この格差は、仕方ありません
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いであります。
婿入り先となる公爵家の、応接室に通された伯爵家の次男は、両親に挟まれてソファに座り、同じように両親に挟まれて座った公爵家の長女と、向かい合っていた。
急遽、五年前に組まれた婚約についての話し合いの場が設けられ、令息の両親は困惑気味だったが、本人はようやくかと内心安堵していた。
美しいが真面目過ぎて、いつも緊張してしまうこの婚約者と、自分では釣り合わない。
それを、令嬢本人も感じていただろうし、令息も再三告げていた。
令嬢の妹であり、公爵家の次女である令嬢の方が、愛らしく天真爛漫で、自分とも気が合っているため、婿入りするならば妹の方がいいと。
言い続けた甲斐があって、ようやく令嬢も諦めがついたらしく、この場が設けられた次第だ。
「我が家との縁談、白紙に戻していただきたい」
公爵が切り出したのを皮切りに、両家の話し合いが始まった。
父親である伯爵が、戸惑ったように問いかける。
「何か、不都合が起きましたか?」
「それは、ご自身の息子殿に聞いてください。どうやらうちの娘に、含みがあるようです」
「含み、ですか?」
目を見開いて自分を見る父親に、令息は慌てて首を振った。
「令嬢には、何の落ち度もありません。私が、次女のご令嬢に惹かれてしまったので、婿入りするならば、彼女の婿にと、願っているだけで……」
「は?」
貴族にあるまじき、間抜けな声が父の口から飛び出した。
「彼の令嬢は、この国の王太子との縁談が進んでいるのだぞ? 何を可笑しなことを……」
「へ?」
父親よりも間抜けな声が出てしまった。
全く、初耳だった。
呆気にとられたまま令嬢の方を見ると、呆れた表情でこちらを見返している。
「聞いてないぞ?」
「はい。まだ、本決まりではないので。妹は、王太子殿下に見初められましたが、妹本人がまだ、渋っているのです」
だが、時間の問題だと、公爵令嬢は微笑んでいる。
そんな令嬢の隣で、公爵は冷静に言う。
「そうでなくとも、次女を公爵家の後継ぎとして、ご令息を婿にすることは、不可能です。次女は、淑女の教育は致しましたが、経営学等は学ばせておりませんので」
「……」
「互いに嫌な相手との婚姻は、様々な弊害をもたらしますので、円満白紙、という形にしたいのですが」
伯爵家一同が、青ざめた。
「お、お待ちください。そのような事情とは知らず……」
「そ、そうですよっ。ただの気の迷い……」
「お前は、黙ってろっ」
父親が下手に出ようとするのに同乗し、令息が言いかけるのを、伯爵は強い口調でかき消した。
何か言いたげな息子を目線で制しながら、伯爵は公爵の方へと頭を下げる。
「申し訳ありません。気の迷いであろうがなかろうが、このような考えの者を、公爵家の婿として送り出すのは、我々としても不本意でございます」
「ち、父上っ?」
信じられない決定に、令息は呆然として、助けを求めて令嬢を見た。
再び目が合った令嬢は、不思議そうに首を傾げる。
「す、すまなかったっ。私には、矢張りあなたしか……」
「聞いておりませんでしたか?」
すがる言葉を、令嬢は無情に遮った。
やんわりと、首を傾げたまま。
「父は、互いに嫌っている相手との婚姻と、申しましたでしょう? 弊害だらけの縁談でしたのよ? ご理解くださいな」
完全に、止めだった。
何というか、あっさりと切れるもんだなと、公爵は思う。
こちらの方が、爵位が上だからこその簡単さなのだろうが、何故、これを前の人生で実行できなかったのか、自分でも不思議だった。
自分は元々、入り婿だった。
入り婿なりに、妻だった公爵を慕い、慈しんでいたつもりだったが、娘が学園に通い始めた頃の五年前、妻は帰らぬ人となった。
訳あってシングルマザーとして苦労していた、元伯爵令嬢の平民女性を後妻として迎えたのはその二年後で、妻の遺言を実行した形だ。
妻と同じように勤勉な後妻とその連れ子を、娘に引き合わせた時、それぞれの事情もしっかり話して、納得させたつもりだったのだが、足りなかったようだった。
一因になったのは、公爵家に仕えていたメイド長だった。
前の人生の時にも、早くにそれに気付き解雇したのだが、平民を後妻として迎えたことを、不服に思っていたらしく、あらぬ疑いを娘に吹き込み、次女となった後妻の連れ子を、虐げようとしていた。
未遂で終わったが、その騒動の後から明らかに、義理の姉妹の間にはぎこちない空気が住み込み、父親である自分がそれを見て見ぬふりをしていたせいで、伯爵令息の誤解が生まれてしまったようだった。
前の人生で、伯爵令息は次女と無理やり関係を持ち、それを盾に次女への婿入りを敢行した。
「公爵家で、虐げられている令嬢を助けられるのは、私しかいなかったんです」
伯爵に殴られ、詰問されたときに、令息は平然と宣ったと聞いた時、本当にぶち殺してやりたくなった。
姉妹は確かにぎこちなかったが、嫌い合ってはいなかった。
生れ月が早いか遅いかだけで、姉、妹となってしまったが、姉妹というより互いを尊重し合う親友のようだと、後妻とも話していたくらいだったというのに、何処をどう見て虐げているという話になったのか、未だに不思議である。
あの頃も不思議に思ったが、当時はそれを解明する暇はなかった。
既成事実を作られてしまったからには、妹と伯爵令息を添わせるしかなく、自分が持っていた爵位である伯爵位を授けて、所帯を持たせた。
が、公爵家を支えるためだけに婿入り予定だった令息は、経営力はなかった。
子を産んだ次女も、落ちぶれていく家をどうすることもできず、路頭に迷った。
出戻らせるのが最良だったのだが、その時には既に虐げ疑惑のせいで、公爵家も爵位を返上して、平民となっていたため、次女の父親を頼って引き取ってもらった。
後妻もその時に一緒に行くよう言ったのだが、義理を感じていたのか、自分の元に残ってくれ、結局共に貧しい中で生涯を閉じた。
心残りは、修道院に入る羽目になった、長女の事だった。
自分が代理として爵位を守っている時のあの醜態は、決して先に逝った妻に誇れるはなしではなかったし、どんな罰を持っても償えるものではない。
百叩きでは済まないだろうなと、今わの際にぼんやりと思いながら息を引き取ったと思ったら、時間が戻っていた。
妻の葬儀の真っ最中だ。
状況を把握して、真っ先に思い出したのは、あの憎いクソガキとの縁談が、本決まりしているという事実だった。
まだ、何の問題もない、お子様のクソガキを、理由もなく縁切りするわけにも行かず、公爵は後妻を迎える二年後までに、頭をひねらせて考え、家中も最良に整えた。
そして、二年後に後妻を迎えた後、次女にも淑女の最たる教育を施し、娘たちと同年だった王太子の目に止まった。
これには驚いたが、同時に安心した。
後は、前の人生と同じように、次女に懸想を始めた伯爵令息を、さっさと切ってしまうだけだ。
幸い、長女も令息の事をかなり嫌っているらしかったので、穏便に婚約を白紙に戻せた。
窓から伯爵家の乗る馬車を見送りながら、公爵は今後の事を考える。
長女は学園の中で、気になる殿方ができたらしい。
もしその令息が後継ぎだったら、この人生でも爵位の返上を考えなければならない。
後妻を平民に戻すのは気が引けるから、次女の本当の父親の、隣国の国王陛下に相談して、今度こそ、身を寄せる場所を用意してもらおう。
入り婿、後妻、連れ子、後継ぎ令嬢を題材にしてみました。
縛りが男主人公なので、何故か父親メインになってしまうんです。
きっと、こういう父親に、憧れていたんでしょうねえ……。




