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枯れてない

作者: 泰然自若
掲載日:2026/05/06

 山の天気のように、仕事の正解が変わる。

 先輩にダメだしされて修正した箇所を、課長は一言、やり直しと言った。


 言い訳するな。その一言で彼女は謝って席に戻った。

 修正作業に入る。先輩は休暇をとっていなかった。


 雰囲気が良いという理由で古びたアパートを借りた。

 郵便受けの下に置いた紫陽花は、花は枯れ、葉も落ちていた。


 枯れたのだと思った。水をやったのはどれほど前か思い出せなかった。


 翌朝、重い体を引きずるように外へ出た。

 大家の老婆が掃き掃除をしていた。


「あんた、水もやらんで紫陽花の世話しているんか?」


 老婆は振り向かず掃除を続けた。

 思わず、すみません。と言葉が出た。


 老婆は箒を止めて真っすぐに彼女を見据えた。


「枯れたんなら片づけな」


 それだけ言って、また掃き掃除を始めた。


 仕事中、紫陽花のことが気になった。

 母が持たせた鉢だった。


 夜、彼女は紫陽花を片づけようと鉢を手に取り、そっと元に置きなおした。枯れた枝の節に、小さな膨らみを見つけた。

 土を触る。湿り気がない。白く乾いた土から、枝の根元に小さな芽がのぞいていた。


 彼女は紫陽花を、じっと見つめていた。


 机に、白い便箋が置かれている。

 退職願。手が強張り、インクが滲む。それでも手を止めなかった。

 社長の名前を書き終えた後、見直してから封筒に入れる。

 指先が糊でざらつき、白くなった手をこすり合わせた。


 朝、水をやる。


 紫陽花は、青々とした蕾のうちのいくつかの新芽が開き始めていた。水滴が枝の節に溜まり、朝陽を受けて瑞々しく光っている。


 彼女はバッグのなかにある封筒に触れた。

 彼女は深呼吸をして、部屋の鍵を閉め歩き出した。


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