんが教えてくれた言葉を思い出します。
「1つは精霊の糧となる魔力量。簡単に言えば強い魔法を行使したければたくさんのご飯を用意しろというわけ」
ルクセンタールさんは滔々とそんな言葉を紡いだ後、ニコリと微笑みながら。
「ハクアにはあまり意味のない話ね。魔力量というのは生まれた時点で決まっているから、努力でどうにかなるものじゃないのよ」
じゃあ何でそんな話をするのですか。
私の無言の抗議が伝わったのかルクセンタールさんは困った笑みを浮かべます。
「ごめんなさい。ここからが本番よ、精霊を操るには魔力量の他に魔力の質というもの関係しているの。言うなれば料理の質ね。同じ材料を使っていてもアロウが作った料理とコウイチさんが作った料理は天と地ほども違うでしょう。そして、これは本人の努力次第で何とかなる。己の意志が強靭なほど、精霊は強い力を行使できるわ」
生まれ持った魔力量はどうにもならないけれど、後天的に身に付く魔力の質は上げることが出来る。
そう聞いた私はルクセンタールさんとベルフェゴールさんの指導のもと、魔力や感情のコントロールを教わりました。2人の教え方が上手かったのか私はすぐに上達し、技術の極みとされる回復魔法さえ操れるほど私は強くなりました。
そして今――
「……ありえない」
その努力が実り、最強と評されていたお姉様が殺気を込めて放った魔法を私は打ち消すことが出来ました。
「お姉様、2つ、3つほど伺ってよろしいでしょうか」
私は掲げていた手を下ろしてお姉様に問います。
「まずは1つ。お姉様は心の底から帝国の臣民を憎んでいるのですか?」
その問いにお姉さまはまだ呆気に取られながらも頷きます。
「2つ目。お姉様はついて来てくれた民も同じことを望んでいるとお考えですか?」
それもまた頷いてきましたが。
「最後です。お姉様は帝国の臣民の皆殺しにした後、どう民を率いていくおつもりですか?」
最後のこの問いにお姉さまは詰まり、視線を左右に動かしながら考えていましたが納得できる答えが出なかったようです。
「そうですか……」
私はここで目を瞑ります。
すると思い起こされるのはお姉様と共に過ごした日々。
お姉様は立派な君主になろうと日夜勉強し、どれだけ疲れてもそれを表情に出すことはありませんでした。
私は水面上は優雅に泳ぎながらも水面下では必死の努力を続けているお姉様を尊敬し、そのお姉様が国王となった暁には絶対に素晴らしい国になるだろうと思っていました。
「お姉様。いえ、ファラウェン=バーキシアン=ランカロー。貴殿は民を守る国王として不適格です。よって、貴殿を王の地位を剥奪し、代わりに私がバーキシアン国の民を率います」
「「「「「……」」」」」
その言葉が予想外だったのでしょう。私以外の全員が呆気に取られて目を点にしていました。
「何を言い出すかと思ったら」
一番先に我に帰ったのはお姉様です。
「こんな屋敷でぬくぬくしていたハルモニアが私の代わりに王を名乗る? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの認められるわ――」
「ファラウェンはバーキシアンの民を滅亡へ追いやろうとしています」
私は舌鋒鋭く続けて。
「王の役目は民を守ること。復讐に取りつかれ、民を危険に晒すような真似をするファラウェンの態度はとても王としての役目を果たせると思いません」
お姉様を呼び捨てにするたびに私の心は軋みますが、それを無理矢理抑えつけます。
「確かに民は血を望んでいるかもしれません。しかし、それを叶えるわけにはいかないのです。王は一時の感情に身を任せるのではなく、例え全ての民が反対しても選ばなければならない時があるのです」
そう、私達亜人は圧倒的数を誇る人間と付き合っていかなければならないのです。
ここで皆殺しを選択し、悪戯に禍根を増やすような真似など王として認めるわけにはいかないんです。
「ファラウェン、貴殿も理解できているでしょう。ある国の人間を皆殺しにすることは民を滅亡へと追いやる危険性があることを」
「……っ!」
そこでお姉様が唇を噛み締めたのを見て私はお姉様がまだ判断できる心が残っていたことを知れて嬉しく思いました。
「ファラウェン、最後通牒です。ここで帝国の人間の皆殺しを止めることを宣言しなさい。さもなくば私が王として君臨します」
5分、6分としばしの時が過ぎた後、お姉様が瞳に侮蔑の色を浮かべ嘲るような口調で。
「はっ……ハルモニア。大事なことを忘れていない? いくらハルモニアが王と宣言したところでバーキシアンの民達は認めないと思うわ」
確かにこれまでの王はお姉様でしたので、民は戸惑うかと思います、しかし。
「エクアリオン共和国は私をバーキシアン国の王として認めるでしょう。そして、私に付いた国民に限り安住の地を用意すると約束すれば、どうなるのでしょうね?」
私にとって最大のアドバンテージはエクアリオン共和国の中枢と繋がっていることです。その人脈を使えばお姉様より私をバーキシアン国の王として認めることは容易なことです。
痛いぐらいの沈黙が漂う中、お姉様の表情が目まぐるしく変化します。
聡明なお姉様ですから、その頭脳をフル回転させてどうすればこの窮地を抜け出せるのかを必死に考えているようです。
けれど、私は妙案など出ないと確信しています。
色々理由はありますが、一番の理由は姉さんがまだ民のことを想っているからです。
民のことを想うがゆえに迷う、何か良い方法はないか考える。
後一押し。
もう少しで昔の優しいお姉様に戻ってくれるでしょう。
「……分かったわ」
しばらく経った後、お姉様は静かに呟きました。
「それでは」
私は知らず笑顔が出てきます。
私の中ではお姉様こそが王として相応しく、憎しみから解き放たれれば慈愛に満ちたお姉様が戻ってくる。ベルフェゴールさんが予想した最悪の事態を避けられたと思いましたが、次から出た言葉に私は口に手を当てました。
「いえ、ハルモニア。あなたが王になりなさい。そして私は1人で良い、1人で帝国に復讐する」
お姉様の言葉に迷いはなく、むしろ何かから解き放たれたかのように晴れ晴れとした表情が印象的でした。
スマートとは程遠い泥臭い内容ですが、納得して頂けると幸いです。