第十一話 「下見」(5)
事件の発生から五分と経たず、なだらかな芝生の絨毯の上に騒ぎの大元は鎮座していた。
飛行船から数分ぶりの地上へ帰還したわたしは、護衛の女性たちが嬉しそうに駆けつけてくるのを見て、成功を実感した。
搭乗口からは、二つの顔が出てきた。操縦士の中年と若い青年は涙を浮かべ、まるで祈るようにわたしたちに膝をついて頭を下げられ、そして感謝を伝えられた。その様子を民衆が遠巻きに見ていた。
「アメリア!! 無事に着地出来たんだ!」
「王女殿下! 貴方は人の範疇に収まっているのですか!」
「二人とも! 馬車の方は?」
群衆をかき分けて飛び出してきたアークとジャミが、手を振ってこちらに向かってくる。
銀と灰茶の毛並みをなびかせた二匹の犬が駆け寄ってくるみたい。
そのうちの一匹は、衣服がボロついていた。
「何とかなった。御者も馬も全て無事だよ」
「さっすが……ってジャミ。なんかボロボロじゃない? 大丈夫?」
「お気になさらず。いくつかの馬に踏まれただけですので」
「惨事じゃん! 治癒するから!」
「安心してください。見た目は痛々しいでしょうが、ほとんど治癒を終えています」
いや、確かに走れてるしきちんと会話もできてるけさ。ジャケットは袖が破けたり背中の一部分が無くなってたり、ズボンなんて片足が丸見えになってるよ。お洒落の最先端の都市でも先取りしすぎな格好になっちゃってる。
「怪我人の治療はジャミール君がやってくれた。彼の回復魔法の練度は高い!」
「いや、アークシスの重力魔法も凄かった。あれだけの範囲に精密な制御力は、俺には真似ができないな」
お互いを褒め合うように肩を叩き合った二人は、ちょっと呼び方変わってるね。馬車を止める過程で協力したからかな。
「あと、ごめん。何台か止められなかったから、ジャミール君が」
「あれは仕方ない。子供に怪我が無かったんだ。良しとしよう」
わたし達と別れた二人は、先行した近衛が数台の馬車を止めている間に、全体を止めるべく動いた。
わたしの指示通り、アークは断続的に重力魔法をかけていき、馬群の勢いを鈍らせていった。
一時は全ての馬車を抑えられたけど、衝撃のはずみで荷台から解放された馬の数頭がすり抜けていったらしく、その先には年端もいかない子供がいた。
事態に呆然と立ち尽くしていた子供は、あわや被害に遭うところだった。しかし、そこへいち早く飛び込むようにしたジャミが、身を挺して守ったという。
青年がロザリオを輝かせた間に、近衛の男たちが残りの馬を止めてくれた。
「ジャミ、ジャミ! すっごいじゃん! 格好いいよ!」
「そこまで言われると、少し照れますね」
ジャミの肩と背中を叩いてると、まるで岩盤のような感触が返ってきた。
これで一つの命を守ったんだ。よくやってくれたよ。
「ジャミが自分で治癒できたからいいけど、あまり無茶はしないでね。来月彼女さんたちが来るんでしょ?」
「良い武勇伝ができました」
おお、そう言えるのは男前すぎる。恋人さんたちもジャミに惚れるわけだ。
「よっし、恋人さんたちが来たらわたしも呼んでよ。ジャミの良いところ沢山伝えるから」
「お心遣い大変光栄ではありますが、誠に恐縮ながら、見送らせていたただきます」
「丁重に断れた! 何でよ、自分で全部言いたいってこと?」
「そういうわけでは。王女殿下の口を介すと、あらぬ誤解を受けそうで」
「いい加減わたしだって怒るからね!」
ジャミって、わたしになら何言ってもいいと思ってる節があるよね……セレヴィもアークもそうかも。
まあいいけど! 友達ってこういうもんだし! でももう少し礼節というかさ……わたしが言えるかな?
憤慨したわたしがジャミに頭突きしている間に、警衛の男性二人も合流した。これで、緊急事態に動いてくれた功労者全員が揃ったことになる。
「みんな、お疲れ様!! ……ん?」
と、わたしが振り向いたところで、周囲から歓声が上がった。
「アメリア殿下だ!」
「第一王女殿下が、街の危機を救ってくださった!!」
「あの青年たちも暴れていた馬車を止めてくれた! 俺の娘が助けられたんだ!」
気づけば、相当数の人だかりができていた。
人が人を呼び、拡大する波は――やがて大きな声援となって伝播していた。
「第一王女殿下万歳!」
「王国に栄光あれ!!」
「みんなぁ! あぁりがとぉぉ!!」
連鎖的に広がる合唱は、一切の邪念がない称賛だった。雷鳴のように轟く拍手に、わたしは両手を上げて感激をあらわにした。アークとジャミは片手を振って少し恥ずかしそうに笑みを浮かべ、近衛の四名はたじたじと背後で縮こまっていた。
王国の民を守れた嬉しさ、友人たちと協力して解決できた高揚感が、胸に広がっていた。
濁り気のない透明な喝采を浴びていると、ふいに目頭が熱くなってきた。
「アメリア……それは、」
「え、?」
どうしたのアーク、なにか……んな、なんだぁ。目元から。
それは、とめどなく溢れ、地に流れていく。
「泣いてる……?」
「いや、これは。王女殿下、魔力が。魔力が目から流れてます!」
「お、おお、おおお?」
「アメリア様、大丈夫ですか? 眼に違和感はありませんか」
琥珀の両眼からは、薄紅の魔力が滂沱のように流れ出していた。
確かにこれなら、泣いてるように見えるかも。赤い涙なんて怖すぎるけど。
「う、うん。ただ出てるだけで、痛みとかないよ。あれ、でも、これどうやったら止まるかな」
「すぐに、すぐに医療機関にかかりましょう!」
「あ、止まった」
「ええ!!??」
ビール樽の栓をきゅっと閉めたように、急に止まった。
これって、もしかして。
「おわっ!」
「お、王女殿下、何を」
「おお、できた!」
瞼を閉じて視神経に魔力を集中させると、それは漏れ出した。
かっ、と見開くと、一瞬だけ勢いよく飛び出した。そしてまたすぐに滴り落ちるように。
「ど、どうなさっているのですか?」
「王女殿下は、とうとう目から魔力まで出せるように。いずれは魔法までできそうだ」
「もう、アメリアには何が起こっても驚かなくなりそうだ」
「王女の涙水、火吹きとか、老廃物を一緒に排出したり? なんか色々できそう」
「一度、一度で構いませんので医者にかかりましょう!」
ジャミは目をしばたたかせ、アークは苦笑いを浮かべ、護衛の女性にせがまれながら、わたしは周囲の声援に再度応えていた。
民衆もわたしの異様な姿にどよめきつつも、次第に面白がるように拍手をしていた。
そして、気づいていなかった。
目尻から溢れ出る魔力に、微かに輝く水滴が混ざり、流れていたことを。
たとえ知覚したとしても、わたしに理解できるはずもなかった。




