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『あの三人の奴隷の腕輪は絶対に外れないように、万が一腕輪が外れたら即命を失う様にしよう。そうすればアンカーの心は落ち着くのか』
淡々とした口調でとんでもない提案をする神の声に、アンカーはふふふと笑う。
笑いを承諾と取ったのか『ではすぐにそうしよう』と神は決断した。
『なぜ笑う』
「贔屓しすぎだわ、神は人に平等ではないの?」
神は今簡単に命を奪う決断をしたのだ。
人はすべて神の子ではないのだろうか、とアンカーが尋ねると神は『それは違う』と否定した。
『平等なら、愛し子なんて定めはしない。そもそも悪心を抱くものを大切には思えない』
「愛し子、それはどうやって決めるの」
「生まれる前の魂はすべて神の園にいます、そこで神の目に止まった魂を愛し子として加護を与えて人の世界に送るのです」
「魂が目に止まる? つまり、適当に選んでいると」
「違いますっ、魂の清らかさや輝きの強さを見ているのです。魂というのは、前世の行いから美しく光を放つものもあれば、薄汚く濁ったものもあります。あまりに濁った魂は神の園に来ることが出来ません。肉体が滅んだ後神の園に上がれない魂は世界を漂った後形を保てなくなり瘴気になるのです。瘴気は分かりますか?」
「魔物の素と言われているものよね、魔物肉を食べると強くなると聞いた事はあるけれど、本当は食べてはいけないものなの?」
この世には魔物が存在する、人を殺す恐ろしい見た目をした生き物だが、魔物は強ければ強い程肉は美味しく魔力回復力が高くなる。皮や骨も良い防具や武器の素材になる。
魔物肉は高価なものだけれど生まれ変わる前のアンカーですら、父達の食べ残しだが魔物肉を食べた事はある。
ほんの一口食べただけで魔力の回復速度が上がった程の力があったから、食べ残しだろうとアンカーは喜んで食べたけれど、本当は人が口にしてはいけないものなのだろうか。
『濃い瘴気は魔物を生むが、その肉を人が食べても害にはならない。むしろ人の血肉に変わることで瘴気は浄化されるし人は力を得る』
「それなら良かった」
悪いものでも、あの頃あれを食べなければアンカーは生きていけなかっただろう。食べ残しを床に這いつくばり食べるアンカーを見るのが父達の娯楽だったから、度々アンカーは皿にこびりついた魔物肉の欠片を食べる事が出来たのだ。
犬の様だと指さし嗤う義母、わざと食べたものを皿に吐き出し食べさせようとする義妹、骨にこびりついた魔物肉を手を使わずに食べろと床に捨てる父、とうに心が凍り付いていたアンカーは食べられるという喜びだけでそれらを平気で口にしていたのだ。
もう二度と経験したくないことだが、アンカーが日頃食べられたのは一日に一回与えられるアンカーの手のひらよりも小さく古くなって黴の匂いすらしそうなパン一つだけ、飲み物はアンカーがこっそり桶に溜めていた雨水だけだったアンカーにとって、あの食べ残しはアンカーの命をつなげてくれたのだ。
「……そんなことまでされて……、それなのに許せなど、記憶がない、今は何もしていないなど」
アンカーが『良かった』と言った理由を話すと、神の使いは己の言葉の無神経さに漸く気が付き床にうずくまってしまう。
神と同じ、神の使いも子供の様だとアンカーは呆れて、それでも神の使いはもう嫌いじゃないと思い直す。
「能無しの配下はやはり能無し、それだけだから気にしないわ」
嫌いじゃないと思い直しながら、それでもアンカーの口から出るのは憎まれ口だけだ。
優しい言葉、人の良い言葉を口にして良い結果になった事など無かったから、アンカーは虚勢を張る以外の自己防衛を知らなかった。人に何かを期待しても裏切られるだけだと分かっているから、自分が期待しそうになる前にアンカーは心の扉の前に虚勢という塀を作るのだ。
「能無し……主はともかく、私はそれを今否定できません。己の愚かさを自覚したばかりですから」
素直に自分の非を認める、神の使いに「気にしないと言ったわ」と苦笑する。
「笑うのですか、私が愚かだから」
「軽蔑じゃないし、嫌悪してもいないから笑うの。そうでなければ大声を上げて抗議するわ」
『アンカーはこれの間違いを許すのだな』
どこか嬉しそうな声が神からして、アンカーはこちらも子供だと笑う。
人なんて信じられない、誰も彼もが敵だと思うのに、目の前の神と神の使いは違うとアンカーは思う。
「許すのとは違う、神と神の使いどちらも無能だとまだ思うけれど、二人は敵だと思わないことにするわ」
「敵だとは思わない?」
「神はお母様を救って、三人に奴隷の腕輪をはめてくれた。それは嘘じゃないわよね」
『神は偽りを言わない』
今、空は晴れている。とでもいう様に、淡々と神はアンカーに答える。
その感情の籠らない答えに、アンカーはにやりと口角を上げる。
「嘘を吐かないなら、それで十分。後で元気なお母様に会えるなら、それでいい十分よ」
アンカーの今唯一大切な人を助けてくれ、これからの不安の種を消してくれたのだから、その恩に報いるためもう敵とは思わない。それぐらいはアンカーだって譲歩出来るとこっそりと思う。
『私達を敵だと思わないのだな、愛し子』
「思わないわ」
『それなら、愛し子の母親の他に二人、敵じゃない者が出来たということだな』
「敵じゃない? 私もですか」
信じられないという驚きを含んだ声で、神の使いは自分を指さすからアンカーは苦笑しながら頷く。
「私も、私も敵じゃないのなら。あなたに酷いことを言った私をそう思ってくれるというのなら」
「なに」
「主、私に生まれ変わりをお許しください」
『生まれ変わり? 何になる、人か?』
何を急に言い出したのかアンカーには予想もつかないけれど、神の使いがもし人に生まれ変わるとしたら、人になった神の使いはまたアンカーの敵になるだろう。
アンカーが生きていた時代に生まれていたかいないかなんて関係ない、この国の人というだけでアンカーは敵かどうか決めるのだから。




