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第1話:高嶺の花と、見られてしまった「必殺技」

はじめまして。

この作品を手に取ってくださり、ありがとうございます。

突然ですが、

皆さんのクラスにもいませんでしたか?

成績が良くて、礼儀正しくて、誰にでも優しくて、

まるで最初から「完成品」として存在しているような人。

触れてはいけない。

近づく勇気もない。

気づけば、同じ教室にいるのに、別の世界の住人――

そんな「高嶺の花」。

この物語は、

そんな完璧美少女の**“見られてはいけない一面”**を、

ごく普通で、影の薄い男子高校生が、

偶然にも知ってしまったところから始まります。

秘密を知ることは、

必ずしも特別になることではありません。

むしろ、それは厄介で、面倒で、

できることなら関わりたくないものかもしれない。

それでも――

人は、知ってしまった瞬間から、

もう元の場所には戻れないのです。

この作品は、

派手な能力も、世界を救う使命もありません。

あるのは、

日常の中で起きた、ほんの小さな「ズレ」と、

そこから少しずつ変わっていく関係だけ。

笑えて、

ちょっと恥ずかしくて、

気づけば心が温かくなるような――

そんなラブコメディを目指しました。

完璧な彼女と、平凡な彼。

秘密でつながった二人の距離が、

これからどう変わっていくのか。

どうか、最後までお付き合いいただければ幸いです。


 世界には、明確な境界線が存在する。

 地図に描かれる国境や、理科の授業で習うプレートの境目のことではない。もっと身近で、もっと残酷で、そして絶対的な境界線のことだ。

 高校の教室というのは、社会の縮図だと言われる。

 カースト上位の陽キャ、運動部のエース、静かな文化系、そして――背景モブ

「七海さん、今回の模試も学年トップだったぞ。素晴らしいな」

 担任の教師が感心したように声を上げると、教室中からどよめきと羨望のため息が漏れた。

 視線の先にいるのは、窓際の席に座る一人の少女。

 七海ななみエリイ。

 

 艶やかな黒髪は絹糸のように滑らかで、少し憂いを帯びた瞳は宝石のように澄んでいる。制服の着こなし一つきっちりとしており、スカートの丈も校則通り。それなのに、彼女が纏う空気はモデルやアイドルのそれ以上に洗練されていた。

 容姿端麗、成績優秀、品行方正。

 クラスメイトだけでなく、教師からも一目置かれる彼女は、まさしく『完璧』を絵に描いたような存在だった。

「ありがとうございます。先生のご指導のおかげです」

 エリイは席を立ち、深々とお辞儀をした。その所作一つとっても、どこかの茶道の家元かと思うほどに美しい。

 謙虚で、驕らず、誰に対しても平等に優しい。

 それが、七海エリイという少女に対する共通認識だ。

(……住む世界が違うって、こういうことを言うんだろうな)

 教室の隅、廊下側の席で頬杖をつきながら、僕はぼんやりとそう思った。

 僕の名前は、真広賀まひろがアタ。

 名前の響きだけは少し珍しいかもしれないが、それ以外は特筆すべき点のない、ごく普通の高校生だ。

 成績は中の下、運動神経は普通、特技なし。部活にも入らず、放課後はさっさと帰宅してゲームをするか、ネットサーフィンをするくらいしか楽しみがない。

 クラスの中での立ち位置は、間違いなく「背景A」だ。

 七海エリイと僕の間には、目に見えないけれど、分厚い強化ガラスのような壁がある。

 彼女は光の当たる場所を歩き、僕はその影でひっそりと息をする。

 それでいい。それが平和だ。

 僕は平穏を愛する男だ。ドラマチックな展開なんて求めていないし、高嶺の花に手を伸ばそうなんて大それた野望も抱いていない。

 ――この時までは、本気でそう思っていた。

          ◇

 放課後のチャイムが鳴ると同時に、僕は鞄を掴んで席を立った。

 今日はコンビニで新作のスイーツが発売される日だ。数量限定の『濃厚ピスタチオプリン』。これを逃す手はない。

 教室を出ようとすると、七海エリイが数人の女子生徒に囲まれているのが見えた。

「エリイちゃん、今日駅前のカフェ行かない?」

「ごめんなさい。今日は家で用事があって……また誘ってくださいね」

「そっかー、残念! エリイちゃん忙しいもんね」

 やんわりと、しかし毅然とした態度で誘いを断るエリイ。その笑顔は完璧で、断られた相手すらも嫌な気持ちにさせない魔法のような愛想笑いだった。

 大変だな、人気者は。

 心の中で他人事のように呟き、僕は喧噪を背にして廊下を歩き出した。

 学校を出て、いつもの通学路を外れる。

 目的のコンビニへ向かうには、住宅街を抜ける近道を通るのが効率的だ。この道は人通りが少なく、誰にも会わずに静かに歩けるのが気に入っている。

 西日が長く伸びる住宅街。オレンジ色の光が、電柱や塀の影を濃く焼き付けている。

 僕はイヤホンを取り出し、お気に入りのプレイリストを再生しようとした。

 その時だった。

「――我が名は紅蓮の執行者!」

 不意に、凛とした声が耳に飛び込んできた。

 イヤホンを耳に入れる手が止まる。

 声の主は、すぐ近くにある小さな公園から聞こえてきた。公園と言っても遊具は滑り台とブランコくらいしかない、猫の額ほどのスペースだ。

「闇の契約に従い、汝に裁きを下さん! ……えいっ!」

 ……なんだ?

 特撮ヒーローごっこでもしている子供だろうか。

 微笑ましい光景を想像して、僕はなんとなく公園の方へ視線を向けた。

 公園の入り口には背の高い生垣があり、中は見えにくい。だが、生垣の切れ目から、その光景ははっきりと見えた。

 そこにいたのは、子供ではなかった。

 いや、子供もいた。五歳くらいの可愛らしい女の子が、砂場で目を輝かせて座っている。

 問題は、その前に立っている人物だ。

 夕陽に照らされた艶やかな黒髪。

 清楚な制服のスカートを翻し、彼女はそこに立っていた。

 七海エリイだ。

 見間違えるはずがない。学校のアイドル、完璧超人の七海エリイだ。

 だが、そのポーズは異常だった。

 右手を高く掲げ、左手で片目を覆うように指を広げている。腰を深く落とし、背中を反らせたその姿勢は、明らかに常人のものではない。

 知っている。僕はそのポーズを知っている。

 深夜アニメ『魔導騎士ヴァルキュリア』の主人公が、必殺技を放つ前のタメのポーズだ。

「おねーちゃん、かっこいいー!」

 砂場の女の子――おそらく妹だろう――が、パチパチと手を叩いて歓声を上げる。

 その賞賛を受けた七海エリイは、学校では絶対に見せないような、得意満面のドヤ顔を浮かべていた。

 頬を紅潮させ、瞳をギラギラと輝かせている。

「ふふん、でしょう? でもね、ミナちゃん。今のポーズは角度が重要なの。肘の角度は三十五度、指先は天を突くように……こう! これこそが『終焉のポーズ』なのよ!」

 熱い。熱すぎる。

 普段の冷ややかで落ち着いた彼女からは想像もつかないほど、情熱的な口調で語っている。

 鞄をベンチに放り出し、ローファーのかかとが浮くほど前のめりになっている彼女は、どう見ても――

「……オタク、なのか?」

 僕の口から、無意識に言葉が漏れた。

 それも、思ったより大きな声で。

 静寂な住宅街に、僕の声は驚くほど響いた。

「――っ!?」

 七海エリイの動きが、コマ送りのようにピタリと止まる。

 掲げていた右手はそのままに、覆っていた左手の指の隙間から、彼女の視線がゆっくりとこちらへ向けられた。

 生垣の隙間。

 僕と彼女の目が、バチリと合う。

 時が止まった。

 カラスが遠くで鳴いている。風が木の葉を揺らす音がする。

 世界は動いているのに、僕たちの周りだけ時間が凍り付いていた。

 彼女は『魔導騎士ヴァルキュリア』のポーズを決めたまま、石像のように硬直している。

 その顔から、みるみるうちに血の気が引いていき――次の瞬間、沸騰したように真っ赤に染まった。

 完璧な優等生の仮面が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

「あ……」

 エリイの唇が震えた。

 その瞳には、絶望と混乱、そして殺意に近い羞恥心が渦巻いている。

「あ、あ、あ……」

 僕はどうすべきか分からなかった。

 逃げるべきか? 見なかったことにして謝るべきか? それとも「いいポーズだね」とサムズアップするべきか?

 いや、どれも地獄だ。

「……見、た……?」

 震える声が、公園の空気を震わせた。

 彼女はゆっくりとポーズを解き、しかし逃げ出すこともせず、幽鬼のような形相でこちらににじり寄ってきた。

 妹のミナちゃんが「おねーちゃん?」と不思議そうに首を傾げているが、エリイの耳には届いていないようだ。

 生垣越しに、彼女は僕を睨みつけた。

 いつもの澄ました表情とは違う、涙目で、必死で、人間味あふれる表情。

「真広賀……くん、だよね。同じクラスの」

 覚えていたのか。

 僕は背景モブじゃなかったのか。いや、そんなことに感動している場合じゃない。

「い、いや、その……通りすがりで……」

「見たの? 今の」

 問い詰められて、僕は視線を泳がせた。

 嘘をついてもバレるだろう。今の彼女の迫力は、模試で学年一位を取る知性よりも、もっと原始的な「生存本能」に基づいていた。

「……す、すごい、キレのあるポーズだった、と……思います」

 最大限のオブラートに包んだつもりだった。

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、エリイはその場に崩れ落ちた。

 両手で顔を覆い、地面に突っ伏す。

「終わった……私の高校生活、終わった……」

 絶望の呻き声が聞こえる。

 その姿は、高嶺の花でも完璧超人でもなく、ただの「趣味を見られて死にそうな女子高生」だった。

 僕は立ち尽くす。

 手には何も持っていないはずなのに、とてつもなく重い「爆弾」を握らされてしまった気分だった。

 完璧な優等生、七海エリイ。

 彼女の裏の顔を知ってしまったこの瞬間から、僕の平穏無事な「背景」としての人生は、音を立てて崩壊し始めていたのだ。

「お願い……!」

 ガバッ、とエリイが顔を上げた。

 顔は真っ赤で、目には涙が溜まっている。彼女は生垣を乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出した。

「誰にも言わないで! 私の人生がかかってるの! なんでもするから! ねっ!?」

「な、なんでも……?」

 その使い古されたフレーズに、僕の脳内で警報が鳴り響く。

 これは、まずい。

 絶対に関わってはいけないフラグだ。

 だが、必死な彼女の瞳から目を逸らすことは、今の僕にはできなかった。

 夕陽が沈んでいく。

 僕と、オタクな優等生との奇妙な共犯関係は、こうして唐突に幕を開けたのだった。

作者より

第1話を最後までお読みいただきありがとうございます!

完璧美少女の「七海エリイ」の意外な一面と、それを見てしまった「真広賀アタ」。

ここから二人の関係がどう変わっていくのか、ぜひお楽しみください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ここまで辿り着いてくださったということは、

少なくとも一度は

「やれやれ……」とか

「いや、そこでそうなる?」とか

そんな感情を抱いていただけたのではないかと思います。

この物語は、

特別な出来事から始まったようでいて、

実はとても些細な「偶然」から動き出しています。

誰にも見せない顔。

誰にも知られたくない趣味。

そして、それを“最悪の形”で知られてしまった瞬間。

完璧に見える人ほど、

一番隠したい部分を持っているものです。

七海エリイも、

真広賀アタも、

まだこの時点では、お互いのことをほとんど知りません。

ただ、

「知られてしまった」という事実だけが、

二人の距離を、否応なく近づけただけです。

これから先、

この秘密は重荷になるのか。

それとも、支えになるのか。

あるいは――

笑い話に変わる日が来るのか。

そんなことを考えながら、

続きを書いていきたいと思っています。

少しでも楽しんでいただけたなら、

そして、

次の話も読んでみようと思っていただけたなら、

それ以上に嬉しいことはありません。

それでは、

また次の話でお会いできることを願って。

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