2話 嵐の前触れ
起承転結で言うと承の部分でしょうか
「ふむ……」
俺はLUCK変動について考察する。
「人助けをすると+10、そして物を売ると何を売ったかによらず1日+1か」
そこまでが先月までに分かっていたこと。
しかし、今回から人を雇ったことにより新たな要素が入った。
『仕事を与えた LUCK+10』
これは人数に関係なく、1日に+10だけ増える仕組みとなっている。
また。
『人を助けた LUCK+1』
先日屋敷に訪れた人が転びそうになったので、慌てて支えると上記の様なメッセージが出現した。
そしてこちらは人数分だけLUCKが増えている。
これらの要素から考えられることは。
「人だけに利があると人数次第でLUCKが上がり、そして自分にも利があると日ごとにLUCKが上がるのか」
人数によってLUCKが変動する場合においては、相手の一方的な利のみである。相手を助けたことによってこちらはその分労力を使っている。
そして1日1回LUCKが変動する場合はこちらにも利がある。物を売ることによって自分は利益を得、さらに人を雇うことによって自分は事業を効率よく進めることが出来た。
LUCKが1しか上がらないのは誰にでもできることを行い、LUCKが10も上がるのは自分に余裕が無いとできないことをすることが条件。
「今のところ分かっているのはそれぐらいか」
もしかするともっと他の条件があるのかもしれないが、現在分かっていることから判断するとこうなる。
「とにかく、善行を積めばいいんだよな」
確実に分かっている事実を呟いた俺は次へと移る。
皆は現在進行形で作られている街の名を何と名付けようか皆で話し合ったことがあった。
そして決まった名がコルギドール。
皆は街の名前が決まって嬉しそうだったな。
が、俺は皆と違って若干冷めていた。
その理由は、屋敷の周辺に宿屋や酒場の他にも畑や農場などが建てられているのを皆は目で見て確認することが出来るのだが、残念ながら俺には不可能だからだ。
「俺はこの屋敷の外の景色を見ることが出来ないのだから当然か」
ハクアとアロウの力を借りて塀の上に立とうとしたのだがそれもダメらしく、急に突風が吹いてきて危うく怪我しかけた。
「まあ、そこは俺の業として我慢するしかないな」
この状況に苛立って愚の決断を行おうものなら俺がここから出ることは永劫ないだろう。
俺は皆と違ってここから出られない。
環境が悪くなったからと言って場所を変えることはできないのだ。
「幸いにも俺の判断が上手くいっているかどうか確認するのに最適な目安があるし」
俺は頭上で点滅しているLUCKの文字がある。
それに加えて屋敷の住人の態度からおおよその判断が出来るだけまだましか。
「何にせよ、楽しみは最後まで取っておくか」
LUCKが正常値に戻り、俺がこの屋敷の外に出た時の感動のための我慢だと考えれば多少気が楽になった。
「~♪」
「ショコラは本当に現金だな」
呆れ返る俺をよそにショコラは久しぶりに食べることのできたパフェを存分に頬張る。
「いえ、だってあんたの作るパフェの味を知っちゃったら他のじゃ満足できないし」
神様から与えられた能力のおかげだと知っていても褒められるのは嬉しいものだと実感する瞬間だった。
「それにしても、上手くいって良かった」
食堂のテーブルに肘をつきながら俺はそう零す。
ショコラが連れてきたお荷物――じゃない人物は本当に癖のある人材ばかりで、適材適所に割り当てるのに苦労した。
全く自慢にならないが、もしベルフェゴールの催眠&洗脳が無ければ2、3回は反乱を起こされていた自信がある。
何せあいつらは俺達――特に人間である俺のことを全く信用しないし。
食料でも何でも隙あらば盗もうとする輩、特に子供が後を絶たなかったため同年代のアロウとハクアには彼らの指導役として大きな迷惑を掛けてしまった。
多分俺はしばらくあの2人に頭は上がらないと思う。
後、余談だが子供達を連れてきて以降アロウとハクアに劇的な変化が現れた。
まずハクア。
亜人から見てもハクアは相当美しいらしく、異性はおろか、同性からも告白された回数は数知れず、独占欲に刺激された何人かはハクアを連れ去ろうと計画していたほどらしい。
本当にハクアに師匠を付けておいて良かった。訓練されてもいない彼らなど相手にすらならなかったと聞いている。
そしてそのハクアを守ろうと一層アロウも努力に努力を重ねている。
前々から頑張っていたものの、自分の他にハクアを狙う者が現れたとして自尊心に火が付いたらしい。まあ、ショコラとギアウッドが付いているから壊れるまでやることはないだろう。
「何というか……ハクアは魔性の女だな」
その容姿と仕草で男を狂わすそれはベルフェゴールによって開花してしまった印象がある。
しかもまだ9歳。
将来が末恐ろしく感じてしまう。
「あらあら、逢引きかしら」
そんな楽しむ様な声音で聞いてくるのはその元凶であるベルフェゴール。
彼女も仕事に一段落が付いたらしい。
「さあ、どうだろうな」
俺が黙っているとショコラが何か言い出して論争に終わりが無くなるので、先手を打つ。
案の定ショコラは何か言いたそうだったが、話のタイミングを逃してしまって悔しそうに黙りこんだ。
「この周辺を街化する計画は順調そうね」
ベルフェゴールの呟きに俺は頷く。
「後から若い者が入ってきたのが大きいな」
最初はかなり苦労したのだが、亜人の中でも弱者の立場にある子供や老人、怪我人などを俺は見捨てないという風聞が広まり、それに感銘を受けた若い者が俺の屋敷を訪れて働きたいと願う者が後を絶たなくなった。
おかげで屋敷の周辺には活気が生まれ経済や人の流れが活性化し、また活気が生まれるという好循環が発生して俺の計画は思った通りに進んだ。
……が、ここで困ったことが起こった。
「コルギドールに住んでいる者は全員亜人なんだよな」
旅人や冒険者を除くと人間は俺一人だけである。
本来ならあまり好ましくないのだが、人間を屋敷の周辺に住まわせると亜人達の人権が侵害されるのでやむを得ず取った措置である。
「そろそろ周辺の都市――ウェスパニアからの催促が煩くなってきたし、どうするべきか」
今のところは催促しにきた人間に対してベルフェゴールの幻術を掛けることによって事なきを終えているが、それもいつまで続くか分からない。魔族による幻術は確かに強力だが、掛ける人数や洗脳する時間が増えるとそれも薄れてくる。
このままだと遠くない未来に軍隊を差し向けられる可能性もあった。
「お疲れ様です」
「失礼する」
俺が今後の方針について頭を悩ましていると、タイミング良くルクセンタールとギアウッドが食堂へと入ってきた。
「コウイチさん、どうかしましたか?」
俺が難しい顔をしていることに気付いたルクセンタールが話しかけてくる。
「まあ、ちょっとな……」
本当なら2人にも相談に乗って貰いたいのだが、これは俺の問題のため適当に言葉を濁すことにしたのだが。
「コウイチ殿よ、そんなに思い詰める必要はない。拙者らは仲間だ、悩みは全員で共通するべきでござろう」
ギアウッドが嬉しいことを言ってくれたから俺は思わず唇を緩める。
「そうか、なら――」
「ふーん、なるほどねえ。ウェスパニアの人間が煩くなってきたと」
俺の悩みの種を聞いたベルフェゴールがそう呟く。
「全く、人間は自分の思い通りにならないとすぐ武力に訴えるんだから」
ショコラがそう文句を言うのはいつも通りだとして。
「この世界の常識を考えると人間を住まわせるわけにはいかないんだよなあ」
亜人の人権などあってないようなものなので、万が一喧嘩になった場合、罰せられるのはこっちだ。そして俺が雇い主という立場で文句を言おうとも、向こうがやっていないと言い張れば周りの亜人がどれだけ異を唱えても採用されない。
あくまで同じ人間が証明しないと駄目なのだ。
「私の幻術もこれ以上は難しいし」
ベルフェゴールの言葉通り、やりすぎると後で手痛いしっぺ返しを食らってしまう。
だから恒久的に幻術を頼るわけにはいかなかった。
「ふむ……それなら拙者とルクセンタールの2人が直談判しようか?」
「私達神人なら人間も多少聞く耳を持つだろうし」
それまで黙っていたギアウッドとルクセンタールがそう意見を出す。
「そうなのか?」
人間が神人に対して畏怖を持っているというのは初耳なので俺は聞き返すと。
「その通りよ。あの人間どもは神人を敬う傍ら私達を下に見ているのよ」
つまり神人はどう足掻いても敵わないから、その劣等感を隠すために亜人を虐げると。自分より下の者の存在がいる事実によって安心するのはどこの世界でも一緒か。
変わらない人間の醜さに俺はため息を吐いた。
「でも、まあ」
ベルフェゴールがこの重苦しい雰囲気を跳ね飛ばそうと殊更明るい声を出して。
「エルフや巨人が人間と交渉するのはそう悪い考えじゃないわ。少なくともショコラやコウイチが相手にするよりずっと良い」
「お前もそうなのか?」
俺の問いにベルフェゴールは手をヒラヒラと振りながら。
「私達魔族は人間に警戒されているのよ。間違っても正面から会おうとしないでしょうね」
幻術を掛けて人を惑わす魔族は人間に警戒されているのだろう。
しかし、それでも討伐されないのは、魔族の高い狡猾性ゆえかそれとも報復が怖いのか。
「それならギアウッドとルクセンタールの2人にウェスパニアの実力者と交渉してもらおうかな」
俺の要望に2人は1も2もなく頷いた。
俺は懸案事項の1つに目処が立ったので椅子に深く腰掛けた瞬間。
「やっと休憩。コウイチさんのお菓子が食べたいな」
「ハクア、はしたないぞ」
ハクアとアロウがその言葉と共に入ってきた。
「分かっているわよ2人とも、とっておきのを持ってくるわ」
ベルフェゴールがルンルンステップを踏みながら氷の入った密閉倉庫からホールケーキを取り出す。
純白の生クリームの上に旬の季節のフルーツが乗ったそれは売り物としても十分通用する外観だったし、もちろん中身も期待を裏切らない味である。
俺は3時ぐらいになるとこういう風に日替わりのお菓子を作って置いている。
今回の様に全員が揃うことなど希だが、それでも皆の評判は結構好評だった。
「じゃあ私が切るわ」
パフェを食べ終わったショコラがいつの間にかナイフを用意している。
「おいショコラ、お前はさっき食ったばかりだろう」
俺は空になったパフェの容器を指差すのだが。
「甘い物は別腹よ」
の一言で押し切られてしまう。
だからと言って認めるとハクアとアロウに示しがつかないので俺は口を開いたのだが。
「コウイチさん、私達のことはお構いなく」
「そうだよ、ショコラ姉ちゃんが甘い物に目が無いのは俺達も知っているから」
年少者の2人にそう諭されて俺は口を閉じる。
「さすが2人とも、よく分かっているじゃない」
おいショコラ、何感慨深げに呟いているんだ? 言っておくが今のお前は全然褒められないんだぞ。
「……まあ、良いか」
1/10に切り分けられたケーキが俺の場所に運ばれ(ショコラとアロウそしてハクアの3人がケーキの半分を取っているため)ルクセンタールが紅茶を淹れられたのを見て俺は嘆息する。
皆が楽しそうなんだ。
なら俺が口を出して場を悪くするのはおかしいだろう。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
全員で手を合わせた後、俺はケーキにフォークを入れた。
次回はショコラ視点からの物語です。