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リープ ~私達の二周目~  作者: 蛇頭蛇尾
2章  

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第十一話  「下見」(4)  

 



 青年同士の友情が芽生えだしてから、ほどなくしてアークの探し物も見つかった。わたしたちが来る前にジャミが探していた中に、該当する一冊があった。


「アークシス君がいてくれて本当によかった。これからも仲良くして欲しい」

「こちらこそ、ジャミール君とはまだまだ話すことがたくさんできそう」

「ねえ、ジャミ。わたしは? わたしも居てよかったよね。本を取ったりしたし」

「王女殿下は…………そうですね、場が明るくなったかと」

「言い淀んでるし、取り繕ったでしょ!」


 ジャミはだいぶ口調が砕けてきてるし、アークも肩肘を張るような姿勢じゃない。この二人だったら、すぐに仲良くなれる、というか親友みたいになりそう。


 購入した書籍の入った紙袋を手にしているアークに、わたしはにこやかにした。


「これでセレヴィとはバッチリだね」

「ありがとうございました。この恩はまたどこかで」

「いいよいいよー。わたしもお昼ご馳走になったし。セレヴィとどこまで進んでるか教えてくれるだけで」

「要求はするんですね」


 それはそうだよ。二人はわたしの見本というか理想みたいなカップルなんだから。話せる範囲だけでいいけど、色々参考にしたいし。セレヴィは恥ずかしがってあまり教えてくれないから。まあ、わたしも予定とかないんだけどね。


「それじゃあ、どうしよっか。早いけど解散する?」

「よければ、これからお茶でもどうでしょう? ここから近くに、南方から出店してきたカフェがあるらしいので、ジャミール君も是非」

「お邪魔でなければ、俺も同席します」


 おおー。ジャミってけっこう人を選びそうな気がするけど。距離感が詰まってきてるね。

 いいじゃん、いいんじゃん。


「それにしても王女殿下にデートの下見に付き添ってもらうとは。アークシス君は豪胆というか」

「今日のアメリアは平和的で穏やかですよ」

「二人がわたしをどう見てるのか、わかってきた気がするんだけど」


 親近感を持つのはいいけど、変なところで同調しないで欲しいな。

 わたしは今日なにもしてないんだから……否定になってないや。警護人たちまで、わたし達の会話に微笑んできてるし。


「それはそうと。王女殿下に少々ご相談がありまして」

「なになに? 手紙? 手紙のこと? またわたしのスーパーな想像力が発揮するとき?」

「い、いえ。それはいずれその機会のときに。それよりもお話ししたいことが、」

「そんなに? ジャミが恋人のことよりも優先することって、なんか怖いね」

「全くの無関係ではないです。彼女たちだけでなく俺も、そしてサラディア嬢にも及ぶことかもしれません」

「え、どういうこと?」


 わたしの問いかけに途端に口を閉ざしたジャミは、数秒前までの態度とは一転して目を細めた。後ろを振り返るようにして、視線をアークたちに向けていた。


「……僕、少し離れましょうか」

「ああ、いや。アークシス君にも、聞いて、もらうべき、なのだろうか」


 空気を感じ取った銀髪青年が尋ねると、ジャミは少し取り繕うようにして、歯切れを悪くする。灰茶の瞳を伏せ口元を若干引き締めるようにして、思案顔になる。その様子に、わたしだけでなくアークや侍衛の人たちまで顔を見合わせて次の言葉を待った。


 しかし、続きは途切れてしまった。


「何か、騒々しいですね」


 アークの目線は、大通りの方を向いていた。わたしの耳にも、驚きざわめくような声が聞こえた。幅の広い通りで催される見世物など、そういった娯楽による賑やかさとはまた違う。どちらかと言えば、悲鳴などに近しい喧騒のようだった。


「ごめん、ジャミ。あとでも大丈夫そう? 言いづらい事なら時間が必要かもしれないし」

「…………ええ。急ぎの用でもありませんから。俺も考えを整理しておきます」


 間を空けて瞼を開いたジャミに、わたしは小さく頷き、みんなを引きつれて声のした方角へ走り出した。


 何だったんだろ。見たことないぐらい深刻そうな顔つきだった。このあとのカフェで訊けばいいかな。今はとりあえず、騒ぎの方へ。


「何だろ、上?」

「空を見てますね。何、が」


 大通りに出ると、人影は多くなかった。人々は一様に目線を上げていた。

 空に向けて指を差し、口元に手を当てて瞳孔を開き。驚愕を聞きつけて建物の窓から乗り出るようにする人も見られた。

 わたし達も見上げると、原因を理解した。


「あれは、飛行船が」

「落ちてきてる!」


 先ほどまで中空を漂っていた飛行船の一つが、お尻に黒煙をつけているのが遠目に見えた。

 機器の故障か、突風に引っ張られるように前傾になり高度を下げた。


「浮遊制御が上手くいっていないのでは」

「あれ、こちらに向かってきていないですか?」


 しかも、わたしたちの居る場所へ紡錘の先端を向けていた。視界の中で徐々にその様相を大きくしていく船は、あと数分もすればここら一帯に大きな影を落としそうだった。


「飛行船が落ちてくるわ!!」

「逃げろ、逃げろー!!」


 甲高い悲鳴とともに、弾かれるように人々が駆け出した。コップを傾けて水を垂らすとわらわら巣から出てくる蟻のように、場は騒然と混乱がまき散らされていた。


「まずいね、あれ」

「王女殿下、お早く! 私ともう一人が抱えて飛びます!」

「ご学友のお二人は、私たちとともに。さあ、お早く!!」

「王女殿下、彼らに従いましょう!」

「待ってください! アメリア、あれは」


 嬌声が響き、逃げ惑い始めた人々を尻目に両腕を組んでいると、隣に立ったアークが大通りの先へ指を差した。


「逃げろ!! 馬車の集団が暴走しているぞ!!」


 野太い男性の叫びに顔を向けると、街区の境界線の先、特権エリアから数十台もの馬車が群れを成して押し寄せてきていた。震動が足元の石畳にまで伝わり、空気まで震撼している。

 頭上の飛行船に怯えた馬たちが、御者の指示を無視して我先にと駆け出したのかもしれない。


「みんなーー! 建物の陰に隠れてー! 早く!!」


 わたしの声に応じた人々は、建物の隙間へ飛び込むようにして回避していった。


「みんなはわたしに近づいて。飛ぶよ! 浮遊(フワップ)!!」

「ぅおわ!」


 十メートルほどまでに近づいた質量の波を前に、わたしは半径二メートルの全てに薄赤い魔力の奔流を走らせ、全員を浮遊させた。数秒後、眼下では馬のいななきが通り過ぎていった。

 誰も馬車には轢かれなかったことを確認し、ふわりと地上へ降りる。


「ありがとう、アメリア」

「ありがとう、ございます。王女殿下」

「申し訳ありません。護衛が守られるなど」

「いいから、今はそんなときじゃない」


 もう一度浮遊で宙に浮かび、屋根ほどの高さから周囲を見渡す。

 被害者が見当たらないことにひとまず安堵する。蹄の跡が広がる地上へ降り、通過していった馬群を見やる。石畳の揺れは収まらないまでも、徐々に遠ざかっていくようだった。


「落下中の飛行船と暴れる馬車集団、か」

「王女殿下、今回は関与していないんですよね」

「アメリアは何もしていないはず。今日は一緒にいたから」

「皆様、早く避難を! 馬車は私達が。アメリア様はこちらへ」


 わたしが呟くようにして目線を上げていると、ジャミは肩を落とすようにし、いつもの口調に戻ってきていたアークが馬車の後方を見た。


 近衛たちは頷き合うと、男性二人が馬の集団を追いかけ出した。暴走を止める算段があるのか、それとも周囲の人々へ避難するように駆け回るのか。

 女性二人が盾のようにわたしに寄り添い、この場から離れるように腕を掴まれる。引っ張られるところで、わたしはぐっとその場に留まった。


「アメリア様、何をされて」

「飛行船は、どこか着地させる場所はあるかな」

「中には操縦士がいるでしょう、それよりも、お早く!」


 また空を見上げる。あと三十秒もすれば、飛行船はその威容がもたらす恐怖を更に多くの人々へ示すほどになる。

 わたしのやるべきことは決まっていた。


「貴女ともう一人の女性は、飛行を使えるんだよね。あの高さまでいけそう?」

「何をおっしゃっておいでですか!! 今すぐこの場から、」

「答えて」


 眉間にしわを寄せた女性の腕を掴み、引っ張るように顔を近づけて、わたしは尋ねた。圧を忍ばせた琥珀の瞳で見据えると、女性は一瞬だけ口端を引きつらせ、わずかに息を呑んだ。


「……あの高さまでは、難しいです。浮遊でしたら、何とか」

「それならいけるね」

「アメリア?」

「王女殿下、何を?」


 全員がわたしに視線を注いでいた。


 空から迫りくる物体は、あと四分もすれば激突する。遠ざかっていく馬群は、このままでは轢かれる市民が出てくる可能性が高い。

 二つの問題を前にして、わたしは軽く息を吐き、腹底を意識して声を張り上げた。


「アークとジャミ、近衛の男性を追いかけて馬車を止めるのに協力して! 二人はわたしにしがみついて。わたしたちは飛行船を助けるよ!」

「なに、を」

「早く動いて!! 被害は出さない!!」


 矢を次々と射かけるように指示を飛ばすわたしに、最初に反応したのはアークだった。


「……僕は重力魔法で馬車群を止めてくる!」

「アーク、『止める』よりも『減速』を意識して。御者と馬の脚に気を付けて。徐々に止まるようにすればいいから!!」

「わかった!!」

「難しいけどお願い! ジャミはアークのサポートに、急いで!!」

「~~~わかりました!!」


 威勢よく頷いて駆け出したアークに、ジャミは若干自棄になったように後を追った。男衆を見送って、わたしは女性二人に振り返る。


「二人とも、身体強化はできるね? 飛ばすから圧力に備えて! 飛行船の上に降り立ったら着地できそうな場所を探して。わたしは船を浮かせて操作する!」

「「かしこまりました!」」


 両側から挟み込むようにして抱きつかれ、わたしも二人の腰に手を回す。こんなに密着されるとエルミナにヤキモチ焼かれるかも、なんて考えて、全身から薄赤い光の粒子を噴き出させた。それらは全員を包み込むように広がった。


「しっかりわたしに掴まって、落ちないように!」

「「はっ!!」」


 一帯に薄影が降りたところで、上空を睨むようにする。空の三分の一が、白い船で覆われていた。身体に密着する二つの体温を感じながら、万が一にも離さないように両腕の筋力を魔力で高める。彼女たちもまた、身体強化を発動する。


 波紋となって地面に広がる波動、それを極限まで足元に貯め。


飛行魔法(ルギーダ)!!」


 一挙に放出した。


 風を貫き、大気を切り裂いた。わたしたちは砲弾となって地上から射出する。成人女性二人に挟まれながら高度を上げていく。ビリビリとした空気を肌身に覚えながら、飛行船を飛び越えた。


 途中でゴンドラの中が窺えた。操縦士の精悍な顔つきをした男性は必死な形相で操縦輪に腕を伸ばしていた。副操縦士らしい二十代後半の男性の顔は、血の気が失せ尋常ではない汗を額に滲ませていた。濃緑の制服に金糸の刺繍が施された肩章が、彼らの挙動に合わせて揺れていた。


 早く安心させてあげないと。


「は、やい」

「もう、ここまで」


 十秒後には、落下中の飛行船の上に降り立った。厚いゴム皮、内側に貯められたガス袋の圧力が弾力となって足裏に返ってくる。低く震動する巨大な膜の上に立っているようで、女性二人は無意識に身体を寄せてくる。手が震えていたのは無理もない。


 紡錘形の先端の方に降りたから、地上までの高さがよくわかる。



 しゃがみこんだわたしは、足元に両手をつく。革の弾性が感触となって返ってくる。


大空浮遊(デレイトフワップ)!」


 蛙のような姿勢になるわたしの掌から飛び出た奔流が、亀裂のように駆け抜け、飛行船全体に行き渡る。


 ぐっ、と。傾いていた船が静止した。


「止まり、ました」

「凄い、こんな飛行船を」

「二人とも。飛行か浮遊で垂直に飛び上がって。降りられそうなところを探して」

「は、はい」

「かしこまりました」


 護衛二人がその場で飛行魔法をもって浮かび上がり、右に左に顔だけを動かし始めた。それを見上げつつ、両手に意識を向ける。飛行船を覆う程の巨大な泡をイメージして発動させた大空浮遊は、あと二十分は維持できる。


 下の方から、かすかに声が聞こえる。混乱にあった街の人々が、突然停止した飛行船に驚きの声を上げているのかもしれなかった。


「アメリア様!! 王立魔導大学はいかがでしょう! あれほどの敷地ならば着地させる場所に困らないかと!」

「オッケイ! 他に近くのところはない? 無いならザックスファードに、」

「お待ちください! 十時の方角、およそここから五百メートルほど先に公園があります!」

「そこにしよう! 二人とも降りてきて!」


 静かに着地してわたしに掴まってきた二人に頷き、瞼を閉じて魔力に集中する。巨大な泡を掌に張り付け、ゆっくりと動かすような想像を思い浮かべ、魔法の制御に移る。


「動き、出しました」

「アメリア様は、どうやって飛行船を……あ、申し訳ありません。今は声をかけない方が、」

「ううん、大丈夫……前にも同じようなことしたから、その経験が活きたって感じかな」


 ドリル・ホールの一件である程度感覚は掴めていたけど、上手くいって良かった。


「前にも、ですか」

「アメリア様は、その、やはり偉大な方だと思いました」


 褒めてくれてるのかな? 二人とも頬が引きつっている気がするんだけど。


「ぐ、ぬぬ」


 徐々に、徐々に。突風に負けず、建物を避け。街の人たちが気付いて避難できるような時間を確保するように、徐々に。


「公園に人はいる?」

「子供と大人が数名ほどです!」

「りょーかい、ゆっくり地面に下ろしていこう。あと少し近づいたら、二人は飛行魔法でここから降りて、その人たちに離れるように伝えて! それと周囲に人が来ないように誘導も!」

「「はっ!!」」



 飛び降りていった二人を見やり、わたしは一度瞼を閉じた。水の入ったガラスのコップを丁寧に机に置くように、焦らず、慌てず。魔法の制御に神経を詰める。


 少しして瞼を開けると、街中にぽっかりと空いた広場が現れた。てっぺんの尖った建物などに引っ掛けないよう微細なコントロールで船体をわずかに上下させていると、まるでオールを漕ぐ船頭になったようだった。


 二人の女性が、両手を上げてこちらに合図しているのも見えた。周辺に人影はなく、市民は建物の陰に隠れるようにしてこちらを見上げていた。



「よっしゃ、行くよ!!」



 遠目でもわかるほど穴ぼこの目立つ芝生が、わたしと船を歓迎する港のように思えた。




 宙を駆けた船は、軟着陸を果たした。土埃が舞い上がり、ふっ、とわたしは息をついた。







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