10話 休憩
リーメンダークの王――マルス陛下が亜人解放軍に降伏を表明す。
この表明によってリーメンダークという国は事実上滅び、新たにこのコルギドールが王都としての機能を持つことになり、新たな国――エクアリオン共和国がリーメンダーク国の代わりにこのイースペリア大陸に姿を現した。
そして、建国祝いとしてコルギドールは昨日から1週間街を挙げてのお祭りが行われている。
俺は外に出られないから分からないが、伝え聞いたところによると全員が歓喜の表情で誰構わず肩を組んで歌を歌っている状況らしい。
それは周りを塀で囲まれた屋敷の中でさえ漏れ聞こえることから如何に亜人達がこの時を待ち侘びていたのかがわかるだろう。
「……ただいま」
「お兄ちゃん、お菓子を落とさないでね」
「なら少しは手伝ってくれよハクア」
ハクアとアロウがその言葉と共に食堂へ入って来た。
「おかえり、街の様子はどうだった?」
ショコラの言葉にハクアは興奮しながら。
「とても凄かったよ。どこもかしこもお祭り騒ぎ、見てこれを。ただ見て回るだけでこんなにもたくさんもらっちゃった」
ハクアが指をさす方向には顔を真っ赤にしたアロウが両腕に多数の袋を吊り下げまたは抱えており、その袋のどれもが一杯になっていた
「それは凄い、この分だと今日のおやつはそれで良いかな?」
アロウが渾身の力を込めて袋をテーブルの上に置いたので、袋の中からクッキーやらマフィンやらが大量に散らばったのを見た俺はそう提案するのだが。
「それは駄目だよ」
ハクアが自由になった両手でバツを作る。
「そうだぞ、俺達がつまみ食いせずに全て持って来たのはコウイチが作るおやつのためなんだぞ」
「うん、お兄ちゃんの言う通り。これらのお菓子も魅力的だけど、食べちゃったらコウイチさんが作るおやつが美味しくなくなるからね」
嬉しいことを言ってくれる。
子供組である2人の言葉に俺は唇を綻ばせてしまった。
「しかし、実際問題としてその大量のお菓子はどうする?」
持ってきたお菓子の中には日持ちがしないので、すぐに食べる必要がある類も幾つかあったから俺は懸念を示すと。
「安心してコウイチ。これらのお菓子は私が責任もって処分するから」
ショコラが素敵な笑顔で宣言した。
「……太るぞ」
これらの大量のお菓子を食べてしまうと、健康に影響が出そうだったので俺はあえて失礼な言葉でショコラを諌めようとしたのだが。
「大丈夫よ、私っていくら食べても太らない体質だから」
確かにショコラは飢餓状態で屋敷に来た時から一向に体型が変化していない。
そういえばよくショコラと共に屋敷管理をしているルクセンタールはショコラが羨ましいと呟いていたな。
ハクアもショコラを羨望の眼差しで見つめていた気がする。
太らない体質というのは女性にとって憧れの体質なのかもしれないな。
満面の笑みで袋を保管室へしまいに向かうショコラを眺めながら俺はそんなことを考えた。
「しかし、あれは全てショコラ殿の菓子と言っても過言ではないと考える」
ギアウッドの言葉にベルフェゴールは頷きながら。
「そうね、今回の戦いにおいて表の主役はショコラよ」
確かにショコラは敵軍大将を討ち取り、マルスを誘拐し、挙句の果てには暴走した軍がデザイア率いる部隊に危害を加えることを阻止している。
すでにエクアリオンどころか大陸中でショコラを知らぬ者はいないと言わしめるぐらいの活躍をしていた。
なので散り散りに散らばっていた狼族の生き残りがエクアリオンに集まり、ショコラを狼族の長として立てようかという意見も寄せられたが、ショコラはそれを蹴った。
ショコラ曰く、私はすでに居場所を見つけたから。
ショコラはそれで良いのかもしれないが、狼族からすれば死活問題のため長老まで入って説得に入ったにも拘らずショコラは頷かなかった。
そのまま膠着状態に陥りかけたのだが、ソルトが妥協案を示したので何とかそれで落ち着いた。
ベルフェゴールはそれに難色を示したが、俺がベルフェゴールもマルスを高い位置に付けようとしている事実を突き付けると渋々ながらも同調したのが印象的だった。
「平等に見せかけたかったのだけど、仕方ないわ。コウイチが議長でショコラが名代の副議長なら私も納得する」
ベルフェゴールが苦々しげにそう呟いていたのを覚えている。
エクアリオン共和国の初代議長は俺なのだが、俺はここから出られないので代わりとしてショコラが俺と同等の権力を振舞える名代へと就任した。
議長といっても実際は王なのだが、共和国という体裁を取っているため王だとおかしいので議長になっている……ややこしい。
「ショコラ姉ちゃんが亜人王となったコウイチの名代か」
アロウが感慨深げに呟くとハクアが困ったようにはにかんで。
「私達にとっては甘い物が大好きな面倒見の良いお姉ちゃんなのにねえ」
「まあ、確かに普段の態度からだと、とても名代とは思えないからな」
屋敷でのショコラはと言うと。ベルフェゴールにちょっかいをかけ、屋敷の掃除の合間に労働者を指導している姿しか見えないから仕方ないだろう。
……俺は見たことが無いから何とも言えんが、ソルトからの伝聞によるとあの状態のショコラは鬼神、または死神の生まれ変わりのようらしい。
「飢餓状態とはいえ、ショコラに襲いかかられた経験がある俺は少し共感できる」
あれは何度も体験したくない出来事だと俺は思う。
焦点の合っていない瞳と狂気を発散しているにも拘らず行動だけは正確に急所を狙ってくる様は今思い出しても寒気がする。
しかも今回は体調が万全だったから隙も無かっただろう。
ショコラにして見れば敵など案山子同然だな。
と、ここで俺はルクセンタールとギアウッドの2人に向き合う。
「2人ともありがとう、おかげで何とか勝利することが出来た」
ルクセンタールは身重にも拘らず霧を発生させてくれたおかげで敵を惑わして足止めさせ、ギアウッドの力によって土壁や石の迷路といった陣を構築することが出来た。
2人の協力が無ければ今の状況は無いので、俺は心から頭を下げるのだが。
「気にしなくても良いですよコウイチさん」
ルクセンタールは何でもないとばかりに柔らかく微笑み。
「左様。拙者らは当然のことをしたまで」
ギアウッドは重々しく頷いた。
2人は何でも無いように振る舞っているが、陰で相当苦労していたとベルフェゴールから聞いている。
なのに何故俺達の前でこのような泰然とした態度を取るのかというとベルフェゴール曰く、坊や達に心配されたくないらしい。
「私達神人は100歳で一人前と認められるのよ。その半分も生きていないあなた達ひよっ子から気にかけられるのはごめんだわ」
どうやらベルフェゴールを含めた神人3人は俺達のことを子供としてみているらしい。
その事実に少しへこんだのは内緒だな。
「お待ちどうさま」
俺が思案に浸っているとそんな元気な声と共に大きなロールケーキを抱えたショコラが戻ってくる。
生クリームにココアパウダーを混ぜたそれは絶妙な甘さ加減なので主に男性陣からの受けが良い。
「さてさて、食べるわよ」
ショコラがいつも通りにロールケーキを勝手に切り分け、またも1/10を俺やルクセンタール達に回してくる。
ここでいつも文句を言うのだが、今日ぐらい良いだろう。
これまでの戦に対する褒美として考えれば安いものだ。
「どうぞ、紅茶です」
ルクセンタールが気を利かし、紅茶を皆に配る。
「皆、ささやかだが俺からの祝いだ。丹精込めて作ったので美味しいと言ってもらえれば幸いかな」
「コウイチが作ったお菓子に不味いものはないわよ」
俺の言葉にショコラがそう返すことで食堂に笑いが広がる。
「さて……いただきます」
俺がそう合図を取ると。
「「「「「「いただきます」」」」」」
皆が揃って合掌した。
人を救った +1×20万
人に損害を与えた -10×1万
国を滅ぼした -100万
国を造った +100万
内乱日数 -100×20日
現在LUCK -5609
これで第2章は終わりです。
どうもありがとうございました。