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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第十二話  「準備」(3)

 




「ここで、ですか」

「だ、駄目よ、ここは。陛下が病状に伏せておられるわ」

「許可はもらったよ、宰相に」


 おいおいおい。宰相閣下は何を考えておられる。それは許可してはならないだろう。

 現在闘病中の国王陛下に代わり姫殿下が王権を遂行しておられるとはいえ、浮ついた催しが許されるはずがない。


「お父様、その日は外部の医療機関で一日を過ごされるの。だから宰相には勧められたよ。『外で騒ぎを起こされるよりは、内々で爆発させた方がいい』って呟いてた」


 宰相閣下、貴方は何を考えておられるのですか。


 理屈はわかる。恐らくは西側に設置されてある医療機関にかかるということだ。

 であれば、西側の選択肢は消える。万が一近場のホテルやホールが爆発などすれば、国王陛下の容体に差し障る可能性が大いにある。


 いや、確率ではないな。姫殿下にポンコツ娘、アルカンジュの令嬢にヴェルディック。

 これらが一堂に会するなど、間違いなく問題が起こる。


 それを踏まえて、ドラグネス宰相は承認した。被害が広範囲に及ぶぐらいなら、せめて爆発物は城の内部に留めた方がいいと。


「その日は議会も東の行政区の方でやることになったらしいから、思う存分楽しんでくださいって」


 逃げたな、宰相閣下。

 いち早く危機を知らされて、早々に各大臣へ場所の変更を通達したんだろう。流石は国を背負っておられる方だ。異様な早さで自分は安全圏を確保した。


「王城で……ここで?」


 ガーウェンディッシュが呟くように繰り返していた。これに関しては、俺も同意する。


 この荘厳なる場で。当日はいらっしゃらないといえど、現国王陛下の居住地である。所蔵されている絵画の一つでさえ、王室の所有権を纏っている。


 たとえば。姫殿下とヴェルディックが何か妙な不審物を持ち込めば。

 たとえば。姫殿下とエステルハージが意図せずして何かを破壊したとしたら。


 格式を汚し、非礼を働き、失態を演じれば、どうなるか。


 姫殿下に起因したとして、監督責任は必ず追及される。余念の介在しない事前準備を経たところで、開催中は始終払拭できない緊張を纏うことだろう。そして、事後対応に追われる。

 下手を打てば、門閥としての威信が揺らぐのではないか。



 ……よし、ここはガーウェンディッシュに譲ってやるか。俺は一参加者として楽しむ側に回ろう。栄誉ある運営に携われず非常に残念だ。遺憾ながら、この女に名誉を渡してやろう。



「そうでしたか。それでしたら、姫殿下。全権はガーウェンディッシュに、」

「それなら、オルテン家のご令息様が適任ね。彼の卓越した能力なら、滞りなく収められるでしょう」


 切れ長の俺の眼と、口ぶりだけは品を意識した女の視線が交わる、火花が散った。


 こいつ! この女! 同じ思考に至りやがった!!


 銀灰色の髪を揺らして俺の方へ手で差してきたガーウェンディッシュは、まさしく本性が漏れ出ていた。こちらを見やり、わざとらしい笑みを浮かべていた。



 しまった、先手を打たれた。いや、まだだ。戦況は若干傾いただけだ。


「いやいや、何をおっしゃられます。ガーウェンディッシュ嬢が適任でしょう。模範的貴族と名高い方であれば、この件に最も適しておられるかと」

「いえいえ、そんな。私などまだまだ未熟者でして。オルテン家男爵の辣腕を学びたいものですわ」


 心にもないことを嘯きやがって。


「不朽の権威を誇るドメーヌ王城に、俺は明るくありません。常日頃から姫殿下をお迎えに上がる貴殿なればこその大役でしょう」

「無用な心配だわ。まだ二週間もあるじゃない。アメリアが口添えすれば毎日通えばいいじゃない。構造と間取りの把握まで可能でしょう」

「全部知る必要はないよ! 一部を使わせてもらうだけだから!」

「ほら、アメリアもこう言っているのだから」


 ならばなおのこと、ガーウェンディッシュがやればいいだろ。俺よりもここに来る頻度が多い、王城に勤める者達にも信用されているなら適任だろ、とにかくやれよ。


 それにお前、アークと旅行したいんじゃないのか。姫殿下の口ぶりからして、俺とお前のどちらか一方しか霧の庭園には行けなそうだが、気づいていないのか。


「俺のような若輩者なぞ、ガーウェンディッシュの名に比すればあまりにも見劣りします。ここはやはり、名実ともに国の筆頭貴族であられる御令嬢にこそ取り纏めてもらうべきかと。貴方であれば、何者も異論はありますまい」

「身分や立場から生じる序列を、アメリアは気にしないわ。友人なら誰もが対等。むしろ、このような時こそ貴方が指揮を取り、格位や家柄に囚われない第一王女の意思を国内外に喧伝するべきかと」


 ああ言えばこう言いやがって。いい加減引き受けろよ。俺は補佐に回ってやるから。当日は急病を起こして来れなくなるかもしれないがな。


「いやいや。何事においても完璧と称されるガーウェンディッシュ殿は、姫殿下の友人として第一人者であられる。この催しを通してその輪を広げ、強固なるものにしてくれるでしょう」

「いえいえ。お顔が広く、頭脳明晰と評されるオルテン家の令息であれば、役不足でさえある人選かと。そつなく成功を収めてくれるはずだわ」


 思ってもいない事を並べ立てやがって。まあ、それは俺もだが。ここで渋々と受諾するわけにはいかない。どちらが損な役回りを引かされるか、譲歩の介在しない駆け引きだ。


 ガーウェンディッシュ。お前、仮にも姫殿下のお申し出だぞ。光栄なる誉と面倒ごとを、さっさと承れ。


「いやいや、いやいやいや」

「いえいえ、いえいえいえ」

「二人とも急に仲良くなったね」


 姫殿下の素朴な微笑みを背景に、俺たちの押し付け合いは、それから数分ほど続いた。

 したくもない称賛を対峙者に浴びせ、やりたくもない褒め合いの舌戦を繰り広げていた。

 白目を剥くように相手を睨み、張り付けた笑みを横に伸ばし。薄ら寒く湿気づくような何とも形容しがたい淀んだ空気が充満し始めていた。


 世話係の運んできた茶菓子に手を付けていた姫殿下は、全員用のはずだったが一人で全てを平らげていた。そして次の茶菓子を持ってくるように伝え、ヴァルキュロスが部屋を出たところだった。


「よくそんなにババッと舌が回るよねー。首だけになっても喋ってそう」


 ババッ! と振り返った俺とガーウェンディッシュに、姫殿下は口元まで運んでいたクッキーを思わず落としそうになった。


「うわ、なになに」

「貴方が、そんな恐ろしいこと言うなんて」

「姫殿下の冗談というには、随分と物騒な比喩だと思い」

「え、ごめん。喩えが悪かったね」


 あっぶなー、と抜けた声音を発し菓子を両手で支える少女は、無意識に口にしただけなのだろう。わかってはいるが、それでも心臓に悪い。


 だが、俺の関心はすぐに別に移った。目の前の女に。

 ガーウェンディッシュもまた、俺に対してかすかに目を細めた。


 何だ、こいつ。反応が俺と変わらなかったよな。『首』の単語に、か? もしくは、ただ単に王女の言葉遣いに驚いただけか。

 いいや、待て。だとすれば、何故今も俺を訝しむように見るんだ。まるで何かを探るような目つきだ。


 雪原で向かい合った二頭の狼の、どちらが先に犬歯を覗かせるか。

 五秒前には存在しなかった不可解な緊張が、俺たちの間に流れていた。


「申し訳ありません! 遅れました!」


 そこへ、大きな音を立てて扉が開き、一人の青年が現れた。


 はっ、はっ、と小さくもない息とともに、銀白の癖っ毛が跳ねるように上下する。あどけない丸みを残す輪郭をした顔つきだが、制服の内側には鍛え上げられた肉体が隠れている。


「アーク、待ってたわ」

「やっと来たか」

「思ったよりも用事が伸びてしまって」

「いいよー! 座って座って!」

「紅茶は私が」


 スモーキブルーの瞳を輝かせた俺の親友が現れると、明らかに部屋の空気が変容した。俺とガーウェンディッシュの口元が綻び、姫殿下は笑顔で立ち上がり、いつの間にか戻ってきていたヴァルキュロスは颯爽とカップを用意した。


「話は、もう終わってしまいましたか?」

「大体は決まってるんだけどね、あとは誰が運営の方をやるのか決めているの。今はセレヴィとグレインがお互いに推薦し合っていたところ」

「二人が……? 犬猿の仲が?」

「ね、びっくりでしょ。二人とも、さっきから相手の方が良い、って譲らなくて」

「どういった経緯でそのようなことに」

「でさ、わたし思ったの」


 ひとつ思いついた、と言いたげな姫殿下は言葉を切る。

 それに、俺は背筋を撫でられるような悪寒を覚えた。だが、遅かった。


「二人に幹事になってもらおう!」


 ああ、終わった。

 容疑が確定した犯人のごとく観念した俺は、肩と膝の力が抜け、ソファーに全身を投げだした。柔らかな反発が、慰めにすらならなかった。


「待って、アメリア。指揮系統が二つになると滅茶苦茶に、」

「尊重し合える二人なら大丈夫。さっきまでずっと褒め合っていたじゃん。それで、アークが補佐になってくれると嬉しいんだけどなー」

「ええ、それぐらいなら構いませんけれど……褒め合う二人を見てみたかったです」

「ま、待ちなさい。話を、」

「諦めろ、ガーウェンディッシュ。もう何を言っても手遅れだ」


 脱力して背面に首を傾けた俺は、視線を宙に彷徨わせていた。投げやりに告げると、銀灰の髪を揺らした女も、状況を理解して同じように天井を仰ぎ見た。


「結局、こうなるのね」

「二人とも大丈夫? そんなに大変だった?」

「徒労だった」


 諦観の心地で背もたれに身を預けた俺たちに、アークだけが疑問符を浮かべていた。






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