枯れてない
山の天気のように、仕事の正解が変わる。
先輩にダメだしされて修正した箇所を、課長は一言、やり直しと言った。
言い訳するな。その一言で彼女は謝って席に戻った。
修正作業に入る。先輩は休暇をとっていなかった。
雰囲気が良いという理由で古びたアパートを借りた。
郵便受けの下に置いた紫陽花は、花は枯れ、葉も落ちていた。
枯れたのだと思った。水をやったのはどれほど前か思い出せなかった。
翌朝、重い体を引きずるように外へ出た。
大家の老婆が掃き掃除をしていた。
「あんた、水もやらんで紫陽花の世話しているんか?」
老婆は振り向かず掃除を続けた。
思わず、すみません。と言葉が出た。
老婆は箒を止めて真っすぐに彼女を見据えた。
「枯れたんなら片づけな」
それだけ言って、また掃き掃除を始めた。
仕事中、紫陽花のことが気になった。
母が持たせた鉢だった。
夜、彼女は紫陽花を片づけようと鉢を手に取り、そっと元に置きなおした。枯れた枝の節に、小さな膨らみを見つけた。
土を触る。湿り気がない。白く乾いた土から、枝の根元に小さな芽がのぞいていた。
彼女は紫陽花を、じっと見つめていた。
机に、白い便箋が置かれている。
退職願。手が強張り、インクが滲む。それでも手を止めなかった。
社長の名前を書き終えた後、見直してから封筒に入れる。
指先が糊でざらつき、白くなった手をこすり合わせた。
朝、水をやる。
紫陽花は、青々とした蕾のうちのいくつかの新芽が開き始めていた。水滴が枝の節に溜まり、朝陽を受けて瑞々しく光っている。
彼女はバッグのなかにある封筒に触れた。
彼女は深呼吸をして、部屋の鍵を閉め歩き出した。




