第十一話 「下見」(6)
あれから事後の対応に追われたわたしたちは、夕方ごろに解放された。それから慰労も兼ねて夕食をともにし、ほどなくして青年たちと別れた。『これからも気軽に話そう』と握手を交わす爽やかな二人の姿には、わたしの口端も上がるしかなかった。
城へ帰還した折に近衛四名には特別報酬を上乗せすることを伝え、任務から解いた。そうして自室へと戻ると、扉の前ではエルミナが待っていた。まるで宝の番人のように佇んでいた彼女は、部屋の主を認めるとその綺麗な唇を薄く広げ出迎えてくれた。
「それでねー。アークもジャミも、護衛の人たちも頑張ってくれて。ジャミはちょっと大変なことになったけど」
「流石はアメリア様。アーク君も、そんなことを……良き一日を送られましたね」
珍しく長い間離れていた日だったからか、久しぶりのように感じる大切な侍従に、わたしは私室で髪を梳かれていた。
お互いに有意義な時間を過ごせたようで、わたしが今日の出来事を嬉々として語り出すとエルミナの相槌も弾んでいた。
「それで、エルミナは?」
「私、ですか」
「良いことあったんでしょ?」
「そう、見えますか?」
「うん」
「……そうですね、良いことがありました」
結局、エルミナは何があったのか言ってくれなかった。けど、いつかは教えてくれるというので待つことにした。
なんていうか、『言いたいけど言いづらい!』みたいな顔をしていた。いずれ、そう遠くないうちに話してくれるとは思う。
「夕食も美味しかったー。アークの選ぶところは間違いがないね」
「今度は、私も共にします」
「行こ行こー……それでさ、そのときにジャミから話を切り出されたの」
「あの留学生からですか」
「ジャミの故郷、南のことで相談された」
個室ではあったけど、護衛の人たちとわたしたちの机は少し距離を隔てたところに配置されていた。わたしとアークにだけ話をしたいという、ジャミの要望のためだ。
「パルディア諸邦で緊張が高まってるかもしれないんだって」
わたしが声を一段低くすると、髪にかかるエルミナの指先が少しゆっくりになった。
「南方では常のことではないでしょうか。革命を経て神権国家は分裂し、小国家や都市国家の乱立にともない、小競り合いや衝突は頻繁に起こっているかと」
「そうなんだけど、今回のはちょっと規模が違うかもって。革命貴族や旧体制派の一部が私兵を増強した、東から流れてきた魔導兵器や装備が一部の都市国家に運ばれた、とか」
「恐れながら、どれも信憑性に欠けるかと。『噂』、『らしい』、『かもしれない』などは真に受けてはならない類かと思われますが」
「わたしもアークも、最初はそう伝えたの。でも、ジャミは確信があるみたい」
「確証がないのであれば、一笑に付してもよろしかったかと」
冷淡に、そして率直に言ったエルミナは、恐らく後ろで眉根を顰めているかもしれない。
最も信頼できる侍女であり身内と言ってもいい女性は、ほとんどジャミと会話をしたことがない。
わたしほど彼を信用していない。たぶん、初めて会った時の『軽薄そうな男』の印象から変わっていない。
「お父さんから、手紙があったんだって」
「……父親からの連絡など、何ら不審な点はないかと」
「それがさ。ジャミが留学してからこれまで、一度もやり取りがなかったんだって。それなのに、昨日届いた恋人さんたちの手紙に混ぜて送られてきた」
「半年も便りの出さない息子に文句の一つでも送り付けたかったのではないしょうでか」
「それも言った……けど、内容が暗号化されたものだったら?」
途端に彼女は押し黙った。指先にわずかな力が入ったのを、わたしは感じていた。
「【騒乱の予兆、内戦の兆しあり】。日常会話を装った手紙には、そう書いてあったんだって」
健康を気遣い、学業不振を懸念する言葉。親心を感じさせる日常会話には、伏せられた単語を組み合わせると浮かび上がる真意がある。
検閲を想定し、下手に魔力や魔法を使用しない書き方だったという。後継者候補のジャミを含めて、これを活用できるのはエフ=バフマーン家でも限られた人間のみ。
『父親とは留学前に決めていました。何かあれば恋人たちの手紙に同封して伝えると』。
そう告げたジャミにしてみれば、お父さんからの手紙は緊急の知らせであり警告なんだ。
「さしたる意図はなく、綴られた通りの激励ではないでしょうか」
「それも言ったんだ。そしたら『あの父親が俺の健康を気遣うはずがない。恋人たちに灰にされそうだったときでも笑っていた男ですから』って」
「悪い意味で信頼があるのですね」
ただならぬ事が故郷に訪れようとしている。そう判断したジャミは、来月に来てくれるという恋人たちに向けた物を探す傍らで、わたしも探していたらしい。奇しくも、立ち寄ったお店で出会えた。
入出国についてはまだそれほど制限がかかっていないため、数名の彼女さんたちは問題なく来られるそうだ。
「それで、相談された。『恋人と家族全員を一時的にこの国へ避難させるのはどうか』って」
魔導書店を出た直後にジャミがわたしへ声をかけたのは、このことだった。あのときは、好印象だったとはいえ知り合って間もないアークの他、警護人数名が居たため、国の内情などを鑑みて口にしてもいいか悩んだ。逡巡している内に、騒動に遭遇してしまった。
「保護は、申し出されましたか?」
前に回って、薄紅ブロンドの前髪を手の甲でそっと払うようにしたエルミナは、目つきを少し鋭くしていた。若干の陰りを帯びたその瞳は、わたしでも怖くなる時がある。
しかし、この件を真面目に捉えてくれたらしいことはわかった。
視界に現れた従者に、わたしは伏し目がちに首を振った。
「したかった。喉まで出かかったけど、抑えた。わたしの代わりに、アークが言ってくれたから。ハルデン家の領地に招こうかって」
「賢明な判断かと。アーク君は、だいぶ思い切りましたが」
「二人って波長が合うっぽいから。今日だけで凄い仲良くなってたし」
少し笑うようにすると、世話係は目元を柔らかくした。
「アーク君であれば心配は無用かと。彼なら問題なく進めてくれるでしょう」
「わたしもそう思う」
エルミナが同調したように、貴族青年の提案は最良と言ってもいい。
今後、パルディア諸邦で騒乱の機運が高まれば、ヴァルモン王国との国境間は厳しい規制が入る。そのときになってからでは、こちらに入国するのも難しくなる。
可能性ではなく。確実に起こると捉えて早めに行動した方がいい。
「かといって、わたしが主導して動くとね。『王族が率先して保護した』ってだけで、南から亡命する人が急増するかもだし。その人たちまで簡単に受け入れると、南部国境と南部地方が混乱するから。セレヴィのお父さんが統括してるといってもね、う~~ん」
「込み入った話になります。アメリア様のお悩みは当然の事かと」
わたしが腕組みをして軽く唸ると、エルミナは寄り添うように微笑んだ。
あの場では護衛の人たちを気にしてか、ジャミは口では辞退した。その態度に合わせて、銀髪青年とわたしはそれ以上言及しなかった。あくまでも『困ったら言ってね』のニュアンスで締めくくった。
アークとは目配せして頷いた。わたしが口にしなくても、聡明な彼ならやるべきことを理解している。明日あたり、セレヴィにこのことを相談するはずだ。
「南から直接じゃなくても、東や西を経由するルートも考えておかないとね」
「飛行船で運ぶ、魔導列車に紛れ込む。なども密入国にはなりますが案としては挙げられますね」
「バレないようにしないといけないけどね」
「アメリア様から下知をいただけるのであれば、僭越ながら私が連れて参りましょう。一度に全員は難しいですが、一回に一人、または二人ずつ抱えて来れば、時は掛かろうと確実かと」
「たあしかに! むしろそっちの方が安全かも」
「アーク君の、ハルデン家の協力もあれば、なおのこと万全を期して行えるかもしれません」
「そうなったらセレヴィも手伝ってくれると思うし。よしよし、手段は決定だ! あとは準備を進めるだけだね」
表現や文章を一緒に考えた仲、今日も問題解決に取り組んでくれたジャミのためにも、出来る限りの支援はしたい。ここら辺は、セレヴィとアークの他にも宰相と相談して決めようかな。
そうだ、リファーナにも話を聞いてみよう。教えてくれるかは別として、詳しいことを知ってるかも……もしかしたら、リファーナもなにか困ってたりするのかな。
「正直に言うとさ、南のゴタゴタとかサクッっと終わらせたいよね。エルミナやみんながいてくれたら、何とかなりそうな気がするし」
そうしたら、ジャミの家族や彼女さんたちが手間をかけて避難しなくて済むだろうし。
誰だって、生まれ育った故郷を離れたくはないと思うから。
「こればかりは、国家規模の事態でしょうから。容易には介入できません」
「そうなんだけどねえ」
「アメリア様」
櫛を机に置き、目の前で片膝をついた女性は、わたしの手を取って見上げてきた。
唇に空気をふんだんに含ませ、彼女は言った。
「私は、従います。貴方が為したいとあれば」
暗灰色の瞳で見つめてくる彼女は、そして穏やかな笑みを浮かべた。
わたしは、この眼が好きだ。慈しむようで、時には厳しく。敬愛や畏敬、それでいて家族に接するような親愛の眼差し。たまに翳りが差したり重くなるときがあるけど、彼女の期待にはいつだって応えられるようにしたい。そう思わせてくれるんだ。
「ありがとう。頼りにしてる」
主と侍女に流れる空気は、これまでと変わらない心地良さで満ち足りていた。
良い雰囲気、あれを渡すのにグッドタイミングだ。
わたしはベッドの脇に置いていた小箱を、エルミナへ差し出した。
「はい、これ! いつもお世話してくれるお礼!」
「ありがとう、ございます」
戸惑いがちに受け取り箱を開けた侍女は、予想通り驚いた顔をしてくれた。中にある深緑のグローブを手に取った彼女に、わたしはニンマリとした。
「子羊の革で出来てるんだって。普通のじゃないよ」
恐る恐るといった様子で手を滑らせていくエルミナは、指を曲げ伸ばしすると目を見開いた。
「これは、」
「無感触を追求したもので、それを着けていても素手で触れるように物を持てるよ。水とか汚れも弾いてくれるし、エルミナの手を守れると思う」
アークと服飾店に行ったとき、最初はドレスを選ぼうとした。けど、普段使いの方が良いかなって考えてたら、丁度良いのを見つけられた。装飾のない、強いて言えば手首辺りに小さな刺繍が編み込まれてるぐらいだけど、仕事も想定したらこれが一番だった。
いつも姿勢が綺麗でスマートなエルミナには似合うと思ったんだ。
「よろしいのですか。このような高価なものを」
「うん、だってエルミナにあげるものだもん。わたしの貯金で出したんだからね。大切に扱ってよ」
「ありがたき、幸せにございます」
ふふん、と胸を張っていると、目の前でエルミナが両手に着けた手袋を胸元に押し当てるようにして膝から崩れ落ちた。
なんか嗚咽まで漏らし始めた。
「え、そんなに? 泣くほど?」
「私の生涯は、このためにあったのですね……」
「ええ、まだ生きててよ、一緒に生きてようよ」
「う゛おおお、お゛、お゛」
「なんで? なんでもっと泣くの!?」
よくわかんないけど、とりあえず背中をさすろう。
鼻水ダラダラにして、全然スマートじゃなくなった。それでも、自分の袖などで涙を拭って部屋は汚さずにいる。さ、さすが。
数分して、ようやく泣き止んでくれたけど、ちょっと腕が疲れたな。
「今夜は、これを着けてアメリア様のおそばに」
「もう寝る時間だよ」
「それでは、扉の前で平伏しておりますので。添い寝や抱き枕など、何か御用がありましたらお申し出を」
「ちゃんと自分の部屋で寝なさい」
アークとは違う意味でたまに暴走するんだよね。こういうときはお姉ちゃんを宥める妹みたいな気分になるよ。たまーにしかないから新鮮で面白いけど。
南のことは、あまり心配していない。さっきも考えた通り、エルミナとセレヴィ、アークにジャミと、みんなに呼びかけて事に当たれば、何とかなると思う。いや、なるね。確信を持って言える。
ひとまず、わたしの方でできることはしておこう。準備しすぎてダメな事なんてないし。
うーん、やることがいっぱいだ。ジャミのことに、リファーナとの対話に、ゴージンからの相談に、ノーラとのお菓子会議に、リュソーとの購買案に、ライとイヴのイチャつき観察…………あ、そうだ。明日か明後日、セレヴィとグレインを城に呼ばないと。
多忙に多忙。だから、退屈しない。
明日もまた、良い日になるといいな。なんて、思わない。
わたしが自分でするんだ。




