第三話 「グレイン・オルテン」
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります
瞳から、光が抜けていった。
首が広間に転がるまでの数瞬、時がわざとらしく遅くなった気がした。利権に寝転んでいた連中をいかにして滑稽に仕立て上げようか思案しているようにさえ思えた。歴史の一幕を彩る悪政者を際立たせるように、人生の幕が冷酷な演出で引かれようとしていた。
俺を見下ろしているのは、あの庶民どもだ。
路上にたむろしていた根無し草、日銭を稼ぐのに頭を使わない奴らは、オルテン家の施しがなければ満足に生きていけないそいつらが、嘲笑混じりの喝采を浴びせてくる。
くそっ、クソ! 汚らしい愚民どもに、鉄槌を振り下ろしてやりたい。離れた身体がひとりでに動いてくれれば、魔法のひとつやふたつをこいつらに放てるのだが、そのような奇跡は起こりそうもない。もとより、それだけの力があるなら俺が首を飛ばされているわけがないんだ。
力は、もうない。家柄も、名声も、金も、全て潰えた。
クソくそ糞、クソが! 俺の計画は順調だったはずだ。どこで崩れやがった。
内乱の兆しを誰よりも早く察知し、国外逃亡の準備を整えていた。資産の移転も済ませ、逃亡先も、仮宿も確保していた。逃亡経路にしたって幾通りも練っていた。何もかもが、滞りなく進んでいたはずだ。
避難先を取り仕切っていた商人の裏切りか。あるいは、革命の気配に恐れをなして逃げ出した護衛か。越境してまで追尾してきた庶民の執念深さか。原因は複数だ。
クソ! 見下ろしやがって、愚民どもが。
心底腹立たしい、腹は無くなったが。腸が煮えくり返りそうだ、煮えるような腸も無いが。
牢番の話では、命乞いのために情報を売っていった大貴族の令嬢がいたという。
あの性悪女のことだとは、名前を告げられずともわかった。あいつも俺の計画に罅を入れた要因の一つか。
過信を自信、軽率を度胸と履き違えたような女は上流階級に多くいたが、その代表格はガーウェンディッシュの馬鹿だ。エステルハージ家のポンコツの方が、まだ可愛げのある愚かさだった。
あの見た目だけは令嬢らしいクソ女には、罵倒の十や二十を叩きつけてやりたかった。
一週間もすれば俺と同じ舞台で晒し者になるがな。俺より無様な醜態を振り撒いて逝け。
……こんなものが、俺の最期か。
引き延ばされた時間でさえ下らない思考に費やし、無念を携えてこの世から追放される。
俺は、何を為すべきだったのか。
そして、俺は。
「…………い、ぐ、ばあっっ!!??」
目を覚ました。
*
1901年。王立ザックスファード大学の講堂は、張り詰めた緊張感に包まれていた。シャンデリアに灯った魔力灯が、仄かに天井を照らしている。
王宮様式を真似た絨毯、流れる弦楽。快適に温度調整された空間は、季節を忘れさせる。
俺――グレイン・オルテンは、燕尾服に袖を通し、自分の身なりを確認した。
細身の中背に、やや蒼白い肌。シャープな顎に整った眉。少しきつめの目元は、対面する者に威圧を与えるらしい。焦げ茶寄りの黒髪は、前髪を眉の上で整えて清潔感を演出している。
銀製のカフスボタンとネクタイピンは、控えめながら洗練されたデザインだ。
磨き上げた靴を光に反射させ、どこから見ても名家の令息らしい仕上がりだった。
貴族にも見劣りしない。その自信をそれとなく醸し出し講堂を見渡す。
男たちの装いは俺と似た形式が多い。魔道具時計やステッキなどで個性を主張する者も見られるぐらいだ。
対して、女性陣は彩り豊かだ。柔らかなシルクやローンで作られた、ふわりと膨らむ袖のブラウス、繊細なレースやフリルがあしらわれている。ウエストはコルセットで締め上げられ、緩やかなS字カーブを描いていた。腰からは床に届くほどに長いスカートが優雅に広がる。裾は歩くたびに微かに揺れ、まるで丹念に手入れされた花園を眺めるような心地にさせられる。
社交学における、舞踏会を想定した訓練が始まろうとしていた。
この大学では『社交術』や『エチケット』といった講義などが設定されている。形式ばった建前であり、ヴァルモン王国に貢献する人物育成の一環だ。
実際は人間模様の縮図に他ならない。社会的地位の確認、人脈づくり、縁談、情報収集、そして自己顕示など、上流階層の欲望と打算が入り混じる舞台だ。
その最前列で、俺は姿勢を正していた。
一周目は、甘かった。
野心はあったが見通しが浅く、文字通り痛い目を見た。
今度こそは、より綿密に、より周到に。
模擬舞踏会一つにしても、未来を切り拓く一手となる。いい加減に取り組むなと自らに言い聞かせる。
「まずは王女アメリア殿下とペアを組み、入場時の礼をお手本としてご披露願います」
教師の声が響き、講堂にざわめきが走った。そして、彼女が歩み出てくる。
アメリア・ド・ヴァルモン第一王女。この国の姫殿下だ。
上質なサテンの生地は、控えめなアイボリー色で、胸元にはごく細いレースがあしらわれているだけ。ウエストの締め付けも緩やかで、コルセットが生み出す曲線は、他の者たちほど誇張されてはいない。シンプルなドレープが美しいスカートは、歩くたびに流れるように揺れており、派手さのない上品な光沢が、身につけるものの質の高さを物語っていた。
姫殿下は、無防備すぎるほど無防備だった。
天井のシャンデリアに心を奪われているかのように、ぼんやりと見上げている。周囲の人間など置物か何かのように思っていそうだ。だが、良くも悪くもその姿勢が人目を惹く。王女はいつも『非日常』を纏っている。
入学初日にガーウェンディッシュ家の馬鹿令嬢と揉め、その後なぜか友人になり、次々と騒動を起こしている。爆破、盗難、実験動物の脱走、礼拝堂の破損……つい先日は、魔法実技訓練用の建物ごと空を飛んでいた。
奇人。異端。変人。
評価は様々だが、共通しているのは『目を離せない存在』であること。
臆面もなく言わせてもらえば、近づきたくない。接近したくない。だが、やるしかないか。
相手は並の人物ではない。しかし、そう恐れてばかりもいられない。王女とは何度か言葉を交わしている。同級生程度の認識はされているはずだ。
この舞台を利用して、王女との距離を縮めてみせる。未来への布石は、慎重に、正確にだ。
俺は襟を正し、目標を見据えた。相変わらずぼーっとしている。あの人には何が見えているんだ。それとも何か引き起こそうと考えての顔なのか。表情から読み取れないのが不気味すぎる。
今回のテーマは、即興ダンス。
講堂への入場時、教師が持っていた箱から、生徒はそれぞれ一枚の紙を引かされた。書かれていた番号によって、曲ごとにペアが入れ替わる形式になっている。
「王女のペアは〜〜109番。109番の生徒は、前に出てください」
紙を見るまでもない。使われるであろう箱の底に、俺はあらかじめ細工を施していた。姫殿下と組めるよう、番号の配置を操作しておいた。時間内で組める人数は限られている。
運に任せていられるか。
歩み寄る俺をようやく認識した王女は、小さく首を傾げた。
「あ、オルテン君なんだ」
「グレインとお呼びください、姫殿下」
一礼しながら告げた。ここまでは計算どおり。
機会は待つのではない、引き寄せるものだ。
オルテン家の後継者として、チャンスは必ず掴む。そのための仕込み。
ここからは、無策同然で試みる。馬鹿みたいなことを言っているとは俺でも思う。
予測不能の代名詞である姫殿下を前にすれば、どれほど緻密に練り上げた計画だろうと砂上の楼閣か、紅茶に溶ける砂糖と同じだ。もっとも、紅茶というには奇々怪々な色味をしていそうだが。
だからこそ、あえての無策で挑む。プランなんてものは、臨機応変に変えていけばいい。
姫殿下と向き合った俺の所作は、完璧だった。礼の角度、視線の配り方、足さばき。まさに見本と言っていい。入場の作法を見せるだけなら何の問題もなかった。
真の試練はそこからだった。
ダンススキル。
「ワ〜ルツワルツ、ポルッカポルカ、カドリーユ!! あ、ごめん。また踏んじゃった」
「…………お気になさらず」
足を踏まれまくった。
突然のスキップに奇天烈な手足の動き、予期せぬ回転など、王女のステップは常軌を逸していて、リズムは独特。自作の振り付けまで入れてきやがった。
身に着けていたはずの技術はまるで通用しない。いや、これダンスと言えるのか?
王女の即興性に俺の協調性は、ひたすら空回りするばかりだ。
リードするつもりが姫殿下には引っ張られ続け、シャンデリアの真下辺りの地点から段々とズレていくのを、止められなかった。必死に食らいつこうとする俺に、彼女は途中から視線を上にばかり向けていた。一応はパートナーでもある男の顔など、どうでもいいという態度のように。
俺に関心を向けないな、この人。少しへこみそうだ。
エチケットとマナー。
「日々問題を……日常に富んでおられるアメリア様は、最近は何かございましたか?」
「えっとね。掘削魔法で王城の地下に秘密の隠れ家を作ろうとしたんだけど、地盤が揺らぐとか何とかで止められちゃった。セレヴィにも手伝ってもらって、あ、セレヴィは止める側だったかも。その後は西塔に魔法実験室を作ろうとしたらなんか爆発しちゃった」
何を言っているんだ。
深呼吸だ。落ち着け。内容が頭に入ってこないとしても、落ち着け。同じ言語だよな、人間の言葉を話しているよな?
一切の婉曲もなければ、会話のキャッチボールも存在しないんだが。
教養と知識。
「姫殿下は博識かつ見聞の広いお方と伺っております。数多の教育を綿のごとく吸収されたのでしょう。やはり普段から高度な書物に囲まれておいでですか?」
「そうだねー。書物を積み木に見立てて、どこまで積み上げられるか挑戦してみるのがいいのかも。魔法は使わないで指先だけでね、繊細な技術が必要で、頭の体操も一緒にって感じ」
マジで何を言っているんだ、この王女は。王室の書物は、一冊だけで家が建つと言われているものばかりのはずだが、この人は家さえも市販の玩具のように扱うのか?
いや、扱うか。この人なら。
「あの方、可哀想ですわね。王女殿下のお相手何て」
「私だったら逃げ出したくなりますわ。このような衆目のもとでなんて、考えられない」
「同性でよかったぁ」
何か後ろで同情と安堵が聞こえてくる気がしたが、俺はそちらに意識を逸らすわけにもいかなかった。令嬢ども、共感をしてくれるなら代わってくれ。姫殿下のお相手をさせてやる。
そして、ほどなくして一曲目が終わった。息をつく間もなく、翻弄されただけだった。




