1話 宣誓
祭りが終わってから1週間は怒涛のように忙しく、俺はベルフェゴールと共にまだ街中が浮かれ気分になっているのを尻目に新体制の組織作りに忙殺されていたのを覚えている。
「何かあっという間だったな」
ようやく一山を越えたので、俺は会議室にある椅子に腰かけながらそうぼやく。
「予想はしていたが諸国から使者に見せかけた刺客が多いこと多いこと」
「仕方ないじゃない、コウイチは亜人王なのだから」
ベルフェゴールは何の慰めにもなっていない言葉を贈る。
確かに俺は人間の国を奪い、亜人達を解放した大罪人なのだがもう少し友好的であっても良いじゃないかと思う。
贈り物に毒が入っていることはもちろんのこと、中には亜人の刺客を送り込んで俺を亡き者にしようと画策した国もあった。
このことから諸国はエクアリオンと良好な関係を作ろうとは考えていないらしい。
それどころか人員も物の流れも止めたので、「自国が落ち着いたらすぐに滅ぼしてやる」という意図が露骨に表れていた。
「このままだとすぐに干上がってしまうな」
貿易が止められたのが相当痛く、終戦直後なのも相まって物価が高騰している。
この状態が続けば遠からずエクアリオンは崩壊してしまう懸念があるのだが。
「なあに、大丈夫よ」
ベルフェゴールは自信満々にそう告げる。
「諸国の王達はこの事態を対岸の火事としか見なしていなく、自分の立場の危うさに気づいていない……さて、2、3か月後にどれだけの国が大陸に残っているでしょうね」
すでに時は動き出した。
国の底辺で燻っていた亜人達が立ち上がり、武器を手に取りだしているこの革命はまさしくイースペリア大陸に残る大きな転換点となるだろう。
「少なくともしばらくは流れてきた亜人の保護と内政の充実。幸いにもコウイチは人間だから元リーメンダークの国民からの反発も少なかったし」
ベルフェゴールが攫った子供達はカテナ領主が軍を差し向けた時点ですでに帰してあり、さらにお詫びとして大人1人が1カ月遊んで暮らせるほどのお金を持たせていたのでウェスパニアの住民による反発は比較的落ち着いていた。
「マルスの手腕は凄いな」
「でしょ? さすが私が目を付けただけの事はあるわ」
あのベルフェゴールが認めただけあってマルスの活躍は目を見張るものがあった。
普通なら全国民が反旗を翻してもおかしくなかったのに、ベルフェゴールの情報とマルスの知恵が合わさり、ほとんど混乱もなくエクアリオンを纏めることが出来た、が。
「俺はあいつを使いこなせる自信が無いぞ」
マルスは相当切れるので下手すればこちらの寝首を掻かれてしまうかもしれない。
現時点でさえマルスと話していると終始向こうにペースを握られ、何が何だか分からない内に会話が次へと移っている。
これらが私的な内容だからいいものの、もし重要な公的内容であったならば俺はこの国から追い出されていても不思議ではなかった。
「なあに、大丈夫よ」
俺の懸念をベルフェゴールは鼻で笑う。
「あの子は捻くれ者だから、そうしておちょくることによってコウイチを鍛えているの」
「そうなのか?」
俺が首を傾げると。
「そうよ、誰が倒すべき敵にわざわざ手の内を見せる必要がある? 言っておくけどマルスは敵や無能な輩と話す際は必要最小限の言葉で終わらせるのよ」
どうやら俺はマルスから期待されているらしい。
「良い機会だからマルスと話して訓練しなさい。あの子にペースを乱されず、対等に話し合えるようになれば大抵の輩の腹芸は看破できる様になるわよ」
「なるほどな」
ベルフェゴールの指摘も最もだ。
マルスと話すことを1つの訓練として捉えれば気分が楽になる。
と、ここで1つ気になったことが頭に浮かんだので聞いてみることにする。
「そういえばベルフェゴールは俺の話術を鍛えようとしないのか?」
人を惑わすプロフェッショナルであるベルフェゴールはマルスなど足元にも及ばないだろう。
なので俺はベルフェゴールからも教えて欲しいと願うと。
「うーん……コウイチはまだ私が教えるレベルに達していないわね」
首を傾げ、困ったように微笑むベルフェゴールは続けて。
「子供に学者の論説を聞かせたところで全然理解できないでしょ。だからまずはマルスの誘いに乗らず、論破出来たら考えても良いわ」
「まあ、仕方ないか」
先日のマルスとベルフェゴールとの対決に俺は聞くだけで精一杯だった。ベルフェゴールから教えを乞おうとするならば、最低あの時の両者の心境を理解できる必要があるだろう。
「本場の魔族による話術を是非とも知りたいな」
「出来るものならやってみなさい。マルスという鉄壁を打ち崩すのは容易なことでないわよ」
「あらら、そうかい……ちょっと自信をなくすな」
すぐに越えられないことは気付いていたが、直接口に出されるとそれはまたヘコム。
そんな様子の俺を見かねたのかベルフェゴールは口を開いて。
「でもね、コウイチには話術など必要ないわ。何故ならあなたには人を信じさせ、何かをさせたいと思わせる何かを持っているのよ」
ベルフェゴールが嬉しいことを言ってくれたので俺は唇を綻ばせながら。
「お世辞でも嬉しい、ありがとう」
そう述べると何故かベルフェゴールは眉間にしわを寄せながら。
「お世辞じゃないわ。現にショコラやソルト、そしてマルスなど一癖も二癖もある人物があなたの元へ集まっている。彼らは常に雇い主の喉元を何時食い千切ろうか虎視眈々と狙っている獣よ。けど、あなたには不思議とその気配が無い。これは本当に得難い貴重な才能よ」
「そうなのか?」
俺にそんな才能があったのか。
しかし、全く実感できんな。
そういった俺の思考を読んだのかベルフェゴールはため息を吐きながら。
「……まあ、人っていうのは己の長所に気付きにくいものだから仕方ないわね。けど、これだけは言っておくわ。もしこのエクアリオン共和国の議長がコウイチでなければ多くの種族が住んでいるこの国は瞬く間に崩壊するわよ。あなたが有能な人物を惹きつける何かを持っているからこそこの国は保っているということを知りなさい」
ベルフェゴールはその言葉を最後に会議室を出ていく。
取り残された俺は頬杖をついて。
「もしかしてあれかな」
俺は小、中、高と児童会長または生徒会長を務めていたが、今振り返って考えるとそれは一般の常識からすればかなりかけ離れていることに気付く。
俺は死んだことによって皆を悲しませた罪によって賽の河原の刑に処されそうになったのだが、言い換えればそれだけ俺の死を悲しんでいたのかもしれない。
そして俺はここに来た最初の頃の記憶を思い返す。
確か最初のLUCKは-9999だった。
俺はあれが最低だと考えていたのだが、今回の戦争で5ケタも6ケタもLUCKがマイナスとなった。
人に損害を与えた LUCK-1
それを置き換えると。
人を悲しませた LUCK-1
つまり俺が死んだことによって9999人もの人間を悲しませたことになる。
が、俺は17年の人生において約1万人もの人に出会ったことが無い。
「ん?」
ここで何故か上から1枚の紙が落ちてきた。
「……っ!」
その1枚の紙の冒頭を読んだだけで俺は眩暈を起こすほどの衝撃を受けた。
『もしお前が生きていれば救ったであろう人も含めた数が9999人だ』
不意に景色が滲む。
「ごめんな……みんな」
家族、友人、生徒会役員、近所の人達の顔が思い浮かんでは消えていく。
「本当にごめん」
俺は何てことをしてしまったのだろう。
あの時、もっと周りを注意していれば車にひかれず死ぬことも無かった。
そして俺が死ななければこの先多くの人々を悲しませることは無かった。
やり直したい。
あの時に戻りたいと心底願うがそれは叶わないことは分かり切っていた。
「なあ、俺はどうすれば良い?」
俺はそんなことを呟きながら紙をめくると、下の方にたった一言だけ書かれてある。
『ここでやるべき務めを果たせ』
「……これが今の俺に出来る唯一の贖罪か」
その紙はまた発火し、跡形もなく灰へと変わっていくの見つめながら俺はそう呟く。
そして俺は立ち上がり、日本にいる皆に届けとばかりに声を枯らすほど大きな声で宣言した。
「俺のやるべきことは決まった! この大陸に真の平和を齎す! 私は私だと! 誰もが胸を張って言える時を俺は作り出してみせる!」
現在LUCK -5609
この先ダグラスとやり合うためには現在のコウイチじゃ無理なので裏設定を引っ張ってきました。
これぐらい発破をかければコウイチも強くなってくれるでしょうという作者の期待があります。