第十一話 「下見」
中央大国の王都マスポールは、王城ドメーヌを心臓部として王侯貴族の特権エリアが中心地にある。そこを囲うようにして富裕な市民階級の街区が、更に外縁に一般市民や労働者階級が暮らすエリアと、樹木の年輪のように広がる。
特権エリアの西側は、社交と文化の中心地と言われている。大通りに面して並ぶのは、高級服飾店や宝飾店といった上流階級専門の店ばかりだ。どの店の窓も厚いベルベットで覆われ、陽の光を遮断している。このほか、劇場やオペラハウス、高級ホテルに社交クラブなど伝統と格式を内包した娯楽や施設が立ち並ぶ。
魔法で強化された駿馬の曳く馬車や黒い制服の従者たちが行き交う大通りを、わたしとアークは歩いていた。
「本日はお付き合いいただきありがとうございます。アメリア」
「いいよーいいよー。それで、どこに行くの?」
「今日は三つ回ろうかと。お昼も予定しております」
「りょーかい!」
『セレヴィとのデートを見越した下見に付き合って欲しい』と二日前に銀髪の貴族青年から連絡があった。当日はやることもなく、予定も考えていなかったわたしにはちょうど良かった。
アークが挙げた店は全部が西側にあるようで、今度のデートは気合いを入れるつもりらしい。
どうやら二人の婚約記念日だという。
それは成功させたいね。わたしも友人のために微力を尽くして協力しよう。
プランはアークが全部考えているので、わたしはそれに従うだけ。
気にかかる点があればその都度聞いてみるぐらいで、要はいつも通り振る舞えばいい。
アークは白く糊付けされた高い立ち襟のシャツと控えめな柄のアスコットタイを着用し、濃紺のフロックコートでアークは完璧な出で立ちを演出している。対して、わたしは淡い色合いをしたデイドレスに補色のケープを羽織ったぐらいで、優雅な王女そのものだ。
デートを想定しているから、それなりの格好はしないとね。レストランだとドレスコードだし。
わたしの影であり半身といってもいい忠臣のエルミナはこの場にいない。今日は別件があるらしく、護衛の任務から離れている。しかし、代わりに派遣されてきた人たちがいた。
「みんなも、今日はよろしくね!」
「はっ! 誠心誠意努めさせていただきます」
わたしの声掛けに四名の黒スーツが片膝をついた。男性二人に女性二人。彼らは、普段は王城の警備や要人の身辺警護に当たる近衛兵だ。
良い返事はしてくれるけど、固いね。氷魔法で凍らせたパンみたいにガッチガチ。職務だから仕方ないけど。
わたしも、今日ぐらいは大人しくしていた方がいいのかな。元々暴れるつもりなんてないんだけど、アークに迷惑かけるわけにもいかないし。
「第一王女殿下、ハルデン家令息様。私どものことはお気になさらないでください」
立ち上がった女性の一人が、わたしたちを見やった。その瞳には、任務に際して一切の感情を排したような冷淡さを宿していた。
ここだけ見るとエルミナみたい。
「えー、みんなも楽しんだっていいんだよ? 和気あいあいとさ」
「私どもはお二人の盾であり陰です。適度な距離にてお守りいたします。常日頃と変わらぬ日々として過ごされてください」
「うーん、わかった。気楽にねー!」
軽く手を挙げて告げると、全員が同時に会釈した。まるで呼吸を合わせたように綺麗なお辞儀だった。
「だってさ、いつも通りでいいって」
「かといって、敬語はしておかないと」
「いいんじゃい? セレヴィだって公的な時以外、口調とか崩してるし」
「それなら、まあ。こっちの方がいいかな」
「そうそう、気にしなくていいよ」
アークもだいぶ壁が無くなってきたな。敬語だってたまにしか使わなくなってきた。良い傾向だよ。わたしだって疲れるもん、へりくだられると。
「別に悪い意味じゃないんだけど、やっぱりエルミナとは違うよね」
「それだけアメリアの存在が大きいんだと思うよ」
わたしたちを四角形で囲うようにした護衛は、少しの距離を空けて移動する。これなら何かあってもわたし達の下へすぐにでも駆けつけられる。四人はそれぞれの領域と領分を逐一確認して連携を取っているみたいだった。
うーん、まるで檻に入れられてるみたいで、ちょっと窮屈。数分もすれば慣れるかな。
「セレヴィって今日は大学?」
「今日は裁判所に。対立していた貴族の一人にようやく判決が下るらしくて。牢獄に送れそうだとか」
「うわあ、多忙だね」
そういえば、前にちらっと溢してたっけ。ザックスファードに入学する前から色々な貴族と対峙したとか何とか。
やることが多いね、セレヴィも。大学での授業と家のこと、対立した貴族との諸々、わたしの起こした問題の解決と、その対応と…………わたしのやってることが半分近く占めてるかも。申し訳ないなぁ。
「頑張るセレヴィに、わたしも何かあげようかな」
「いいね。それならエルミナさんの分も買っていこうか?」
「買ってく買ってく!」
エルミナのことまで考えてくれるんだねぇ、アークは。そういえば二人って師弟? になったんだっけ。そりゃそうか。
……ん? んんー? うーむむ?
エルミナが居ない日に、アークは誘ってきたんだよね……。
アークとは、二人だけで会話することだってけっこうある。大学内で。セレヴィや他の人も含めてみんなで一緒に遊んだことも。けど、学校以外の場所で、警衛がいるとはいえ二人きりなのは初めてかも。
なんていうか、タイミングが良い。良すぎるような。
「アメリア? どうかした?」
「ううん、何買おっかなって思ってただけ」
たぶんだけど、エルミナがアークに頼んだ、とかかな。近衛兵とは別にわたしに委縮しないような人選をした、とか。なーんかそう考えるとしっくりくるんだよねぇ。
はー、心配性だね。まあいいんだけど。エルミナの思いも汲み取ってあげないと。それが主ってものだし。
こういうのは気づいてあげない、気付かなかったようにするのが二人にとってもいい。たぶんそれを望んでるだろうから。
それに、デートの下見とか何とか、アークと遊ぶことに変わりはないわけだし。
二人ってそんなに仲良くなったんだ。信頼関係? そっちの方が嬉しいかな。
エルミナは……わたしの相手ばかりで、休日に出掛ける友人とかいないらしいから。
ゆくゆくはセレヴィとも二人で遊べるぐらいにはなって欲しいなぁ。難しそうだけど。
この前はビックリしたな。前々から二人の仲って良くないってわかってたけど、想像以上だったかも。エルミナってセレヴィになにかされたの? ってぐらい。
でも、わたしを間に挟んで何度も顔を合わせてるし、数ヶ月前だってエルミナが言ったことにセレヴィが大笑いしてなかったっけ。
今度企画してみよっかな。二人のために、親睦会みたいなやつ。わたしとアークが間に入ればなんとかなるかも。
「着いたよ」
「バッシュだ。わたしも来たことある」
【バッシュ・アイテラー】。
歴史はそこまで深くはない、けど最新鋭の魔導科学を積極的に取り入れる魔導具店だ。
厚い金属と黒曜石でできた扉を開くと、冷涼で静謐な空気が流れてきた。店内は薄暗く、外の光が直接差し込まないよう窓には深い緑のカーテンが掛けられていた。壁一面には木彫りの棚やガラスケースが並んでおり、様々な品が整然と陳列されていた。
「ボムポムフンバットに、トリッキーラグ。うーむ」
魔導処理された守護のペンダントに、イニシャルや家門を淡く輝かせるカフスボタンなど歴史を感じられる物もいいけど、ゴツゴツメットやスイッチョンスコープなど、東方から仕入れたような魔導具の方が、わたしは興味をそそられる。
「東からの魔導具類……以前よりもよく見られるね」
「増えたよねー」
それは東の技術力の発展がヴァルモン王国に匹敵していることを意味する。憂慮するように目を細めたアークに、わたしは呑気な調子で返した。
もちろん、テキトーに答えたわけじゃない。宰相からも度々聞いているから。王都だけでなく、市民街や地方の魔導具専門店からも規制の声が上がっていて、わたしとしても対策を考えておかないといけない。
流入が止まらないなら、いっそのこと積極的に取り入れてみるか。うーん、でも流石に駄目かな。今度宰相と話し合ってみよう。
それはさておき。東と聞けば頭に思い浮かぶ人物がわたしの身近にはいるんだ。
「ゴージンの発明品も、こういったお店に流通するのかな」
「彼の場合は、厳しい審査をクリアしないと難しいかも」
「みーんな誤解してるだけなんだよねー。ゴージンのだって、正しく使えばいいだけなのに」
「そうだよ。正しく扱えばいいだけなんだ」
噛みしめるように頷いたアークは、何か含みを持たせた視線を送ってきた。
なんだろう、わたしになにを言いたいの? まあ、いっか。
「もう買う物って決めてるの?」
「これかな」
アークは手鏡を手にしていた。純銀製のフレームに優美な持ち手が付いたもので、綿密な植物の蔓模様が彫り込まれ、透明度が高い鏡面は光を吸い込むようだった。
「その日の肌の状態や髪の水分量に合わせて、必要な美容液や避けるべき色を淡い光で提示してくれる調律式のものです」
「へえ~、便利。それなら持ち運びも楽だね」
「他にも見て回りますが、まずは第一候補としていいかなと」
「セレヴィも泣いて喜んでくれると思うよ!」
「それだと化粧直しが必要になりますね」
手鏡かぁ、エルミナに贈ってみようかな。いつも簡単な化粧ぐらいで、あまりオシャレとかしないんだよね。主がそもそも服装とかに頓着しないから、合わせてくれてるのかな。エルミナって、今よりもっと綺麗に可愛くなれると思うのに。でも、これあげたら『オシャレしなよ!』って命令してるみたいになっちゃう? うーーん、保留かな。
「焦って決めなくとも、まだまだ店は回りますから」
「そうだね」
アークもお店に取り置いてもらうだけで、今は買わない。
まだ一件目だし、荷物になるからね。
二店舗目は、【ブラッテール・ビューセン】。
このエリアの住む人たちなら誰もが知る老舗服飾店だ。
生地の保護のため窓は分厚いベルベットのドレープで覆われていて、柔らかなランプが店内を照らす。寄木細工の床は磨き抜かれ、歩くと微かに靴音が響いた。
中央には、最新作のシルクのドレスや燕尾服を纏ったマネキンが佇む。奥には試着室、店員は光沢の滑らかな黒の制服を着こなしていた。全てが静かに厳粛で、選ばれた者だけを歓迎するような緊張感に満ちている。
わたしが足を踏み入れると、別の緊張感が走り出していた。
「あ、アメリア王女殿下」
「こんにちは! 突然だけどお邪魔するね!」
「いや、はは。第一王女殿下にこのようなところへ来ていただけるとは、」
「そーんなに固くならないで。ただ見てるだけだから」
わたしを見るなり目を見開いた店主の人が、胸元から取り出したハンカチでこめかみの汗を拭った。他の店員も顔にこわばりが浮かんでいた。
いやぁ、ごめんね。予約も無しに王族が来たらそうなっちゃうよね。でも、わたしはそういう空気は好きじゃないんだ。
「もー、みんな緊張しすぎだよ。もっとリラックスして、リラーックス」
「それは難しいと思うよ。アメリアが来店したんだから」
「どういうこと、アーク? それ王族としてって意味だよね?」
「あっはっは」
「笑って誤魔化した!」
わたしが居たって、そんなに気にすることじゃないと思うけどなー。商品を燃やしたりするわけじゃないのに。
「アメリアを前にすれば、誰でもそうなるかと」
「だってさアーク、わたし王族だけど王族っぽくないじゃん?」
「自覚あったんだ」
「普通の一般客と同じだよ。一般人、ただの客、みんなと同じ人間だよ」
「ふふ、アメリアも結構冗談を言うんだ」
「冗談言ったつもりないんだけど」
会話もそぞろに店内を見回る。イブニングドレスや舞踏会用のガウンは、シルクやサテンといった最高級の素材を使用して、重厚な扉の奥にいるだろう職人の手作業が発揮されている。
指先で触れた瞬間に、水が滴り落ちるような冷感と密度の高い織りの重さが伝わる。
他にも、紳士用のフォーマルウェアはウールやカシミアで完璧なシルエットを描いて体型を綺麗に見せるための緻密な補正が施されている。
絹と革、かすかな香水の匂いが混ざりあう空間は、落ち着いた雰囲気で好印象。入り口付近で空気に徹している護衛の人たちも、あまり気にならない。
銀白髪の青年は婚約者の件で店主と話していた。店主はちらちらとこちらを見張るように視線を送っていた。
わたしが何かしでかすと思ってるのかな。そんなこと全然考えてないのに。考えなくとも何かやっちゃうってのもあるけど。心配しすぎだと思うんだ。
「アークのそれは、レース?」
アークたちは、ショールームに展示されていたレースのオペラグローブを見ていた。舞踏会やオペラに、公式な晩餐会など社交の場ならどれでも扱えるそれは、通常の絹よりも薄く、良く手になじみそうな乳白色を帯びていた。グローブの表面には、サール・クーター様式を思わせる繊細な唐草模様が丁寧な手作業で仕立てられていた。
「最近肌寒くなってきたから。あと数ヶ月もすれば雪が降ると考えるとね。セレヴィはいくつか持っているけれど、候補としてはいいかなと」
「いいじゃん、セレヴィに似合いそう」
「ハルデン様。こちらは魔力伝導力の高い絹糸を使用しておりまして、暖房魔法が組み込まれています。使用される方の魔力によって適度な熱が籠もりますので、お手が寒冷に晒されることはありません」
饒舌に、それでいて簡潔に説明を終えた店長にアークは真面目な顔つきになって、ひとつ頷いた。
「後日、また伺います。その時には、生地の見本帳も見せていただけますか」
「かしこまりました」
「ありゃりゃ? これにしないの? 良いと思うけどなー」
「今日は下見ですから。色合いや装飾も、セレヴィと見て決めたいので」
「そういえばそうだった」
アークが見繕ったものならセレヴィは文句なんて言わないと思うけど、そういうことじゃないんだよね。
ここで買うと、二人で見に来る予定が無くなる。目星はつけておいて、当日はセレヴィにも選んでもらうようにする。婚約者の好みも含めて、一緒に買い物をする。購入だけが目的じゃない、購入までの過程も楽しむ。
うーむ、手慣れてる。流石はマイベストカップル。
二人の信頼関係といったら……わたしとエルミナぐらい固いね。
それにしても、手袋……手袋かぁ。ありかも。




