第十一話 「下見」(2)
「そろそろお昼にしようか」
「ちょうどいい時間だね。わたしのお腹も雷みたいな音が鳴ってるよ」
「それ、お腹下してない?」
五分ほど歩くと、レストラン【ウェラン・メルノ】に着いた。静音と盗聴防止の魔法が施された全席個室の三ツ星だ。
六人でも余裕のありすぎる個室に通され、早速腰かける。大人四名が部屋の隅に立ち始めたところを、アークが全員に視線を配った。
「皆さんも、是非席につかれてください」
柔和な笑みを浮かべた青年の誘いに顔を見合わせた大人たちは、黒服の女性が代表して軽く頭を下げた。
「申し訳ありませんが、ご遠慮させていただきます。私共は侍衛ですので」
「いいよいいよ、みんな座って一緒に食べよう」
「ですが、」
「わたしの友人の厚意を無下にするなんて、侍衛としていいのかなー?」
「……かしこまりました。ご同席させていただきます」
強引すぎたかな? でも、どうせだったらみんなで楽しく食べたいし。周囲から見られながら食べるのって、料理の味が変わんなくても居心地がちょっとだけ違うから。
丸テーブルの対面にアークが、わたし達の両隣を黒スーツの四人が遠慮がちに座り始める。
珍しい機会なんだから、わたしだってエルミナ以外の近侍と仲良くなっておくべきだよね。
今後もエルミナが離れる時があるのかもしれないし。
「美味しそうなの沢山あるね! わたしの好きな物たくさん!」
「アメリアの好みをセレヴィから聞いていたから。ミニコースは十種類。どうぞ、皆さんもお好きな物を」
ん? 聞いていた?
「わたしの好きそうなお店を選んだってこと? それじゃあ下見にならなくない? いいの?」
「実は、デートの当日は別の店で予約をしているんだ。ここは、僕に付き合ってくれたアメリアへの、お礼として」
「ええー、申し訳ないなー」
「気にしないで。今回は下見という名目だったけれど、僕が個人的に感謝を伝えたかったから。セレヴィにも言われているんだ」
「感謝……? アークとセレヴィから? 怒られるんじゃなくて?」
「いつかの社交学における、舞踏会を想定した訓練時。落下するシャンデリアから助けてくれたから、と」
「あー、あったねえ、そんなこと」
確かグレインとペアになって踊ったときのことだ。
あのときアークは家の用事でその場に居なくて、あとからセレヴィに聞いたという。
「僕からも、婚約者を救っていただいたお礼をと思い。遅くなったけれど、改めて形にして伝えようと思った次第で」
「うーん、まあ、そういうことなら。ありがたく甘えようかな」
「うん!」
静かな笑みで見つめられる。灰がかった青の瞳は、いつだって一本の芯が通っている。
愛するセレヴィのため。アークの行動原理は、単純明快の信念だ。
ぱっと見は穏やかで物腰柔らかそうな青年は、婚約者のこととなるとどんな時でも真剣になる。良い意味で頑固というか、真面目さに磨きがかかる。
「そんなに見つめられると照れちゃうな、なんか口説かれてるみたい」
「はは、そうかも。これは、望みであり願いです。これからもセレヴィとは良き友人であられてください。無論、僕とも」
落ち着き払った紳士は、柔和な笑みを浮かべた。『アークはモテるのよ』とたまにセレヴィが自慢げに言ってくるのがよくわかる。
第一印象では警戒なんて持たせないし、かといって影が薄いわけでもない。愛用する枕やベッド、ソファーのように、そこに居るだけで安心感を与えてくれるような包容力が滲み出ている。
結婚とか考えると、わたしでもこういう人がいいって思う。
セレヴィって不安になったりしないのかな。アークが浮気するとは思えないけど、沢山の女子に狙われてるのは今もそうなんだよね。
そうだよ。それこそわたしと二人きりにしてもいいのかな? 警護人がいるけど。
ふふん、セレヴィの危機感を煽ってあげよー。ここにいないけど。
「アークったら。わたしまで攻略するつもりなの? もー、困っちゃうなー」
「あっはは! 今日のアメリアはジョークが研がれているね」
「なんかむかついた!!」
わたしの言葉に、アークだけでなく周りの黒スーツまで肩を揺らしたりして笑った。
そうだよ、そうだよ。そうやって楽しく食べようよ。
「シャンデリア落下事件について、セレヴィがそのときのアメリアを称賛していたんだ。『まるで未来を予知したように俊敏に動いた』と」
「あのときはなんと言うか、じわぁって変な感じがしたんだ」
「勘が働いた……ってこと?」
「そうそう、そんな感じ」
あれは、珍しくわたしの危機感知が働いたというか。なんか変だなーぐらいに思ってた。そしたらビックリ、急に落ちてきたんだもん。
あの後、セレヴィとグレインからそれぞれ感謝状とお礼の贈り物もらったなー。お菓子とジュース、どっちも美味しかった。
「そうなんだ。てっきり、アメリアには未来の出来事を知るような魔法でも扱えるのかと」
わずかに瞼を細めたアークがそんなことを言ってきた。
なるほど、未来予知ってやつか。
「いいなー、その魔法。わたしも使ってみたいかも」
「アメリアならできそう。何か、偶然や思いつきでパパっと」
「できるようになったら、何しよっかな。セレヴィに怒られる前に逃げておくとか」
「まずは怒られないようにするべきじゃない?」
未来を知る、ねぇ。うーーん。でもさ、未来って知ってることばかりになったら退屈しそうじゃない?
便利な使い方は沢山ありそうだけど、なんていうか、これから起こるはずだった予想外のこととか、それに驚く楽しみが半分ぐらいに減っちゃうような気がするんだよね。
「アークは? 未来を知れるなら何がしたい?」
「僕は……どちらかと言えば、過去に戻れるような魔法がいいです。例えば、昨日食べた料理をもう一度味わうとか」
「ああー、いいかもそれ。わたしもそっちがいい!」
現在から過去に戻るだけで、未来はわかんないままだもんね。
それに、将来なんてわからないからいいんじゃん。自分で歩いて知っていった方が楽しいよ、きっと。
「アメリアなら何する? 美味しいものや楽しかったことを何度も体験するのがいいけれど、やり直せるといった点でも活用できそうだよね」
「やり直しかぁ。なにかしたいことあるかな」
「自分のことでなくとも、歴史への干渉、なんてことも。例を挙げれば…………そう、ヴァルモン王国の歴史的事件に介入してみる、とか」
アークは、また眼を細めて見つめてきた。まるで何かを見定めているように。
周囲の護衛もわたし達の会話に耳を傾けるだけで、下手に口を挟まない。
歴史的事件、か。
「うーん、革命かな」
「革命、ですか」
「え、う、うん」
目を見張ったよう銀髪青年に、わたしは思わず肩に力が入った。
え、なにか変なこと言ったかな。
「それは、つまり。第二次で、」
「二次? 二回目なんてあったっけ?」
「ううん、間違えた……十年前の革命に干渉したいってこと?」
「そうそう。そのときのわたしたちって、まだ八歳ぐらいだったでしょ? あのときわたし、ずっっと王城にいたんだけど、いつの間にか始まって、いつの間にか終わってたんだ。けっこう大きな事件だったのに、ぜーんぜん全容とかわからないままだったから。きちんと見ておきたいなーって。派手なことはないけどね」
「……王族のアメリアは城から出ない方がいい気がするけれど」
「それはそうだけどさ」
今の、驚いたような顔って何だったんだろう。なんか真に迫ってたような。
「……もしも。未来で悲劇が起きるとわかっていて、それより前の時間に戻ってきたら、アメリアはどうする?」
「え? 違う道を行くでしょ。なにしても絶対に変わらないってわけじゃないんだよね?」
「やっぱり、そうだよね」
声のトーンを少し落としたアークに、わたしは顎に手を当てるようにした。突然のことで思わず聞き返したけど、何を聞きたかったんだろう。
真意はわからないけど、重要なことだった?
十年前の革命について、なにか思うところがあったのかな。それとも別の事なのかも。
革命……革命かぁ。南方のパルディア諸邦も、革命で神権国家から変わったんだよね。
「革命で良い方向に進むなら、それもいいかもね」
「いいんですか、王族がそのようなことを言ってしまっても」
「いいのいいの、国が良くなるんなら。なんならわたしが先頭に立つし」
「……ははっ! アメリアだったら、そうするかもね」
噴き出したアークに、わたしもふっと口端を緩める。黒服たちはわたしに何を言っていいのかわからないようで、苦笑いをしただけだった。
なんか変に話が転がった気がするけど、別にいいや。アークの顔つきも戻ったし。
「皆さんは、もう長らく護衛役として携わっておられるのですか?」
「国王陛下の任を賜ったことも何度かあります」
「へえ、お父様の。お父様、厳しかったでしょ」
「ええ。よくお叱りをいただくこともありました」
アークが話を振り、それまで口数の少なかった黒服の彼らも、段々と胸襟を開いていった。
だいぶ打ち解けてきたようでよかったよかった、これもアークのおかげだね。
午後。馬車の往来が増えてきた通りに、影が差した。
見上げると、魔導科学の産物が鳥のように雄大に飛んでいた。
「飛行船だー」
「少しずつですが、飛ぶ数は増えていますね」
細長く巨大なものから、球状に近いものまで。紡錘形のそれらは、王都の上空や中空にいくつも見える。
魔導科学の発達は、遂には空にまで進出するようになった。王城やザックスファードにも専用の飛行船が置かれていて、有事の際は迅速に動かせるように毎日整備されている。
わたしも何度か乗ってみたけど、飛行魔法で飛び上がるのとはまた違う感覚で楽しい。
雲を切り裂くように、まるで大きなパンが宙を泳いでいるみたい。『これからは空の時代でしょうな』って宰相が言ってたっけ。
「僕も、セレヴィとのデートに何度か考えたことがありますが、まだ少し怖いですね。安全性の点が」
「堕ちる可能性はあるしねー。わたしは乗っていて落ちたことないけど」
「なかったの?」
「何であると思ったの?」
「アメリアが操縦を変わったとかで」
「そんなことしないよ。あれってけっこう技術がいるんだよ」
「ま、まあ。そうだけれど。まともなことを言うんだ」
「アークはわたしを何だと思ってるの」
心底驚いたようなアークに、周囲の黒服も同調するように小さく頷いていた。
ねえ、『打ち解けた』と『失礼』は違うと思うんだ、わたし。
*
劇場や高級ホテルの横を通り過ぎて特権エリアの外に出た。徐々に賑やかさが増していくのは、富裕層の街区西側に踏み入れたからだ。医師や弁護士、成功した商人といった者達が暮らすこの地域は瀟洒なアパートやデパートなどが立ち並んでいる。
「ここです。【パージュ・ユンヌ】」
三店舗目は通りから少し離れた道に面していた。アークの視線をなぞるように、わたしも目の前の魔導書店を見上げた。
外壁は周囲の景観と馴染むように淡い色合いの切石で構成されている。石の風合いに古色が少なく、妙な清潔感がある。窓は縦長で狭く、中の書物を保護するためのカーテンが引かれていた。
重厚な黒檀製の一枚扉のドアノブは磨き込まれているが、店の名前や紋章が彫られた看板は一切掲げられていない。扉の横に小さなネームプレートが控えめに嵌められているのみで、遠目には目立たない。私的な邸宅かと見違えるほどだった。
ちょっとした隠れ家みたいで、わたしの口角も自然と上がっていた。
「ほえー、来たことないかも」
「創業から二十年とまだ浅いけど、魔導書の数は南西の店群に見劣りしない」
魔導書・古文書店の大半が特権エリアの南西側に集中している。南の高級邸宅街に近い場所に多くあるのは、邸宅を構える者たちが馬車で訪れやすく、かつプライバシーが守られやすいからだ。
「居住区の方へ戻るよりこの店に来た方が早い。最近気づいたんだ。たぶんセレヴィもまだ知らないと思うから」
「案外、穴場かもね」
中に入ると、古びた革とインクの香りが僅かに鼻の周りを漂った。壁一面に並べられた本棚は天井まで届きそうなほど高く、全てが均一な最新の強化真鋼で作られていた。照明は本を傷めないよう光量を厳密に制御された暖色系のランタンが担当し、特定の書籍にのみスポット的に光を当てている。
中央には資料を広げるための読書台がいくつか設置されていた。
その内の一つに、青年が一人。本を広げていた。
「あれ、ジャミ?」
「え、王女殿下?」
アッシュブラウンの髪色に、首元にはシンプルな銀のロザリオ。
故郷に複数名の恋人がいる同級生は、わたし達に灰茶の瞳を見開いた。




