第十二話 「準備」(2)
「わたし、みんなとは個々で知り合ってるけど、全員が一度に集まったことってないの。わたしの友達で二人が会ったことない人とかあまり話したことない人っているんじゃない?」
姫殿下が招待する人数は十二名。俺とガーウェンディッシュ含め全員が王立魔導大学に在籍している。同郷のみならず東西南北の留学生までと幅広い人種が参加するそうだ。
「私は全員と顔見知りだけれど、言われてみればそうね。それほど話したことのない人はちらほらいるわ」
「留学生の一人とは、顔すら合わせていません」
「そうでしょ? 他の人もそんな感じするんだ。だからそのための懇親会!」
「親睦会よ。それだと目的が変わるわ」
貴族社会では何ら珍しくもない、どころか必須行事と言っても過言ではない催しだ。
情報交換、政治的連携、結婚相手探しなど、上流階層の者にしてみれば普遍的で一般的だ。
ジャミ、ジャミールだったか? そんな男は会ったことないな。リファーナ・エス=サラディアという女生徒は大学で一度か二度見たことがあるくらいか。
北の連邦出身の二人とは、姫殿下を介して何度か話したな。仲の良い従姉弟で第一印象は悪くなかった。ゆえに、多少の警戒はしておいた方がよさそうだった。何かしら目的を秘めて他国の王女に接触を図ったのだろう。今のところは特段の動きを見せていないが。
ヴェルディックは、ただただ苦手だ。あの男の気質は、姫殿下と似通ったところがある。できればあまり近寄りたくはない。俺の関知しないところで姫殿下と暴れていてくれ。
対応及び事後処理はガーウェンディッシュがする。
「今日からちょうど二週間後に開こうと思うの!」
「早いわね。今日の内から準備に入った方がよさそう……全員を呼ぶというけれど、そもそも呼べるの? 予定が合わない人だっているでしょう?」
「みんなに確認取ったから大丈夫。二人もそうでしょ?」
「俺は特にありません」
「私も。アークと揃って参加するわ」
「オッケイ! それじゃあ二人の意見を聞きたい!」
「何をされますか? 十数名ともなれば、小規模なものになるかと思われますが」
舞踏会、サロン、アフタヌーンティー、狩猟会やスポーツ。大仰な場は必要ない。人数や気軽に参加できることを考慮すれば、サロンか紅茶会あたりが妥当だろう。
「名目ってなるとサロン、集会かなー。朝に集まったら、まずはボードゲーム。それでダンスしてからお昼ご飯を食べる。午後はちょっとしたスポーツでもして、まったり紅茶を飲んで。ディナーは城近くのお店を予約すればいいから、」
「ちょっと待ちなさい。一つ、せめて二つに絞りましょう」
「脱落者が出てきそうだ」
一日で社交の全てを制覇するつもりだったのか、止めておいてよかった。
俺はまだまだ姫殿下を甘く見ているな。無限にさえ思える体力は、いったいどこから湧いてくるんだ。
「ボードゲームと、ダンス。それでお茶会かしら」
「現実的にはそうだろうな」
「もっと遊びたいのにー」
「わかったから、袖を引っ張らないで。期間を置いてまた集まればいいじゃない」
「それもそっか」
おい、ガーウェンディッシュ。余計なことを言ったな。これで次回も開催が決定したようなものだ。姫殿下なら時を置かずにまた言い出しそうなことではあるが。
辞退や遠慮が通るはずもない。もはや諦めるしかなさそうだ。
「ゴージンとかリュソーとか、みんなとあんまり接点がなさそうだから、こういった時に呼ばないとねー」
大商人の娘、か。
俺は少し俯くようにし、一カ月前を思い出した。
商人上がりのオルテン家嫡男として育てられた俺は、商才に関してそれなりに自負を抱いていた。この分野であればガーウェンディッシュでさえ上回っていると。単身で西のアルトラ公国に乗り込もうと、やっていけると。
アルカンジュと言えばアルトラ公国経済圏の三分の一を担うほどの魔導資本であり、西狼として有名であり、リュソーの名と逸話は度々耳にしていた。
どのような人物か、以前から関心を寄せていた俺は、姫殿下とリュソーの二人が話していたところへ、偶然を装って割り込んだことがある。
あの佇まいと不敵な笑みから漏れ出る風格はもとより、会話の展開力からして、只者ではなかった。対面した時点で悟っていた。
商いの舞台において、あの女性には太刀打ちできない。
圧倒されるばかりだったが、同時に密かな憧憬を抱いた。だからこそ、何かしら繋がりを持ちたいと常々考えていた。ゆくゆくは商売を通してあらゆる事柄を学びたい。
その点、今回の親睦会は好都合かもしれない。アルカンジュの令嬢と距離を詰められる好機だ。彼女の歩みを生の声で聞いてみたい。以前に会った時は、表面上の挨拶や儀礼的にしか対応されなかったからな。
「運営の統括は姫殿下として、指揮もご自身で取られますか? 他の者にも担当させた方が負担を軽減できるかと思われますが」
「うーん。言い出しっぺはわたしだけど、二人のどっちかに任せようと思ってた。もう一人はその補佐に回ってもらおうかなって」
「それでしたら、このグレインにお任せを。姫殿下のお気に召しますよう進めて参ります」
ひとまず聞いている限りで不審な点は見当たらない。突飛な発想から生じる、避けられようのない災難かと身構えすぎたようだ。
とりあえずは、この企画を利用し王女の好感度を上げておくのが得策だな。こうして立案の段階で呼ばれていることから、現状でも相当に信用を寄せられていると推察するが、更に稼いでおいても損はないはずだ。
本音を言えば、面子を省みてもあまり参加したくないが。
「こういったことは友人筆頭の私が務めるべきだと思うわ。オルテン家ご令息様は多忙でしょうから、私がするわ。アークに補佐をしてもらってね」
「配慮は不要だ。ガーウェンディッシュ家ご令嬢こそ、抱えている案件が多くあるだろう。未だ裁判中のものは少なくないと聞くが?」
「あとは事後処理を進めていくだけだから、さほどの労力は必要としないわ。」
何だこいつ、数十秒前までは面倒そうな表情を浮かべていたくせに。急にやる気を出しやがって、アークと一緒にやりたいだけだろ。
譲るつもりはないらしいな。だが、俺としてもこいつの下につく気はない。
「二人ともいいの? 忙しかったら他の人に頼むよ?」
「気にしないでアメリア。それと、ひとつ聞いていい? 任せてくれたら私も全力でやるけれど……その、ね。品が無いとはわかっているけれど、何か褒美が欲しいわ」
「それは構わないけど、何か欲しい物でもあるの?」
「【霧の宮廷庭園】っていいかしら? アークと旅行に行きたいの」
「あー、あそこね。オッケー、オッケー! 招待状を書いておくね」
「ありがとう、絶対に成功させるわ」
【霧の宮廷庭園】、通称ミストコットガーデンか。外部の喧騒から完全に隔離された究極のプライベート空間。ヴァルモン王家が所有する別荘の一つ。どの身分の者であろうと、王族の正式な招待状なしには訪れることすら憚れるとされる避暑地だ。
チッ、こいつ。一から十までアークとイチャつくためか。大貴族らしい欲望を隠しもしない。
私利私欲にまみれているくせに、こんなのでよく姫殿下に溜息をつけるものだ。
「姫殿下、俺もそれが良いです」
「あら、誰か誘う方でもいらっしゃるの? 貴方のお眼鏡にかなう人がようやく現れたのね」
「へえ~、だれだれ。わたしの知ってる人?」
「アークと行きます」
「何で貴方が行くのよ!」
四季折々の美しい庭園、治癒効果のある温水の湧き出る泉。静謐かつ優雅な時間をガーウェンディッシュが悠々と過ごそうと構わない。だが、こいつの補佐に回るのは癪だ。
それに、アークを連れて行くだと?
この女の歯ぎしりを背景にして、俺がアークと旅行に行ってやる。
「友人と行くのがおかしいか?」
「婚約者を差し置いて何言っているのよ!」
こいつ、アークになるとうるさい奴だな。あいつだって旅行するなら気兼ねなく楽しめる相手の方がいいだろう。俺のような友人とな。
歯を見せて鼻で笑うようにした俺に、眉根を寄せるガーウェンディッシュ。無言の睨み合いが一筋の糸となり、お互いの魔力が衝突しそうになる。
しかし、姫殿下が両手を突き出すようにして俺たちの視界を遮った。
「もー、二人とも喧嘩しないで。忙しいんだったら、わたしがするからさ」
「それには及ばないわ」
「そうです。姫殿下は泰然としていてください」
姫殿下に陣頭の指揮など取らせるわけにはいかない。確実に振り回される。
いがみ合おうと、俺たちの共通認識はしていた。
どうしたって巻き込まれるのであれば、主導側に立った方がいくらか被害は抑えられる。幾度となく姫殿下と関わったことで得た知見だ。上手くいけば、家格の向上に繋がるかもしれない…………全くもって望むべくもないが。
「それじゃあ、ちゃんと決めてね。もうすぐアーク来るかなー」
姫殿下が窓の外を眺めるようにしたのを尻目に、俺は銀髪女を見やった。
どちらが魅力的な具体案を出せるか。家柄と矜持を携えた議論の開始だ。
「開催場所は特権エリアの西側が適している。王立貴族倶楽部や冬季温室、レセプションホールなど。オルテンの名を出せばどれも容易に確保できる。ホテルの一部を貸し切ることもな」
特権エリアの西側を探せば、適当な場所がそこら中にあるだろう。格式を保ち、それでいて肩肘を張らずにいられる場所ならば、五以上は軽く思いつく。厳重な警備の手配まで、迅速に進めていけるだろう。
「私にも候補があるわ。富裕層街区の黄金サロン、特権エリアの南に位置する水晶温室……ザックスファード内で終始してもいいわ。通い慣れている場所の方が緊張もしないでしょう。教師陣の許可ぐらい、私なら容易に下りるでしょうから」
「あ、場所は気にしなくていいよ。王城を使うから」
思案していた脳が、止まった。
思わず対面を見やると、銀髪女まで動揺を瞳に揺らしていた。
平然と告げてきた姫殿下に、俺は途端に顔が強張り出した。




