忌橋
――さながら、霞なく澄み渡る水の如し。
雪解け水と云うのは、限りなく透明にして無垢。そして、身を切るほどに冷たい。
森に降り注ぎし恵みは、幾年、幾十年という時を巡りて、山を潤す。
その一滴は、やがて川を生み、大河を成すのだ。
そうして巡り巡りて来たる命は、ふたたびこの山へと還って行くであろう。
そうして、いずこかの空へと、また還ってゆく。
「いきておはせよ」
川の両端を結ぶ太鼓橋の袂に、艶やかな赫いべべを纏った娘が佇んでいた。
橋の向こうから子らが、きゃあきゃあと甲高い声を上げながら走り寄って来ると、娘も手を振って応える。
どうやら子らは、里の御霊らしい。
手にはそれぞれ、小さな笹舟を持っている。
子らの手から放たれた笹舟は、荒々しい川の流れに逆らいながら、ゆるりゆるりと上流へ向かって遡上して行く。
それは、何処か懐かしくもあり、また切ない光景でもあった。
ふわりと舞い上がった薄紅の花弁が、風に煽られて流れて行く。
春風に乗って天上まで駆け上がり、雲の上で弾けて消える花吹雪は、山桜よりももっと淡い色合いをしていた。
「こや夢ならむ? それとも現なりや?」
「相変わらずの様だな、銀鶴羽」
いつの間にいたのか、赤い太鼓橋の上には若い男の姿があった。
錫杖を手にしているが、彼の足下からは草履の音すら聞こえなかった。
男は頭襟を被り、結袈裟を着けた山伏姿だ。左手には小振りな風呂敷包みを抱えている。
その横顔は傲慢さを滲ませるが、端正であり凛々しくもある。
しかし不思議な事に、彼が其処にいる事自体に違和感は無い。
「あれま、これは御珍しい」
彼の者は――空蝉。そして、彼こそがこの山そのものである。
彼の背後に鎮座する磐座には、もう一人男が腰掛けていた。
白無垢に打掛を纏い、角隠しで頭を覆う花嫁だ。
「あな、君こそ、よく参られき」
時折、水面に映る月灯が角隠しから覗く孔雀の髪を鮮やかに彩る。
彼は静かに微笑んでいた。
まるで、凍てついた季節を終わらせる錯覚さえ感じさせる、柔らかで暖かな笑顔だった。
男は一度磐座の上で三つ指を突き、それから恭しく頭を垂れる。
そうすると、今度は空蝉の背中から黒翼が大きく広げられた。
「今宵の月は、まことに美しい」
水鳥が飛び立つ様に羽を広げたまま、空蝉は宙に身を躍らせる。
「空蝉、それに銀鶴羽。僕らも共に行こう」
男の身体が闇夜に溶け込むと同時に、空蝉の身体もまた、音も無く飛び去った。
後にはただ静寂だけが残される。
「そうぞかし……いまそろそろ、始まりかかしい」
銀鶴羽と呼ばれた娘の姿が、陽炎の様に揺れたかと思うと、次の瞬間には全く別の形に変化していた。
それは人の形をしているが、人ではない。
長い髪は白銀に染まり、その瞳は金色に輝き、頭には二つの大きな耳と、臀部には太い尾が伸びていた。
その姿はまるで――そう、狐。
かの者、人に在らず。
古来よりこの地に住み着いた、妖の者たち。
廃れた信仰の成れの果て。忘れ去られた哀れなる存在。
彼らは人と交わりながらも、決して交わる事の無い存在でもある。
故に、人は恐れ、忌み嫌う。
だからこそ人は云う。化物だと。
神などではなく、怪異なのだと。
それでも尚、人が畏れ敬えば、また違う未来もあったかもしれない。
だが、人は忘れてしまったのだ。
故に、この山は閉ざされた。
そして、人もまた、この山に住まう者を妖と呼ぶようになった。
けれど――「構はぬ、構はず。人に嫌はれむと、構はず」
彼女は、己の姿を恥じる事は無かった。
何故ならば、彼女にとってこの身は誇りだからだ。
「何れ人の子は、我らを忘れ去ろうぞ」
銀色の毛並みを持つ美しき狐は、悲しげに呟くと、天に向かって遠吠えを上げた。
それは、嘆きにも似た悲しい響きであった。
約十年近く放置しているアレでソレでドレ
続くかは不明なので、更新したら褒めてください!!!!お願いします!!!!




