9話 滅ぼす者、滅ぼされる者
コウイチが空気!
「断る理由でも聞こうかしら」
机を挟んで座ったベルフェゴールはまずそう聞いたので、マルスは鼻を鳴らしながら。
「決まっておる。余は一国の主じゃ、いったいどこの世界に己が守るべき国を敵に明け渡す王がいよう?」
「ふうん、追い落とされる瀬戸際であってもそう言い張れるのね」
「当然じゃ、何せリーメンダークには余の血縁はいないからのう。いくら貴族が喚こうとも余の地位は安泰じゃ」
マルスはそこまで言い切った後、少し声を潜めて。
「ただ、そなたの指摘も最もじゃ。誰かのおかげで今後しばらく余は身動きも取れず、デザイアを始めとした亜人達も弾圧されるであろうな」
誰かのおかげ。という言葉を強調するマルスにベルフェゴールは笑顔で受け流す。
「安心して、そうはならないわ」
ベルフェゴールの言葉をマルスは鼻で笑って。
「何を根拠に、言っておくが今はそちらが優勢なようじゃが、時が経つにつれて諸国の亜人達による反乱も鎮圧されるであろう。そうなると今度は諸国からの救援によって今度はそっちが窮地に立たされるな」
確かにマルスの言葉通り、この戦いは時間との勝負である。
時間が経つほどに諸国の亜人による反乱が鎮圧されてこの国に支援する余裕が生まれ、自分達は不利に陥るだろう。
が、ここで国を落とせば諸国の亜人達は勢いづき、こちらは盤石の体制になる。
さすがは一国の王。
俺達の状況をよく理解している。
「しかし、そなた達が降伏しても余は一向にメリットがない。なのでこういうのはどうじゃ? 余はこの反乱――、いや、解放軍のトップになればそなた達亜人の立場も向上し、そして余も国を守ることができる。これならば双方ともメリットがあると思うのじゃが」
この提案にベルフェゴールはどう答えるのだろう。
俺的にはその手打ちが望ましいのだが、おそらくベルフェゴールはそれで納得しない。
リーメンダーク国を滅ぼし、俺を王へ立てることがベルフェゴールの予定なのだから。
「いいえ、陛下は他の亜人達と同列――あくまで人間の代表としての地位になってもらうわよ。そして新しく出来る国の王にコウイチが決まっているわ」
「それなら断る」
「陛下はご自身の立場を理解しておいて? 私達がその気になれば解放軍の士気向上のために血祭りの儀式に上がってもらうわよ?」
ベルフェゴール平坦な声音でそう脅すがマルスは全く堪えた様子がなく、むしろ。
「余を見せしめとして公開処刑することに意味はないぞ。処刑される間際になれば余はあらん限りの言葉で亜人を貶め、そして人間を褒め称えるからのう」
と、開き直って見せた。
俺はマルスの言葉に舌を巻く。
それをやられるとこちらは終わりだな。
マルスの目論見通りことが進んでしまえば、マルスは英雄となって殺せなくなる。
マルスの壮絶な死様によって奮起した民を抑えることは至難の業に近く、結果的にこちらは負けるだろう。
さて、ベルフェゴールはどう返すのだろうか。
俺はベルフェゴールに視線向けると、驚くべきことに表情1つすら変えていない。
「素晴らしいわ」
ベルフェゴールは感嘆の声を上げる。
「僅か25年も生きていない陛下がここまで考え、行動できる胆力は称賛するしかないわね」
「うむ、苦しゅうないぞ」
確か『苦しゅうない』の意味は差し支えないであり、用法としては間違っている気がするのだが、マルスもベルフェゴールも全く気にしていなかった。
「始めは陛下を数ある種族の代表の1人という位置付けにしようとしたけど、これだけ能力があるのなら役不足ね。もっと高い地位につけるわ」
「ハッハッハ、どうやらベルフェゴールは妄想が大好きなようだな」
ここで笑えるマルスは大した人物だろう。
俺を含めた屋敷の住人さえこのベルフェゴールの陶酔は気色悪がってしまうのだが。
「さて、陛下。ここで1つ昔話をしましょう」
「残念じゃが余は昔話が嫌いじゃ。だから早く余の問いに答えろ」
昔話という言葉に一瞬マルスが強張ったのを俺は見逃さなかった。
「昔々あるところに王様がいました。その国の王様はたくさんの妻がいましたが、王の愛情は半亜人の従者1人に注がれていました」
「ベルフェゴールは耳が遠いようじゃな、余が言った言葉を聞こえんのか?」
マルスが苛立つにも拘らず、ベルフェゴールは楽しそうに続ける。
「やがて王と半亜人の従者との間に1人の子を儲けました。その半亜人と子は公式的にはいない者とされているにも関わらず、王はその子にたっぷりの愛情を注ぎました」
「……止めろ」
「そして幸か不幸か王の跡継ぎはその子しか出来ず、結果的にその子が王となりました」
「止めろというのが聞こえんのか」
「その者は同じ境遇である亜人と半亜人に共感を示し、彼らを助ける政策を次々と実行している王の名はマ――」
「止めろ!!」
堪忍袋の緒が切れたのかマルスは頬を紅潮させ、怒りに顔を歪めながらベルフェゴールの昔話を中止させた。
「何故そなたはその秘密を知っておる? それは国の最重要機密とされ、ごく一握りの者しか知らんはずじゃ!」
その問いにベルフェゴールは澄ました顔で。
「人の口に戸は立てられないわ」
と言葉少なく答えて。
「これで分かったでしょう。この事実を公表すれば陛下を含め、この国はとんでもないことになるわよ」
「……残念じゃが反乱軍の言葉など信じる者は国民にはいまい」
マルスはそう強がるのだが、それが虚勢であることは俺でも分かった。
「そうね、確かに私達が言ったところで誰も信じてくれないでしょう。しかし、陛下を2、3日ほど牢屋に放置しておけば証拠が出るわよ……そう、ネズミの亜人の印である長い髭が生えてくるでしょうね」
マルスはネズミの亜人のクオーター――ベルフェゴールがそう指摘しているにも拘らずマルスから何も反論がないことから、事実なのだろう。
マルスは俯き、唇を噛み締めて震えている。
「そして清潔好きだったのは鼻の鋭い亜人が自分の体臭から正体をばれないようにするため。まあ、それでも狼族エリートのショコラの鼻は誤魔化せなかったようね」
ベルフェゴールはさらに続けて。
「陛下が親亜人派だったのは自分も亜人の血が入っているから。人間を含め、誰だって共感できない事柄には動こうとしないものよ」
そして止めとばかりに。
「陛下の理想は私が受け継ぐわ。人間であろうと亜人であろうと、そして半亜人であろうとその子供達が笑いながら食事している光景を作り上げてみせる」
「……」
息の詰まるような沈黙の中、俺とベルフェゴールはマルスからの返答を待つ。
10分頃過ぎただろうか。
マルスは恐ろしいほどの無表情の顔を上げて。
「……降伏しよう」
俺はその言葉に跳び上がりそうなほど興奮して叫ぼうとするが、マルスの言葉は続いたので辛うじて口を抑える。
「すまぬがベルフェゴールと2人にしてくれ」
俺はベルフェゴールを見ると、了解したとばかりに頷いたので俺は会議室を後にする。
俺が扉を閉めた途端に後ろの会議室から大の大人1人が近くにあった椅子や机を巻き込みながら倒れていく音が響いた。
「お前の! せいで国が!」
この場にとどまり続けるのはマルスとベルフェゴールの2人を侮辱する行為だろう。
マルスは滅ぼされた国の王であり、ベルフェゴールは国を滅ぼした張本人。
2人の心境を想像するしかない俺はただ廊下を歩いた。
後1話でこの章が終わります。
本来ならもっと早く終わる予定だったのですが、だらだらとここまで長引いてしまったことをお許しください。