4話 暗躍
ハーメルンの笛吹き男という逸話がある。
この内容を大まかに述べると、ネズミに困っていた街にハーメルンという笛吹きが現れてネズミを一匹残らず駆除し、また次の年に来たハーメルンは今度は子供達を連れていったという逸話だ。
これを今の状況に置き換えてみよう。
突然ウェスパニアに笛を吹くベルフェゴールが現れて街に住む亜人を一人残らず連れ去り、また次の日に現れたベルフェゴールは今度は子供達を全員コルギドールへと連れていった。
「で……その結果。コルギドールには抗議が殺到したと」
俺は目の前に積まれた抗議の山を見上げながらそんなため息を吐く。
「ベルフェゴール、いくら何でもやり過ぎではないのか?」
2人しかいない中で俺はそうベルフェゴールに愚痴る。
ショコラから大まかな話は聞いた。
ウェスパニアに住む者が謀略を仕掛けてくるので、その先手をベルフェゴールが打つというところまでは知っていたが、ここまでやるとは予想外というのが正直な感想。
「何言っているのよ、ここまでやらないと意味がないわ」
「……確実に軍を差し向けられるぞ」
「それでも良いんじゃない?」
あっさりとベルフェゴールは言い切る。
「いきなり国は動かないでしょうから、まずはこの一帯を治めるカテナ伯爵の軍隊を差し向けるのが妥当ね」
さらに続けて。
「人間は汚れ役を亜人に押し付けているのよ。軍もそう、だから亜人を抑えれば後の人間だけの兵隊はどうってことないわね」
「亜人さえなんとかすれば楽にこちらが勝てると」
俺が確認を取ると。
「その通り、向こうもいやいや服従している亜人が多いからちょっと小細工すれば一発よ」
「また幻術を使うのか?」
「うーん。それが可能ならいいんだけど、数百にも及ぶ亜人に命令を無視させるような強力な幻術をかけるのは無理ね」
「つまり指揮官と亜人を分断させるためにちょっとした細工が必要なわけだな」
「そうね。向こうもそれを狙ってくるのは承知の上だから、相手の予想を上回る何かを仕掛ける必要があるわね」
「それならルクセンタールの出番かな。霧か何かでも起こしてもらって視界不良にでもさせてもらおうか」
向こうはそこらを収める領主なので魔法使いなどを擁していまい。少なくともルクセンタールの魔法の妨害はされないだろう。
「そうなるわね。その隙にショコラ達狼族を人間にぶつければ終わりよ」
人間も魔法が使えるのだが、やはり本場のエルフには適わない。
どれぐらい差があるのかというと、人間がつむじ風を起こすだけの時間があるのならエルフは竜巻を召喚できる。
そのため人間は10人のベテラン魔法使いを揃えてようやくエルフ1人と対峙することができた。
「ルクセンタールが戦場に出るのはこれを最後にしてほしいよな」
強いとは言ってもルクセンタールは身重なわけで万全とは言い難く、下手にストレスを与えれば流産の危険性があるので、戦場に立ってほしくなかった。
「本当にね。お姉さんも良心が痛むわ」
ここで話は戦いの後に移る。
「それにしても、これで勝ったからと言って終わるわけじゃない。領主を倒せば次は国から、国を倒せば今度は周辺諸国から。国はともかく周辺諸国の連合軍を相手に勝てる気がしないのだが」
いくら質でこちらが勝っているとはいえ、量が違う。
たとえ個々が脆弱であろうが、数が膨大なればそれは立派な脅威だ。
「人間は団結してこの大陸を支配したのだろう? ならこの戦をほどほどに勝っておけば、国はともかく周辺諸国は黙っていると思うが」
国にとって重大な脅威ならば、他国からの援助を求めるであろうが勝てるか勝てないかの微妙な線であればそれも躊躇われる。
そうやってこの国の価値を同盟から保護の対象に下がるまで力を削ぎ、そして親亜人派の者を上に立てることによって俺達の地位を確立すべきではないだろうか。
「言っておくけど、この国と友好的な付き合いなんて考えないほうが良いわ。何故なら、私達は子供を誘拐した重罪人なわけだし」
「……本当にお前は余計なことをしてくれたな」
俺がじと目で睨むとベルフェゴールはカラカラと笑いながら。
「だって亜人だけ連れてきて終わっちゃうなら、きっとコウイチはそこで妥協したでしょう? それだと困るからここまでしたのよ」
「何が困るのか訳を聞かせてくれ」
「まず1つはショコラ達狼族の感情。彼らは国を再興するのが目的だから絶対に不満が出るでしょうね……そして」
ベルフェゴールはここで一拍を置く。
「ここで私達が国を乗っ取れば世界が動くのよ」
「その根拠は?」
「私はこの大陸中を見て回っていたのよ。そして亜人達の不満というのは結構限界にまで来ている。こんな時に亜人の集団が人間の国を打ち倒したなんて報が流れてごらんなさい。触発され、あっという間に大陸中に広がるわ」
「だから各国は他の国に構っている暇はなくなると?」
「そうね。私達はその隙にリーメンダークを完全に掌握し、亜人が差別されない国を造る」
なるほど。
機は熟したと。
この差別溢れる世界を壊すのに最適な時が今だと言いたいのだな。
俺は椅子に腰かけて深くため息を吐く。
「一応聞いておくが、もし亜人達が蜂起しなければどうなる?」
「早速他国がこの国に介入し、私達は重罪人と烙印を押されるでしょうね」
「それは大きな賭けだな」
「その代わり、報酬も大きい。もし成功すればあなたの名は歴史に刻まれるわよ」
「亜人達の反乱を促した大悪人か、それとも古の亜人王の復活か」
「そういうことね。どちらに転んでもコウイチの名が残るわよ」
ベルフェゴールは笑いながらそんなことを述べる。
と、ここで俺は1つ気になったことを聞いてみる。
「ベルフェゴール、お前は決して俺の味方ではないな」
その問いかけにベルフェゴールは軽薄な雰囲気を消し、代わりに壮絶な笑みを浮かべた。
「……すまない、忘れてくれ。」
何があろうともう賽は投げられているんだ。これから先ベルフェゴールの協力なしでは国の統治は不可能。
ベルフェゴールの思惑が何であろうと俺に反対できる立場ではないので聞くだけ無駄だった。
が、それでも俺は釘をさしておく。
「ベルフェゴール、言っておくが俺は善行を積み上げなければならないんだ。だから善に反するような行為を行う場合、俺は例えお前の言うことであっても従わないからな」
転生はある。
ゆえに、俺は永く生きようとは思わない。
それが俺の信念に反するのであれば、例え全てを巻き込むことであっても俺は躊躇しない。
「……ご安心を、亜人王」
ベルフェゴールは畏まった表情で膝をついて俺の手の甲を取る。
「今は深い理由を述べることなど出来ませんが、私は人間を弾圧しようとは考えていません。ただ、亜人の子と人間の子、そして神人の子が同じテーブルで笑いながら話し合っている光景を見るためです」
「それはベルフェゴールが抱いていた夢か?」
ベルフェゴールは首を振って。
「いえ。愛する者――ダグラスが実現しようとしていた理想です」
その言葉を最後にベルフェゴールは俺の手の甲に額を付けた。
ありきたりの流れかもしれませんが、それでも受け入れてもらえると嬉しいです。