恋する魔法少女
第99話 月夜の公園で懲らしめ☆ミッション!
風が冷たくなってきた。街路樹の葉が赤く変わるたびに、世界の色も少しずつ薄れていく気がする。放課後の空は金色で、遠くの雲はまるで光の粉をまぶしたみたいだった。
私はその光の中で、彼を探す。いつも駅へ向かう道、歩幅の癖まで覚えている。今日もきっと、同じ道を通るはずだ。だって、そうなるように魔法をかけたから。
魔法は簡単。
彼が私のほうを見てくれるように、風の流れを少し変える。そうすれば、彼のノートの端が揺れて、自然と私の方を見る。全部、ちゃんと上手くいっている。
私は魔法少女だから。
ペンダントの中には小さな欠片。契約の証。悪いことをした人を懲らしめる使命がある。けれど、最近はそんな人を見かけない。それはきっと、世界が少しずつ良くなっている証拠だ。私がちゃんと働いた証。世界中の誰も気づいていないけれど、いいの。魔法少女のことは、秘密にしなきゃいけないから。
あ
彼が笑っている。隣にはーーその笑顔の隣に立つのは、私のはずだ。そうなるように、何度も何度も魔法をかけてきたのに。どうしてだろう。少しだけ、世界が間違っている。
私は手のひらを閉じる。ペンダントが温かく脈打つ。大丈夫。修正はできる。
――だって私は、魔法少女だから。
夜の公園は静かだ。風が木の枝を揺らして、古いブランコが小さく軋んでいる。
私はそのひとつに座って、足先で砂を押しながら、空を見ていた。街の灯りが遠くに瞬いて、星のように見える。
彼がここを通るのは知っている。毎週同じ曜日、同じ時間、同じ足取りで、同じ道を通る。私はそのことを全部知っている。知っているから待つだけでいい。
遠くから、足音が近づく。私は息を潜める。視線を上げる。
――あ、いた。
彼が来る。コートの襟を立て、鞄を肩にかけたまま、足先を急がせるでもなく歩く。
けれど、彼は私の前を通り過ぎようとした。顔を少し伏せて、気づかないふりをするみたいに。胸の奥が、かすかに軋んだ。
気づかなかったのかな?
声、かけてあげよ。
「ねえ」
彼が振り返る。少し驚いた顔をして、すぐに困ったように笑った。
「ああ……いたんだ。こんな時間に、どうしたの?」
「ちょっと、空見てただけ。綺麗だから。」
「へえ……そう」
返事は短い。
でも、いい。彼が立ち止まってくれた。
それだけで十分。
私は軽くブランコを揺らして、笑う。鎖の音が細く鳴く。
「少し、座っていく?」
「え?」
「だって寒いでしょ。動かないと凍えちゃうよ。」
冗談みたいに言うと、彼は小さくため息をついてから、ブランコの隣のベンチに腰を下ろした。仕方ないな、という顔をして。
私は嬉しくなった。
なーんだ、やっぱり魔法効いているじゃん。
「ねぇ、覚えてる?前にもこうして話したこと。」
「え、いつの話?」
「……ううん、いいの。忘れてるのが普通だもんね。」
「はは……なんか変なこと言うな」
「変かな?でも、私ね、嬉しかったんだ。君がまた、ここを通ってくれて。」
「また……?」
「うん。毎日通る道だもんね。知ってるよ。塾の帰りでしょ。」
「……もしかして、待ってたの?」
「うん。だって、会いたかったから。」
彼はほんの一瞬だけ言葉を失った。
きっと、嬉しかったんだと思う。
笑うのが苦手で口元が少し引きつる。
でも、それも可愛い。
照れてるとき、いつもそんな顔をするんだよね。
「そっか……でも、こんな時間は危ないよ。だから、早く帰った方がいいよ」
「心配してくれるんだ。やっぱり優しいね。」
少しの間沈黙の間があった。
「ねぇ、聞いて欲しいことがあるの。」
「私ね、あなたと結ばれたいの。」
彼は目を見開き、口を開きかけて、言葉を探してる。
「……ごめん。俺、今、付き合ってる人がいるから」
少女は小さく笑う。目を細めて、まるで優しく受け止めるように頷く。
「うん。知ってるよ。でも、私ならあの子が知らない事も全部知ってるよ。全部愛してるあげれる。」
「」
「だめ、かな?」
沈黙。
彼は視線を落とした。
照れ顔を隠してるのかな?
何かを言いかけては、やめる。
愛の言葉を考えてるんだ私の為に。やっと…
「……ごめん。ダメだと思う。」
その声は、まるで自分を責めるように震えていた。
「そっか……やっぱり、まだ足りないんだね。」
彼が顔を上げる。その瞳には困惑が滲む。だが彼女は、まるで恋人に微笑むように穏やかな表情を浮かべていた。
「でも、次ならうまくいくよね」
彼女は僕じゃ無い誰かに向かって話していた。ように聞こえた。
「ねぇ、知ってる? 私、魔法少女なんだ。」
彼は眉をひそめる。何の冗談か分からずに、曖昧に笑う。
「……は?」
「だからね、悪い人は懲らしめなきゃいけないの。使命だから。」
その言葉に、彼の笑みがすっと消える。
彼女はゆっくりとブランコから立ち上がる。
鎖が軋む音が暗闇に響いた。
砂を踏む音が静かに彼の方へ近づく。
「でもね、怖がらなくてもいいんだよ。」
彼女は微笑む。どこか優しいようで、どこか壊れたように。
「自分の罪をちゃんと償えば――救われるんだよ?」
彼の呼吸が浅くなる。
目の前に立つ彼女が、何を言っているのか理解できない。
「罪」という言葉が、重くのしかかる。
自分が何をしたのか、何を責められているのかも分からない。ただ、彼女の瞳だけがまっすぐ自分を射抜いていた。
「……やめろよ、何言ってるんだよ」
声が震える。
その震えに、彼女は嬉しそうに小さく笑う
「あ、安心して。毎回違う方法だから、君が飽きないように。」
その笑みは――まるで祈りのように穏やかだった。
夜の風が、ブランコの鎖を鳴らしていた。
彼は逃げようと思えば逃げられたのに、体が動かなかった。まるで夢の中に閉じ込められたみたいに。
少女は静かにポケットから何かを取り出す。月の光が魔法のステッキの輪郭を照らす。けれどその顔には、優しい笑みしか浮かんでいなかった。
「大丈夫。痛くないように、ちゃんとするから。」
その声は、まるで子守唄のように穏やかだった。
彼女の足元の落ち葉が、カサ、と音を立てて舞う。
世界の音が、一つひとつ遠ざかっていく。
「……まって、話せば――」
言葉の途中で、風が遮った。その瞬間、夜の公園が息を潜めたように静まり返る。
彼女はそっと彼の頬に触れる。
指先が冷たい。けれど、その仕草はどこまでも優しかった。
「魔法をかけてあげる。来世でもまた会おうね。」
その一言だけが、確かに聞こえた。
テレビの画面が淡い光を放っている。朝食の湯気が消えかけた居間で、父親の椅子の背にもたれた中年の男が茶碗を置き、リモコンをそっと戻す。画面の片隅には局のロゴ。アナウンサーの声が淡々と流れてくる。
「本日未明、東萩乃公園付近で二名の高校生が倒れているのが見つかりました。現場には遊具が散乱しており、詳細は現在調査中です。目撃情報のある方は、最寄りの警察署までご連絡くださいーー」
画面は現場の映像に切り替わる。朝の弱い日差しの下、黄色いロープが公園を囲んでいる。赤いフェンス、傾いた砂場、そして、ひとつだけ静かに揺れるブランコ。カメラはゆっくりとブランコに寄り、鎖が金属音を立てるほどではない微かな揺れを映す。
第100話 君の部屋で懲らしめ☆ミッション!
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