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LUCK -9999  作者: シェイフォン
第2章 リーメンダーク内戦
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3話 ショコラの過去

「~♪」


 朝、起きた私は普段着のメイド服に袖を通す。


 この振り振りのエプロンやカチューシャを付けることは人間に服従した証として嫌だったけど、案外悪くない、むしろ心が躍る。


 ベルフェゴールから言わせると「あなたも仕えるべき主を見つけたのね」らしいけど冗談じゃない。


 私はまだコウイチを主としては認めていないわよ。


 けど、あいつは人間にしては人間らしくない態度を取るし、作る料理も美味しいし何より近くにいると安心するだけよ。


 それをベルフェゴールからすれば飼い慣らされたと見えるみたい。


 全く、これだから魔族は腹が立つわ。


 全然本質を見ようとしない。


 さて、今日の朝もベルフェゴールに素敵な起こし方でもしてあげましょうかしら。


 私は不敵な笑みを浮かべながら奴がいるであろう図書室へと向かったわ。




「こら! しっかり働きなさい!」


 私が檄を飛ばすのは外で農作業行っている亜人達に対してよ。


 全く、どうして彼らは隙を見てサボろうとするのかしら。


 そんな真似なんて人間だけで十分、誇り高い亜人はそんな真似などしなくて良いのよ。


「ショコラさん、少し厳し過ぎだと思います」


 見るに見かねたハクアがそう忠告してくれるけど、私からすれば砂糖菓子に蜂蜜を掛けるほど甘いと考えているのだけど。


「ショコラ姉ちゃんと皆を一緒にしないでくれよ。姉ちゃんは亜人の中でも別格なんだから」


 どうやら私の動きを皆に求めるのは相当酷の様ね。


 仕方ない、2人に免じて今日はこれぐらいにしておきましょうか。


「さすがハクアちゃんとアロウ君だ。君達は唯一ケルベロスを抑えられる天使だよ」


 何か後ろでとても不穏なささやきが聞こえた気がするけど多分気のせいよね。




「ショコラさん、お疲れ様」


 屋敷の中で一休みをしていると、いつの間にかルクセンタールが私に紅茶を淹れてくれたわ。


「あら、ごめんなさい。気を使わせちゃって」


 ルクセンタールはそろそろ目に見えるほどお腹が出始めているわね。


 この中に新しい命が芽吹いているのを知ると私も気分が暖かくなってくるわ。


「ギアウッドの調子はどうですか?」


 紅茶を口に含んでいるとルクセンタールがそう聞いてくる。


 基本的にギアウッドは外の管理でルクセンタールは中の管理だから触れ合う場面が少ないのよね。


 いくらギアウッドが大丈夫だと言っても、自分では確認できないから不安なんだろう。


 そしてギアウッドも頻繁にルクセンタールの様子を聞いてくるわ。


 全く、本当に2人には妬けるわね。


 私はギアウッドの様子を詳細に伝えると、ルクセンタールは安心した様な笑みを浮かべて自分のお腹を撫でたわ。




 そんなこんなで私は幸せな日々を送っていたわ。


 少なくともコウイチと出会う前のささくれた生活とは無縁でいられた。


 けど、私は気付いていなかった。


 過去は決して消せず、いつまでも自分に付いて回るという事実を。


 その日、私は普段通りサボる輩を容赦なくしごきまわっていた時、アロウから連絡がきた。


 曰く、この手紙をショコラへと渡してほしいと。


 そしてその手紙の内容には私を『銀狼』という過去の呼び名で記されていた。




 そこは森の奥深くの場所だった。


 まだ危険な魔物が徘徊するので未だ人の手が入っていない地。


 そして手紙に書いてあった場所に1人の男が佇んでいた。


 その男は私と同じ犬の亜人なのよ。


「久しぶりだな、銀狼」


「頭領……いえ、ソルト」


 傷だらけの顔面に狂気の光を宿したソルトが低く静かな声音でそう呟いた。


 屋敷の皆に対して私は犬の亜人と紹介しているけど本当は違う。


 私の本当の種族は犬よりも強く、賢く速い狼なのよ。


 少数亜人として数は少ない代わりに個人個人の力量は他の亜人を大きく引き離していた。


 狼の亜人は神人に近い亜人として認識されていたわね。


 そのため、狼族の国の国民はわずか数千人の数しかいなかったけど、人間が治める各国から侵略も受けずに一目置かれていたわ。


 そして国の政策として直営の傭兵団を組織し、それを各国に派遣してお金を稼いでいたわ。


 そして私はその傭兵団の中でも精鋭にあたる『狼月団』のエースとして、そしてソルトはリーダーとして皆を率いてたのよ。


 あの時はあの時で結構楽しかったわね。


 言い方は悪いけれど、戦場で感じる風は私をとても興奮させるのよ。


 強敵とやりあい、命を削り合うあの瞬間は何度経験しても飽きるものではないわね。


 ……まあ、そんな過去など皆には口が裂けても言えないけど。


 が、そんな日々は急に崩れ去った。


 あの亜人に対する差別が特に酷い神聖ガルザーク帝国の皇帝へと就任したダグラスの策謀によって私達の国が滅びたのよ。


 ダグラスは狡猾だった。


 まず帝国の周辺諸国に戦争を起こさせて私達の傭兵団を召集させる。


 そして私達の食料を絶ったり、伏兵やらを仕掛けられ、最終的に帝国の仕業だと判明するまでに傭兵団の5個は潰されたわね。


 まさか傍観を決め込んでいた帝国がそんな真似をするはずがないという先入観も判明を遅らせていたのは否めない。


 とにかく、私達は多くの戦士を失ってしまい、それに乗じて私達の国へ攻め込んできた。


 慌てて各国に散らばっている傭兵を招集しようとしたけど、向こうはそれを待ち構える形で私達を迎撃したのでまんまと罠に嵌った私達は戻ることすら叶わず、『狼月団』のように散り散りになってしまった。


 そして私は1人でも国へ戻ろうと急いでいたが、途中で空しく国が滅びたことを聞かされた。


 しかも狼族の国を滅ぼしたとして周辺諸国から喝采されるというオマケ付き。


 その栄光の下で一体何人の同族が血に沈んでいったのか想像もつかないわね。


 それで自棄になった私は復讐のために、人間を襲おうと手近な屋敷に侵入してコウイチと出会ったのよね。




 私はあれ以来丸くなったけど、ソルトはそうでもなかったみたい。


 むしろ憎しみや怒りなど負の感情を研ぎ澄ましたような印象を受けるわね。


「何だよその格好は」


 ソルトは私の着ている服を睥睨しながらそう切り出す。


「誇り高き狼の亜人の俺達がそんな使用人風情の服を何故着ている?」


「この格好の方が色々と軋轢を生まないからよ。私はコウイチの名代としての立場だから人間に接しないといけないの」


 確かに私を蔑む様子の人間は今でも殺意を覚えるけど、それ以上に守りたいものがあるのよ。


 ソルトは私の答えを嘲笑し。


「はっ、これは傑作だ。あの銀狼がコウイチとかいう人間に飼い慣らされるとはな」


「……コウイチを悪く言うといくらソルトでも容赦しないわよ」


 我知らず目を細めるとソルトはニヤリと笑いながらゾクリと身を震わせる。


「いいねえ、銀狼は健在だったか。うん、それは良かった」


 何が良かったのかは知らないけど、ソルトにとっては嬉しい出来事のようね。


「で、何? 私をこんな所に呼び出しておいて。これ以上御託を述べるようなら殺すわよ?」


「クックック、笑顔で殺すとか。本当に銀狼はおっかないな。しかし、それが良い」


「……」


「少なくとも3mは離れていたはずなのだが、一瞬で距離を詰めてナイフを喉元に突き付けるか。身体能力も変わっていないな」


「お褒め頂きありがとう」


「とりあえず少し離れてくれないか。このままじゃ喋りにくい」


 ソルトが降参とばかりに手を挙げたので、私はナイフを定位置へと戻す。


「単刀直入に言おう。銀狼、お前は俺の元へ戻れ。そして人間どもに鉄槌を下そう」


「断る」


「ほう、お前は俺達の国が滅ぼされたことを忘れたのか?」


「忘れてはいないわ、今でも殺したいくらい憎い。けど、私はもう居場所を見つけた。それを捨ててまで復讐をしようとは思わない」


 それが私の正直な感想。


 人間が好きかと問われれば即答で首を振るしかないけど、だからと言って人間の全てが憎いわけじゃない。


 ダグラスの様な糞野郎もいればコウイチの様な変な人間もいる。


 だから一概に悪と決め付けるのはどうかと思う。


「交渉は決裂、私はあなたに言うことはない。それじゃあね、バイバイ」


 私はもう話は終わりとばかりに手を振るのだけど。


「――コルギドールは良い街だよな」


 ソルトの言葉に私は足を止める。


「亜人の亜人による、亜人だけの街。俺が見てきた街の中でもあそこまで亜人が生き生きしている場所は他にないぜ」


「何が言いたいの?」


「でもなあ、だからこそ人間どもは目につくのさ。どうして自分はこんなに苦しいのに、あの亜人は元気そうに振る舞うのか。気に入らない、ここで少し立場を分からせてやろう。そんなことを考える人間がいてもおかしくはねえよなあ」


 ソルトはさらに続ける。


「先日、人間どもは飼い慣らされた亜人を大量に自分達の街へ潜伏させた。人間どもはこの際街中で暴れさせて亜人による恐怖を再確認させ、そしてその亜人どもをコルギドールへ逃げ込ませることによって処罰する口実を作るようだ」


「何をそんな馬鹿なことを」


 声が震える、上手く息が出来ない。最悪の光景に私は身を竦ませる。


「ほう、ならこいつに聞いてみたらどうだ? この計画の一端を担っていた人間の口からな」


 ソルトはその言葉と同時に下に敷いていた袋をこちらに投げ渡す。


 その中には人間が入っており、相当怖い目に会ったのだろう。まだ若いのに髪の毛が全て真っ白だった。


「……ほ、本当だ。ウェスパニアの実力者達が、コルギドールを壊滅させる謀略を、練っている……」


「……」


 そんなうわ言を繰り返す人間を横に転がして私はソルトに向き直る。


「良い目だ……」


 ソルトは満足そうに頷く。


「それこそ銀狼、神人からも畏怖されたお前だ」


 と、ここでソルトは指をパチンと鳴らす。


「狼族の生き残りだ。大多数が捕縛または殺されたが、それでも100人は確保している」


 今まで気配を殺していたのだろう。私とソルトの周りから狼族の面々が姿を見せ始める。


「俺の計画はこうだ。この計画を行った人間どもは安全圏の場所でのほほんとしているだろう。だが、俺達はその混乱に乗じてそいつらを殺す。どうせ奴らはこの騒動をゲームを見るかのようにしか考えていないだろう。だからそいつらは犠牲者となってもらおう」


 ふうん、それは面白いわね。


 きっと謀略を仕掛けた輩は陰で笑っているのだから、奴らには念入りに弄ってやろうかしら。


 と、ここで私は1つの疑問に気付く。


「この企みが成功し、人間どもに一泡吹かせるのは良いけどその後はどうするの? いくら初撃が成功したといっても国――リーメンダークから正式に軍隊が派遣されればコルギドールは終わるわよ」


「つまりお前は何もせず相手の謀略に嵌ると?」


「それは……」


「何もしなければ滅び、何かしても同じように滅ぶ。それなら行動した方が良いだろう」


「コウイチは私達と違ってあそこから動けないのよ、みすみす死なせる気?」


「あいつは人間だろ? それなら放っておいても良いじゃないか」


 その言葉に私の頭は急速に冷えてくる。


 先程まで自分の中で暴れ回っていた憎しみが嘘のように消えていく。


「言っておくがお前が止めた所で俺達も人間どもも動くぞ。そして俺がお前を誘ったのは、コルギドールを滅ぼす輩をせめてお前の手で殺してやった方が良いかと考えたからだ」


「ぐっ!」


 私の思考を読み取ったかの様にソルトがそう言い放ってくる。


 確かにこれは私個人でどうにもならない。どう足掻いたところでこの流れは止められないだろう。


「俺としてはお前は参加してほしい。銀狼なら奴らを守っている亜人や人間どもを蹴散らせるからな」


 ソルトが差し出した手を私はそうすればいいのだろう。


 その手を取るか、それとも払いのけるか。


 どちらが最善なのか今の私には分からなかった。


「あらあら、物騒なお話ねえ」


 と、ここで普段から私の癪に障る憎たらしい声が私の隣から響いた。


「だ、誰だ! 貴様は!」


 ソルトも突然現れたベルフェゴールに動揺したようだ。


「ベルフェゴール……」


 この時ばかりはベルフェゴールに感謝するわね。


「謀略とか殺すとか透明になって聞いていたけど、好ましいお話ではないわねえ」


 ベルフェゴールは手で口を覆いながらそんなことを呟く。


「ソルトちゃんだっけ? あなたはもう少しましな計画を考えられないの? お姉さん聞いていて呆れちゃった」


「突然現れて何だ貴様は! 貴様には関係のない話だ!」


 ベルフェゴールの呆れ声に食ってかかかるソルトに彼女(?)は一言。


「あら、これでも無関係というわけ?」


 ベルフェゴールが手をパチンと鳴らすとその姿がネコの耳を生やした怪しげな老人の姿へと変化する。


「あ、あなたは!?」


 私は誰なのか面識が無かったのだけど、ソルトを含めた狼族は思う所があるみたい。


「ショコラちゃん。私はソルト達狼族に住居や食べ物を提供していたのよ」


 なるほど、それなら納得……って。


「私は財務を握っていたのよ。これぐらいちょろまかすことなんて簡単」


 ベルフェゴールは横領をしていたみたいね。


 これは後でコウイチに伝えておこうかしら。


 そんなことを考えている間にベルフェゴールは元の体に戻ってその長い手を広げながら。


「ソルトちゃん、あなたもこの逃亡生活を続けるのは御免でしょう」


 ちゃん付けに多少不快感を示したものの、その台詞にソルトは頷き、周りの狼族も同調する。

 

 まあ、逃亡生活を経験した私も言えるのだけど、あれは本当にきつい。


 如何に誇りや名誉は空腹や渇きの前に無力だということを思い知らされたわ。


「ショコラちゃん、あなたは彼らをコウイチの下に連れて行って頂戴」


 ベルフェゴールは私にそう命令した後。


「この問題はお姉さんに任せておきなさい。人間に鉄槌を下し、かつコルギドールは存続させて見せるから」


 高らかにそう宣言した。


 ベルフェゴールは嫌な奴だけど、こういう荒事に関しては完璧に近い仕事を行ってくれるわ。


 なので私は高笑いを続けるベルフェゴールを置いてソルト達と共にコルギドールへと向かった。

この章はベルフェゴールがキーパーソンです。

ダグラスはしばらく名前だけの登場になります。

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